東大生の大相撲力士

いま私が注目しているアスリートがいる。東大在学中の大相撲力士「須山」だ。すでに多くのメディアに取り上げられて、ご存知のかたも多いかと思う。まだ前相撲の段階なので、序の口力士にも達していないが、彼は大関を目指しているという。

アスリートという言い方は相撲取りにはふさわしくないかもしれないが、角界に入って上を目指す気構えはすでにできている。身長180センチ、体重104キロの体格はいまでは小兵に分類されるかもしれないが、須山はすでに2勝しており、あと1勝すると前相撲から抜けていく。

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須山は東大の相撲部で主将も経験しているが、大学相撲で際立った成績をおさめたわけではない。それよりも新弟子検査を受ける年齢の上限が25歳なので、ギリギリで木瀬部屋の門をたたいてプロデビューしたという流れだ。それは外務官僚の道を選ぶよりも、自身が描いた夢をまず追及してみた結果である。そこに人間としての魅力がある。

実は須山はまだ東大の学生で卒業していない。東大の前に慶応大学にも通っていたため少しばかり歳がいっている。しばらくは卒業のために学業と相撲の両立のようだが、ぜひ大関とはいわず横綱を目指してほしいと思っている。

世界一を目指さない日本

今月22日で東京スカイツリーが開業して10年になる。「世界一高いタワー(電波塔)としてギネス世界記録の認定を受けた(634m)」という触れ込みもあり、これまで展望台に行かれた方も多いだろう。

いまでも電波塔としては世界一の高さを誇っているが、世界には電波塔ではなく、ビルとしてスカイツリーよりも高い建物がある。アラブ首長国連邦のドバイにあるブルジュ・ハリファだ。スカイツリーよりも200mほど高い828mなので、建物としての「世界一」はドバイに持っていかれている。

以前、仕事で出会ったフランス人の建築家、マニュエル・タルディッツ氏は「ブルジュ・ハリファよりも高いビルを東京で建てることはできますよ。5000メートルとは言わないですが、構造上は2000メートルのビルでも十分に可能です」と話していた。もちろん、その高さのビルを建てると、周囲の住環境への影響や維持管理の問題がでてくるが、本当にやろうと思ったらできないことはない。

いまの問題は、日本人がそれだけのものを目指さなくなっていることなのではないか。「そこまでしなくとも」とか「無理しなくとも」といった社会風潮が日本全体を包み込んでいるように思えるのだ。

多少無謀でも構わないので、「世界一を目指します」といって突っ走るくらいの勢いが日本に戻ってきてほしいと思う今日この頃である。

玉城デニー知事会見

5月6日午前10時から日本外国特派員協会で沖縄の玉城デニー知事の会見があり、出席してきた。普天間基地の返還を含めて、基地の整理・縮小がいっこうに進む気配が見られないので、私はその点について知事に訊いた。すると知事はこう返した。

「私がこれまで接触してきた米政府関係者の感触から申し上げると、日本政府と米政府はお互いの立ち位置を守っているということです。両国政府が互いに(同問題を)問いかけると、それについての回答はあるが、それ以上の反応はないです」

過去何年も基地問題に進展がないのは、「お互いの立ち位置を守っている」ということに尽きるかと思う。さらに「それ以上の反応はない」ということは、両国は身を切ってまでこの問題を解決しようとは思っていない証なのではないか。

つまり、現状維持でも大きな支障がないのだから「このままでいいのではないか」との思いである。

特に米国側は基地を日本に返還するメリットが少ないので、沖縄に駐留し続けたいはずである。1972年に沖縄が日本に返還されて、今年でちょうど50年になる年だからこそ、基地問題を進展させるべきだと思うが、政府関係者はそうは考えていないようだ。このままでは当分、沖縄の基地問題の解決はなさそうである。

カッチコチミルキー

昨年9月に販売されはじめた「カッチコチミルキー」。今日、お菓子屋に入って初めて手にとった。ミルキーといえば不二家が1951年から販売している人気商品だが、これまではソフトキャンディーだった。

だが昨秋からハードキャンディーとして新商品を登場させたのが「カッチコチ」。北海道産生クリームと岩手県産練乳を配合した、濃厚なミルクを味わえるキャンディーに仕上がっている。

口の中に放り込むと、カッチコチと名打っているとおり、すぐには「歯が立たない」。しばらく舌の上で遊ばせてやるしかない。その分、ミルクの味わいを長く楽しめる。

ファンになりそうだ!

メトロポリタン美術館展

東京六本木にある国立新美術館で開催中の「メトロポリタン美術館展」に足を運んだ。ルネッサンスの初期の作品からポスト印象派の絵画まで、500年におよぶ西洋絵画の代表作が展示されている。

ラファエロ、エル・グレコ、そしてレンブラント、ルーベンスから印象派のルノアールやセザンヌにいたるまで、巨匠といわれる画家たちの作品を手を伸ばせば触れられる距離で眺められる。あらためて思うのは、筆致の繊細さと精密さはほとんど完璧といえるほどで、私がここで述べることが憚れるほど作品としての完成度は高く、深く感銘をうけて帰ってきた。