字幕なしで洋画を観るまで

今週号の「週刊文春」の漫画「沢村さん家のこんな毎日」の中に、「字幕なしで英語の映画見られるようになりたい」というセリフがあった。

多くの方がそう願っていることは知っているし、このセリフがそうした方々の気持ちを代弁していることも知っている。俳優の口から速すぎると思えるほどのスピードで英語が繰り出されると、単語がところどころ聴き取れればいい方かもしれない。

私はアメリカに25年も住んでいたので、イチオウ普通に理解できるのだが、「アメリカ人と普通に会話ができるようになった」と思えたのは渡米してから2年ほどたった頃である。私は留学という形でアメリカに行ったので、渡米前にTOEFLを受けたが、テストでそれなりの点を取ることと、あらゆる局面で英語を使いこなすこととは大きな違いがあり、本当に英語を使えるようになるまでには時間がかかった。

以前、仲のよかったスウェーデン人と英語学習について話をしたことがある。彼はアメリカに来た時点で、ほとんど「アメリカ人ですか」といいたいくらいのレベルの英語を操っていた。話を聞くと、彼が特別なわけではなく、多くのスウェーデン人が彼と同じレベルの英語を話すと言った。

理由は「小学校2年から英語をやる」ということだった。しかも英語でモノを考えることが重要であると指摘した。日本の文科省も同じように小学校2年くらいから英語でモノを考える時間を作り、日本語に訳さないで会話をする授業をすれば、高校卒業するくらいには多くの人が普通に話ができるようになるのではないか。

もちろん万単位で外国人の教師を雇用することになると思うが、無駄遣いと思えるようなところに国家予算を使うのであれば、惜しくないはずだ。やってできないことではないと思っている。

東大生の大相撲力士

いま私が注目しているアスリートがいる。東大在学中の大相撲力士「須山」だ。すでに多くのメディアに取り上げられて、ご存知のかたも多いかと思う。まだ前相撲の段階なので、序の口力士にも達していないが、彼は大関を目指しているという。

アスリートという言い方は相撲取りにはふさわしくないかもしれないが、角界に入って上を目指す気構えはすでにできている。身長180センチ、体重104キロの体格はいまでは小兵に分類されるかもしれないが、須山はすでに2勝しており、あと1勝すると前相撲から抜けていく。

from Twitter

須山は東大の相撲部で主将も経験しているが、大学相撲で際立った成績をおさめたわけではない。それよりも新弟子検査を受ける年齢の上限が25歳なので、ギリギリで木瀬部屋の門をたたいてプロデビューしたという流れだ。それは外務官僚の道を選ぶよりも、自身が描いた夢をまず追及してみた結果である。そこに人間としての魅力がある。

実は須山はまだ東大の学生で卒業していない。東大の前に慶応大学にも通っていたため少しばかり歳がいっている。しばらくは卒業のために学業と相撲の両立のようだが、ぜひ大関とはいわず横綱を目指してほしいと思っている。

世界一を目指さない日本

今月22日で東京スカイツリーが開業して10年になる。「世界一高いタワー(電波塔)としてギネス世界記録の認定を受けた(634m)」という触れ込みもあり、これまで展望台に行かれた方も多いだろう。

いまでも電波塔としては世界一の高さを誇っているが、世界には電波塔ではなく、ビルとしてスカイツリーよりも高い建物がある。アラブ首長国連邦のドバイにあるブルジュ・ハリファだ。スカイツリーよりも200mほど高い828mなので、建物としての「世界一」はドバイに持っていかれている。

以前、仕事で出会ったフランス人の建築家、マニュエル・タルディッツ氏は「ブルジュ・ハリファよりも高いビルを東京で建てることはできますよ。5000メートルとは言わないですが、構造上は2000メートルのビルでも十分に可能です」と話していた。もちろん、その高さのビルを建てると、周囲の住環境への影響や維持管理の問題がでてくるが、本当にやろうと思ったらできないことはない。

いまの問題は、日本人がそれだけのものを目指さなくなっていることなのではないか。「そこまでしなくとも」とか「無理しなくとも」といった社会風潮が日本全体を包み込んでいるように思えるのだ。

多少無謀でも構わないので、「世界一を目指します」といって突っ走るくらいの勢いが日本に戻ってきてほしいと思う今日この頃である。

反響というもの

私は1990年にフリーランスのジャーナリストとして独立して以来、これまで6500本ほどの原稿を書いてきている。プロとして書き続けられることは大変ありがたいことだと思っている。書いた記事にコメントを頂くことも少なくないが、4月29日にJBP(ジャパン・ビジネス・プレス)に書いた記事には、久しぶりに多くの方からコメントを頂戴した。

というのも、書いた記事が「ヤフーニュース」に転載されたためで、そこにはコメント欄があるので、掲載2日後にはコメント本数が400本を超えた。すべては読んでいないが、私の名前がでているので堀田佳男という書き手に対して、またヤフーニュースの読者に向けて何か言いたい方が書き記している。

好意的なコメントがほとんどなので書き手としては嬉しいが、あらためて読み手が10人いれば10通りの印象があることを再認識させられた。さらに読者のコメントに対して別の読者が「いいねボタン」を押す箇所があり、その数が3000本を超えているものがあり、反響の大きさに驚かされている。

こうした現実を目の当たりにするたびに、ジャーナリストとして誠実で真っ当な原稿を書かなくてはいけないと痛感するのである。今回は本当に読者の皆さまに「ありがとうございます」と述べたい。

悲観的な中国の未来

いまフランスの人口学者エマニュエル・トッド氏の『老人支配国家 日本の危機』(文春新書)という本を読んでいる。トッド氏は人口学者であるが、いまの世界を歴史的、統計的な立場から論じている学者で、独自の視点がいつも興味深い。最近も月刊文藝春秋で「日本核武装のすすめ」という論文を書いている。

『老人支配国家 日本の危機』でもハッとするような記述に出会う。同氏はこう書いている。

「中国が、今後、「帝国」になることは、政治的にも経済的にもないでしょう。中国の未来は悲観せざるを得ないという点で、人口学者は一致しています」

多くの方は中国はすでに帝国になりつつあると思われているかもしれない。そうした考え方をトッド氏は否定する。その理由は「少子化と高齢化が進んでいるから」と述べる。特に出生児の男女比が、男子118人対女子100人という点に注目している。通常は106人対100人であるという。

これは中国では妊娠中に女子であることがわかると、選択的堕胎が行われていることを意味している。中国社会では女性の地位の低さがいまでも指摘されており、伝統的な価値観が流布している。さらに若いエリートが国外に流出しているため、中国経済はいま内需が弱く、輸出依存の脆弱な構造になってもいるとトッド氏は述べる。そして「砂でできた巨人」と形容する。

その流れで、日本は思い切った少子化対策を打つことが大切だと書く。「子どもは宝」とはよくいったもので、子どもこそが将来の国家を支える存在なので、子どもへの投資は将来への投資になることをすべての日本人は意識すべきかもしれない。