少しばかりのイライラ

ジャーナリストという肩書きで仕事をするようになって30年ほどがたつが、私の取材対象はアメリカを中心にした国外がほとんどなので、海外出張にいけないという状況は大袈裟に述べると片足を縛られている感覚に近い。

たとえば、10年前の2011年4月を振り返ると、初旬に北朝鮮の平壌に飛んでさまざまな場所を訪れ、帰国後すぐにアメリカのウィスコンシン州ミルウォーキー市に向かっている。そのあとカリブ海のジャマイカ島に飛んだ。その月は例外的に多忙な月だったが、動くことは苦痛どころか私にとっては快感なので、嬉しさが勝っていた。

だがコロナの影響で過去1年以上、国外にでていない。国外取材がかなわないので、一次情報としての海外ネタがとれず、いまはネットに頼らざるをえない。もちろんEメールやラインなどで海外からの情報を得ることはできるが、「少しばかりのイライラ」が募っていることは確かだ。

新型コロナウイルスに感染しないための行動はもちろんだが、先日も書いたように、国民がいち早く集団免疫を獲得できるように、政府は最善の努力をしてワクチンを国外から入手して接種していかなくてはいけない。明日から高齢者を中心にしたワクチン接種が始まるが「遅すぎた」と言ってもいいくらいなので、可能な限り早期に全国民レベルでの接種を望んでいる。

男女格差をいかにして縮めるか

日本人は「究極的な男女平等」というものを求めていないのかー。

そんな思いを抱かざるをえないような報告結果が出された。スイスに本部を置く国際機関、世界経済フォーラム(WEF)が3月31日に公表した男女格差の報告書によると、日本の男女平等ランキングは156カ国中120位で、先進国の中では相変わらず最下位だった。

比較対象になる分野は教育、健康、政治、経済の4つで、男女格差がまったくない状態を100%とし、数値化して他国との比較をしやすくしている。世界でもっとも男女平等に近い国はアイスランド(89.2%)だった。続いてフィンランド(86.1%)、ノルウェー(84.9%)と北欧諸国がつづき、男女平等を推し進めているようにみえるアメリカが30位で76.3%。日本の数値は65.6%で120位だった。

男女格差では韓国(68.7%) が102位 、中国(68.2%)が 107位 で日本よりも上位にきており、日本の「ていたらく」が際立っている。どうして男女格差がなくならないかは、社会学者の言説を待つまでもなく、読者の皆さまが普段生活している中で、多くの局面において実感されている通りだろうと思う。

男性側からの働きかけはもちろん、女性側からの格差是正の動きも重要で、意識して、少しずつ前に進んでいくことしかないだろうと思う。

政治家が本当にやるべきこと

今年1月28日の当ブログで、文藝評論家の小林秀雄と作家横光利一の対談について触れた (日本の政治が停滞しつづける理由)。今日、小林が違う対談でノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹と語り合っているものを読んだ。

学生時代から小林のファンだった私はいまでも彼の書いたものをたまに読み返す。湯川は1981年に他界しているので、40年以上前に行われた対談だが、2人が語る内容には時代を超えた普遍性があり、いまだに納得させられることが多い。

小林は政治のイデオロギーの矛盾についてこう話している。

「なぜ現代の政治家がイデオロギーなどという陳腐な曖昧なものの力を過信するのか」と問いかける。そしてこう述べる。「民主主義だとか共産主義だとかという曖昧模糊としたイデオロギーをどうしてめいめいが掲げて争うのか、どうも僕にはよくわかりません。(中略)平和を保つ技術、政治技術の問題が重要であるとどうして政治家は考えないのか」

考えてみれば、しごく当然のことのように思える。小林は政治家が本来やるべきことは戦争を起こさない技術を身につけることであると説く。そして次のように断言する。

「政治は人間精神の深い問題に干渉できる性質の仕事ではない。精神の浅い部分、言葉を代えれば人間の物質的生活の調整だけをもっぱら目的とすればよい。そうはっきり意識した政治技術専門家が現れることが一番必要なのではないでしょうか」

真理を看破する力がここにある。

from Twitter

森発言に思うこと

「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」発言が過去数日、世界中を騒がせている。いまさら私がここでモノを言っても何も変わらないが、少しだけ述べさせていただきたい。

発言後、森氏は記者たちの質問に答えたが、その時の発言がさらに森氏の傲慢さを際立たせることになり、日本人を含めた世界中の人たちが「反モリ」という機運を作りだした。多くの人のなかに「辞任しろ」、「日本人として恥ずかしい」、「菅さんが辞任させるべき」といった思いが渦巻いている。

しかしそれによって、菅氏や小池都知事、またIOCのバッハ会長が森氏を辞めさせる動きに出たかというと、そうではない。流れはむしろ逆だ。森氏の周囲にいる人たちと東京五輪関係者は森氏の続投を望んでいる。森氏の政治力を失うことの方が五輪開催にとって損失が大きいとの判断のようだ。

森発言には2つの問題があると考えている。一つは公の席で女性蔑視の発言をしたことである。この発言は「昭和のおとっつぁん」のものである。森氏は現在83歳。こうした考えを持ち続けていたことは想像に難くないが、テレビカメラが回っていることを知りながら同発言をした森氏の軽率さと無思慮な人間性があらためて浮き彫りになった。

もう一つは森氏が女性蔑視の考えそのものを持ち続けている点である。公の場で差別的な発言をしなければ構わないというわけではない。時代はすでに2020年代である。女性が周囲にいなくとも、男性同士の会話であっても、もはや「いただけない」。こうした発言をするということは、普段からそう考えているからであり、私から言わせれば「この人はもう終わり」でしかない。

定年をなくそう!

今日(2月3日)の朝日新聞朝刊7面に、ある中堅商社が定年を実質的に廃止するという記事が出ていた。

大変喜ばしいニュースであると同時に、「ようやくか」との思いもこみ上げてきた。21世紀になってもいまだに定年があることに、個人的には違和感を覚える。今日のブログは少し長くなるが、最後まで読んでいただければ幸いである。

まず朝日の記事を簡単に紹介させて頂きたい。化学品や情報システムなどを扱う三谷産業(金沢市)が「無期限の継続雇用制度」を今年4月に設けるという内容だ。日本国内にあっては、リベラルでかなり前向きな考え方の企業である。健康で体力に問題がなく、本人が働き続けたいのであれば無期限で働けるようにする(定年をなくす)というのだ。素晴らしいことである。

同社がこの決断にいたった背景を説明したい。昨年3月、政府はある法律を成立させた(施行は今年4月)。「改正高年齢者雇用安定法」という名前(いつも思うが官僚はもっとキャッチ ー で覚えやすい法律名を考えるべきである)で、定年を①廃止、②延長、③定年後の継続雇用、の3つから選択できるようにする内容で、社員を70歳まで働けるようにしたものだ。

だが三谷産業は法律施行に合わせて、定年を実質上廃止することにした。70歳ではなく、はっきり言えば死ぬまで働けるということである。多くの方はこの決断を「英断」と捉えるかもしれない。しかし、冒頭で「個人的に違和感を覚える」と書いたとおり、私にしてみると「ようやく」でしかない。

またアメリカとの比較で恐縮だが、アメリカには定年というものがない。少なくとも過去50年以上にわたって定年はない。実は1967年に、年齢を理由にして社員を解雇することは差別にあたるとして、「 雇用における年齢制限禁止法(The Age Discrimination in Employment Act) 」という法律ができたのだ。これによって、「あなたもう65歳だから辞めてください」と、年齢を理由に社員を解雇できなくなった。つまり定年の廃止である。

それでも現実的には、アメリカ人は 65歳から70歳くらいになると自分で退職の線をひいて、仕事を辞める。日本と違うのは、会社から「辞めてください」と言われて退職するのではなく、自らが進退を決められるということだ。

人によっては黒柳徹子さんのように、80歳を超えてもバリバリ現役で仕事をこなせて、かつ自分でも仕事を続けたいという方がおり、こうした人たちに対して「退職年齢がきたから辞めてください」というのはあまりにも忍びないし、社会にとっての損失であるとも言える。

ただアメリカ企業も天使ではない。年齢を理由に解雇できないので、高齢になって効率的に業務ができない社員に対しては、他の理由で解雇を言い渡すことはある。この点ではいまでも訴訟問題が起きていたりする。それでも基本的に、経済的な理由で仕事を続けたいという人や、仕事を続けた方が健康でいられるという人はずっと仕事をしていられる。

日本も当然、そうあるべきだろうと思う。だから「定年をなくそう!」なのである。