地震と火山活動

このところ国内で地震が続いている。特に3日午前に起きた富士五湖を震源とする最大震度5弱の地震は、「富士山噴火の前ぶれではないのか」と多くの人が思ったはずだ。

武蔵野学院大の島村特任教授はメディア取材に対し、「富士山の下の深さ15~20キロの地点でマグマの流動によって起きる低周波地震の一種。規模が大きければ富士山の大きな噴火につながるかもしれず、危ない」と答えており、噴火の可能性があると指摘した。

そうしていたら、インドネシアのジャワ島で4日、最高峰スメル山(3676m)が噴火した。大規模な噴煙が上がっていく様子がネット動画で確認でき、恐ろしくなった。溶岩が火口から数百メートルにわたって流れでて住民が避難しているという。すでに死亡者も10人以上でている。

ジャワ島と富士山とでは距離が離れており、直接的な関連性はなさそうだが、本当にまったく関係がないと言い切れるのか。地質学に疎い素人としては、地球の奥深くで何らかの地殻的連動があり、地球規模で動きが活発になっているのではないかと疑ってしまう。

さらに今年9月19日、スペイン領カナリア諸島のラパルマ島で50年ぶりに火山が爆発して、流れ出した溶岩流で約2000棟が破壊された。さらに米ハワイ州のキラウエア火山も9月29日に噴火して、溶岩の流出がみられた。

少し調べると、マグマの動きは気象庁どころか地質学者にも本質的につかめていないらしく、活火山が111もある日本に住むわれわれとしては指を咥えているしかないようである。

MVP獲得、おめでとう!

昨晩から胸のなかにワクワク感が宿っていた。

今朝、予想どおり大谷翔平が満票(420ポイント)でMVPを獲得するのをテレビの生中継で目にし、一瞬胸が熱くなった。本当に彼のもとに飛んでいって「おめでとう!」とハグをし、握手をしたい衝動に駆られたが、かなわぬことなのでリビングで少しだけ飛び跳ねてみた。

大谷についてのスゴサは今月16日の当ブログ(大谷翔平のスゴサ)で書いたのであらためて記さないが、日本人であっても「ここまでのことができるんだ」ということを世界中に示してくれたことに多くの人は共感しているのだろうと思う。

それはまた「自分にはできないけれども、大谷という同胞が成し遂げてくれた」という歓喜であろうと思う。来年もさらに飛躍した姿を観たいと思っている。(敬称略)

大谷翔平のスゴサ

昨日(11月15日)行われた大谷翔平の記者会見の内容は、すでにさまざまなメディアが報じているが、あらためて記すとすれば、気負いがなく、実直で、すべてをさらけ出せる性格のよさが際立っていたということに尽きるかと思う。

投手としても打者としてもあれだけ卓抜な成績を残しておきながら、会見では「どうだ、、、」といった邪気が微塵も感じられなかった。それは「打てなかったり、打たれたりしてもちろん落ち込む時期もあったが、落ち込むことも含め、いい1年だった」という言葉によく表れている。

「落ち込んだ」ことを素直に認めたことに、私は大谷に対してこれまで以上の好感を抱いた。周囲から「一流」で「大物」と評価されていることを知れば知るほど、俗人は世間に弱みをみせたくなくなるものだが、実直に心の内側をさらけ出した。

さらに自身への見方は冷静なまでに客観的で、「今日はよかったなとか、今日はここが悪かったなっていうのが出てくることっていうのはすごい幸せなことじゃないのかなと思っている」と述べた。さらに清々しさも加わり、好感度がさらに跳ね上がった。

いまはむしろ大谷の「毒」、「裏の顔」があれば眺めてみたいと思っている。(敬称略)

エーイ、食べてやれ

今は10月25日午後11時半過ぎ。

今日は朝から原稿を書いて、昼前に都心にでかけて事務的な用を済ませた。そのあと博多うどんを食べてから人と会い、さらに夕方にビジネスミーティングがあったので、ミーティング前にマックによってフィレオフィッシュとチーズバーガー、さらにMサイズのコークゼロをお腹に入れた。

1日3食をすでに食べていたので、家に帰ってからは寝るだけだろうと思っていたが、11時過ぎになってお腹がグーグーいっている。

「エーイ、食べてやれ」

久しぶりに、本当に久しぶりにガッツリ系の夜食を食べた。皿うどん。自分で作り、そして完食。アアア、うまかった。明朝の体重のことは考えないことにする。

パウエル氏の残像

コリン・パウエル氏が亡くなった。米国の元国務長官であり、統合参謀本部議長という米軍のトップに立っていた人物でもあった。91年の湾岸戦争を短期間で終わらせたとして、その手腕が高く評価されもした。

ただ私は個人的に、1995年11月のあるシーンが脳裏に焼きついている。ワシントンでフリーランスのジャーナリストとして独立して5年目だった私は、パウエル氏が96年大統領選に出馬する可能性を追っていた。当選すれば米国初の黒人大統領になるし、人物的にも能力的にも申し分のない人であると思っていた。

from twitter

当時の大統領は民主党ビル・クリントン氏。いくつかの世論調査ではパウエル氏が支持率で現職クリントン氏を上回っていた。だが95年11月初旬、同氏は大統領選には出馬しないという会見を開くのだ。

当時、パウエル氏のもとには「大統領になったら暗殺する」という脅迫が舞い込んでいた。そのためパウエル夫人が暗殺を憂慮して出馬を辞退させたという報道が出回った。ただ辞退した本当の理由は違うところにあると思っている。

パウエル氏はあの時、ある場所で「出馬を何度も何度も考えた」と述べたあと、次のようなことを口にしたのだ。

「自分の心の奥底をみつめてみました。35年間の陸軍勤務で国民との信頼関係を築いてきたとの思いはあります。しかし(大統領になるという)政治への情熱的なコミットメントが自分にはないことがわかりました」

これほど実直で、素直な心根を表にだせるということ自体、米軍トップにいた人としては稀有なことだろう。さらに自分自身に嘘をつかない態度はたいへん好感がもてた。私は政治的にはパウエル氏と違う立ち位置だが、人物的にはあれからずっとパウエル氏のファンでいた。

ご冥福をお祈り申しあげます。