キムタクとラジオ

私は中学時代からずっとラジオを聴いている。高校時代はいわゆる「ながら族」で、勉強をしながらラジオを聴いていた。いやラジオを聴きながら勉強をしていたといった方がいいか、、、、。

ご存知の方も多いと思うが、アメリカにはラジオ局が日本と比較にならないほど多くあり、各都市にFM局だけで数十局ある。ロック専門局、クラシック音楽専門局、カントリーミュージック専門局といった具合で、それぞれのカテゴリーで数局のチョイスがあるばかりか、ニュース専門だったり、トーク専門ももちろんある。

逆に日本のラジオ局数は限定的で、文化放送やニッポン放送、またTokyoFMなど、ほとんどの局は音楽とトークが混在した番組構成で、パーソナリティーがゲストと話を進めながら時々音楽を流すといった内容だ。もちろん今はインターネットで聴ける。今朝はTokyoFMにチューニングしていた。

日曜午前11時半から木村拓哉氏が長い間、「Flow」という番組をやっている。スマップが解散してからもう5年以上もたつが、相変わらずしゃべりは快調で、安心して聴いていられる。同番組はナマ番組ではなく収録したものだが、ラジオらしい瞬間瞬間の判断としゃべりがいい。

今日はゲストと買い物についての話におよんだ。今日のゲストはファッションデザイナーの藤原ヒロシ氏で、藤原氏が「財布は持たないです。スイカ(携帯)とカードで買い物は済ませます」というと、キムタクが「エッ、私は現金ですね。コンビニにいっても現金で払います。スイカは使わない」と、何かちょっとホッとさせるようなことを言う。そして「小銭は募金箱に入れます」とつけ加えた。

私はキムタクのファンというわけではないが、また少し彼のことが好きになった。

自分への戒め

いまでもたまにグーグルの検索に自分の名前を入れて、ネット上でどう取り上げられているかをチェックすることがある。

ジャーナリストとして仕事をしている以上、ある程度名前がでてこないといけないだろうし、私が書いたり発言したりすることに対して議論が起きることは覚悟している。「堀田佳男」と入力すると、多くの画像も登場する。いまだに坊主アタマになった2016年の写真もでてくる。

ご存知の方も多いだろうが、あの時、私は「トランプ氏が勝ったら坊主になります」と断言した。坊主になるという発想は、実は自分が持ち出したわけではなく、テレビ番組のディレクターが仕掛けてきたのである。

「堀田さん、ヒラリーが負けたら坊主になるというのはどうですか?」

私はヒラリー氏が負けるとは思っていなかったので、「いいでしょう」と言って頷いた。結果はご承知のとおりである。負けた以上、自分で床屋にいって坊主になるつもりでいたが、選挙直後に呼ばれた番組ではスタジオに床屋さんが控えており、その場で髪を刈られてしまった。それについて文句はない。いい経験だった。

そのあたりから、テレビやラジオに呼んでいただく機会が増えていく。放送メディアにでると共演者に名の通った人たちがいることが多く、私はミーハーなところがあるので、一緒に写真に収まった。ただ「そうしたことに浮かれていてはいけない」との思いをいつも持っているつもりだ。

私の本業はジャーナリストとして正確な情報をいち早く伝えるということなので、主軸を忘れてはいけないと日々戒めている。

字幕なしで洋画を観るまで

今週号の「週刊文春」の漫画「沢村さん家のこんな毎日」の中に、「字幕なしで英語の映画見られるようになりたい」というセリフがあった。

多くの方がそう願っていることは知っているし、このセリフがそうした方々の気持ちを代弁していることも知っている。俳優の口から速すぎると思えるほどのスピードで英語が繰り出されると、単語がところどころ聴き取れればいい方かもしれない。

私はアメリカに25年も住んでいたので、イチオウ普通に理解できるのだが、「アメリカ人と普通に会話ができるようになった」と思えたのは渡米してから2年ほどたった頃である。私は留学という形でアメリカに行ったので、渡米前にTOEFLを受けたが、テストでそれなりの点を取ることと、あらゆる局面で英語を使いこなすこととは大きな違いがあり、本当に英語を使えるようになるまでには時間がかかった。

以前、仲のよかったスウェーデン人と英語学習について話をしたことがある。彼はアメリカに来た時点で、ほとんど「アメリカ人ですか」といいたいくらいのレベルの英語を操っていた。話を聞くと、彼が特別なわけではなく、多くのスウェーデン人が彼と同じレベルの英語を話すと言った。

理由は「小学校2年から英語をやる」ということだった。しかも英語でモノを考えることが重要であると指摘した。日本の文科省も同じように小学校2年くらいから英語でモノを考える時間を作り、日本語に訳さないで会話をする授業をすれば、高校卒業するくらいには多くの人が普通に話ができるようになるのではないか。

もちろん万単位で外国人の教師を雇用することになると思うが、無駄遣いと思えるようなところに国家予算を使うのであれば、惜しくないはずだ。やってできないことではないと思っている。

東大生の大相撲力士

いま私が注目しているアスリートがいる。東大在学中の大相撲力士「須山」だ。すでに多くのメディアに取り上げられて、ご存知のかたも多いかと思う。まだ前相撲の段階なので、序の口力士にも達していないが、彼は大関を目指しているという。

アスリートという言い方は相撲取りにはふさわしくないかもしれないが、角界に入って上を目指す気構えはすでにできている。身長180センチ、体重104キロの体格はいまでは小兵に分類されるかもしれないが、須山はすでに2勝しており、あと1勝すると前相撲から抜けていく。

from Twitter

須山は東大の相撲部で主将も経験しているが、大学相撲で際立った成績をおさめたわけではない。それよりも新弟子検査を受ける年齢の上限が25歳なので、ギリギリで木瀬部屋の門をたたいてプロデビューしたという流れだ。それは外務官僚の道を選ぶよりも、自身が描いた夢をまず追及してみた結果である。そこに人間としての魅力がある。

実は須山はまだ東大の学生で卒業していない。東大の前に慶応大学にも通っていたため少しばかり歳がいっている。しばらくは卒業のために学業と相撲の両立のようだが、ぜひ大関とはいわず横綱を目指してほしいと思っている。

世界一を目指さない日本

今月22日で東京スカイツリーが開業して10年になる。「世界一高いタワー(電波塔)としてギネス世界記録の認定を受けた(634m)」という触れ込みもあり、これまで展望台に行かれた方も多いだろう。

いまでも電波塔としては世界一の高さを誇っているが、世界には電波塔ではなく、ビルとしてスカイツリーよりも高い建物がある。アラブ首長国連邦のドバイにあるブルジュ・ハリファだ。スカイツリーよりも200mほど高い828mなので、建物としての「世界一」はドバイに持っていかれている。

以前、仕事で出会ったフランス人の建築家、マニュエル・タルディッツ氏は「ブルジュ・ハリファよりも高いビルを東京で建てることはできますよ。5000メートルとは言わないですが、構造上は2000メートルのビルでも十分に可能です」と話していた。もちろん、その高さのビルを建てると、周囲の住環境への影響や維持管理の問題がでてくるが、本当にやろうと思ったらできないことはない。

いまの問題は、日本人がそれだけのものを目指さなくなっていることなのではないか。「そこまでしなくとも」とか「無理しなくとも」といった社会風潮が日本全体を包み込んでいるように思えるのだ。

多少無謀でも構わないので、「世界一を目指します」といって突っ走るくらいの勢いが日本に戻ってきてほしいと思う今日この頃である。