ノーベル医学・生理学賞

今年もノーベル賞の時期になった。3日は、医学・生理学賞の発表があり、ドイツのスバンテ・ペーボ教授の受賞が決まった。

当ブログで何度も書いているが、私はエイズの治療薬を開発した国立国際医療研究センター研究所長の満屋裕明氏ついての本を出版した関係で(エイズ治療薬を発見した男 満屋裕明 (文春文庫))、いくつかのメディアから事前に「満屋先生がノーベル賞をとった時はコメントをください」と頼まれていた。近年は毎年、この時期になると同じような連絡が入る。

満屋氏がAZTという世界最初のエイズ治療薬を開発したのは80年代。すでに40年近くたっているが、ノーベル賞は研究成果が発表されてから何十年かたったあとでも賞が授与されるので、毎年のように満屋氏は対象者の一人に挙げられている。

私が満屋氏に米首都ワシントンで最初のインタビューをしたのが1987年。それから満屋氏とは個人的に飲食をする間柄になり、つい最近も一緒に晩御飯を共にしたばかりだ。彼はノーベル賞については多くを語らないが、受賞すれば世界的に注目され、さらに研究が加速されていくことになるだろう。

ノーベル賞は一人の研究者が達成した研究結果に対する褒美であるが、それ以上に満屋氏の場合は、エイズというそれまで「不治の病」といわれていた疾病に治療の道筋をつけ、多くの患者の命を救ったという点で何にもかえ難い。「来年こそは」と思っている。

さらば猪木!

アントニオ猪木氏が亡くなった。79歳。あれほど元気のいい人はそうそういるものではない。亡くなったというニュースに、心のギアがガクンと2段階ほど落ちるような落胆があった。

上の写真は2013年、外国特派員協会の記者会見に現れたときに撮ったものだ。壇上にきてすぐ、「元気ですかあああ!」と叫び、会場にいるすべての人の心を掌握したような力を感じた。

その日は猪木氏が力を注いでいた北朝鮮の拉致問題についてがテーマで、「北朝鮮との外交チャンネルを私以上にもっている政治家は日本にはいない。日朝のトップ会談が1日も早く実現できる環境を作りたい。それが私の仕事。その道筋をつける自信はあります」と述べていた。

その時までに計26回、北朝鮮に足を運んでいた。その後も毎年のように北朝鮮に足を運び、亡くなるまでに33回も訪朝している。拉致問題だけでなく、国交回復を望んでいたはずだが、野望は叶わなかった。

新聞が終わる日(2)

誰がいま新聞を読んでいるのか?

朝、仕事場に行くときに電車の中で新聞を読んでいる人は、ざっと見たところ一車両で一人いるかいないかである(その一人が私)。ほとんどの人はスマホに目をやっている。私は当欄でちょうど10年前、「新聞が終わる日(2012年5月27日)」というブログを書いて、そこで「新聞の役目はほとんど終わったと思える」と記した。

当時、すでにネット時代に突入していたので、紙の新聞はいずれは終わりを迎えることは誰もが予見できた。その時に書いたことだが、朝刊を読んでいると「いつのニュース?」という思いが湧き上がる。昨日起きたことは、ネット上では昨日のうちに知ることができるが、新聞紙面では半日から1日遅れる。だから、ネットニュースを読んでいる限り、即応性という点では新聞は太刀打ちできない。

新聞の発行部数も2005年の5300万部から減少の一途を辿っており、歯止めがかからない。朝日新聞ですら21年3月期決算で営業損益70億円の赤字を計上している。

ただニュースを伝えるという仕事が廃れるわけではない。むしろ、今後はネット情報が飛び交う中で、より正確なニュースが求められるため、今まで以上に良質なニュースを配信する必要が生じてくる。私も含めて、発信していく立場の人間はさらに切磋琢磨して、少しでも皆さまのお役に立つニュースを伝えなくてはと思っている。

台風14号・・・

大型の台風14号が今にも九州に上陸しようとしている。中心付近の最大瞬間風速は75メートルと言われているので、このまま上陸するとかなりの被害が出ると予想される。

実は2年前の9月も超大型の台風10号が九州に接近していて、その時は最大瞬間風速が80メートルと言われていた。ただ幸いにも、上陸前に騒がれていたほどの被害はもたらさず、家屋の倒壊が広範囲にわたって起きることはなかった。

個人的には、1992年に米国で取材したハリケーン「アンドリュー」が最も印象に残っている。それまで米国ではカテゴリー5に分類されたハリケーンは3つしかなく、そのうちの一つだった。最も被害の大きかったフロリダ州ホーステッドに取材に行くと(写真)、そこはまるで空爆を受けた後のようで、自然の猛威がいかに絶大かを思い知らされた。一般の民家は根こそぎ倒壊していたからだ。

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全半壊した家屋は11万超で、通過した翌日に現地を歩くと、あまりの錯乱ぶりに「絶望」という言葉が脳裏をよぎった。こうした威力を目の当たりにすると人間の小ささを痛感させられるが、できる限りの準備をして備えるしかない。

偏差値脳の弊害

日本はいまだに受験時の学力評価を偏差値というものに頼っている。大学入試の難易度は、模試での偏差値が基準になっており、偏差値45しか取れない受験生が偏差値65の大学に入ることはほとんど無理である。世間からはそこで「頭がいい、頭が悪い」と言われてしまうだけでなく、本人もそうした枠に自分をはめるようになる。

しかし社会にでて、偏差値の低い学校に行っていた人が創造的な仕事について大成功したり、説得力のある話術を身につけてビジネスで成功したりすることはいくらでもある。それでも多くの人は、いまだに偏差値入試での成功にお墨付きをあたえることが多い。

以前、脳科学者の茂木健一郎氏が偏差値入試の弊害を次のように語っていたことがある。

「 市川海老蔵は、僕に日本の教科書を読んだことがないと豪語しますが、ハーバード大学は歌舞伎役者として超一流の彼を合格させると思うんです。でも、日本の東大には彼は入れない 」

いまでも日本の入試を公正と考えている人は多いが、ある側面から学生の実力を測ることはできても、人間の総体を偏差値で測れないのではないかと思う。前出の茂木氏は「人間にはいろいろな尖り方がある」という表現を使って、秀逸さを形容する。海老蔵氏のように役者として尖っている人がいれば、学者として尖っている人もいる。さらに野球選手として尖っている人もいる。

違う方向に突出している人は本来比較できない。そのためには早い段階から自分の得意分野をみつけ、磨きをかけることが肝要ではないのか。