こういう日は花

連日、自宅で仕事をしているので、心の底に眼に見えない黒い塊ができているように感じる。少し体をゆすっても、ビールを飲んでも塊は失せない。

コロナは医療や経済、また多くの人の日常生活をピンチに追い込んでいるが、心に居すわる黒い塊の存在こそがもっとも大きな重しになっているように感じる。たぶんそれはコロナ騒動がおわっても、徐々にしか開放されていかない。

昨日、近所の商店街を歩いていて、よく行く花屋さんの旦那さんと眼があった。「今日のオススメはなんですか」と訊くと、「これですね」と指差したのがヒマワリだった。

こういう日は花がいいです。

『美しい星』

三島由紀夫の小説に『美しい星』という作品がある。3年前に映画化されてもいる。

コロナの影響で家に籠っているので、久しぶりに本棚を眺めていた。私は学生時代、三島が好きでたくさん読み、いまでも文庫本が何冊も並んでいる。その中でどういうわけか『美しい星』が目にとまった。ストーリーがすぐに思い出せなかったからだ。

手にとって、仕事机にすわって読み始める。すぐに三島らしい文章の流れと語彙のチョイスに心の奥底をくすぐられた。学生時代、目に見えない闇を言葉の力で明快にしてくれる三島に魅了された。いまでも大切な作家という位置づけである。

『美しい星』は主人公の4人家族がそれぞれ違う天体からやってきた宇宙人という設定で、時代は三島が生きた1960年代だ。ケネディやフルシチョフという実在の政治家が登場するが、三島は2人を茶化したり揶揄したりはしない。むしろ小説という文学形態を使って問いかけるのだ。

「・・・二人は肩を組んで外へ出て行って、朝日を浴びて待っている新聞記者に、こう告げるべきなのだ。『われわれ人類は生きのびようということに意見が一致した』と。放鳩も軍楽隊も何もいりはしない。・・・地球がその時から美しい星になったことを、宇宙全体が認めるだろう。」

この小説の命題はこれである。60年代初頭、米ソは核兵器競争に突き進んでおり、両国が衝突したら核戦争になるかもしれないことを三島は真に憂慮していた。そして主人公の宇宙人をつかって言わせたわけだ。そして「われわれの力で、一刻も早く、彼らに手を握らせてやろうじゃないか」と書く。

ここには人間の愚かさや無謀さ、稚拙さ、融通のなさ、時に錯乱や猥雑さがみてとれる。同時に、時代が変わっても人間は変わらないことを痛感するのだ。「時代は繰り返す」というが、本質的にいまも大きな違いはない。コロナしかり、である。

笑顔になれるストーリー

「コロナの話はもうたくさん」と思われている方も多いことだろう。テレビ・新聞はもちろん、ネットでも新型コロナウイルスの話で溢れている。少し人間味のあるストーリーはないのかー。

アメリカ中西部、サウスダコタ州の小学校でもコロナの影響で休校が続いている。生徒たちにはオンラインで宿題が出されているが、小学校6年生のライリー・アンダーソンさんは算数の公式で十分に理解できないところがあった。

クリス・ワバ先生(52)にメールで質問をし、先生も返信メールをくれたがそれでも腑に落ちない。それを正直に先生に伝えてしばらくすると、ライリーさんの自宅玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けるとホワイトボードを手にしたワバ先生が立っていた。

先生はライリーさんを玄関から出させず、ガラス戸越しに公式の説明を始めた。

picture from twitter

上の写真をツイッターに投稿したライリーさんの父親は、「先生が実際に自宅まできてくれて、娘は本当に驚いていました。彼は本当にいい先生です」とABCテレビに話した。もちろんライリーさんの悩みは解決したという。

父親は写真とストーリーをツイッターに投稿。「いいね」が80くらいつけばいいと思っていたが、今日までに3800以上の「いいね」がつけられている。

「いいね」では足りないので、ツイッターの管理者には「大拍手」のマークを創設してほしい。

トランプは負けるべき

こういったレベルの発言をしている限り、大統領でいる資格はない。トランプは一刻も早く去るべき男である。

どんな発言なのか、少しお話したい。 

先週、米保守派のラジオ・パーソナリティーとして知られるラッシュ・リンボーが、民主党候補ピート・ブダジェッジに対して差別発言を吐いた。

「アメリカはまだゲイが大統領になる国ではない」

ゲイを否定する考え方は21世紀のものではない。誇張になるが、50年くらい前の社会通念という印象である。そのリンボーにトランプは今月、大統領自由勲章を授与したのだ。同勲章は文民に与えられる勲章としては最高位のもので、過去にはヘレン・ケラーやマザー・テレサ、ウォルト・ディズニー、モハメド・アリなどが授賞している。そこにリンボーが名前を連ねたのだ。

そのこと自体、同勲章の名誉を傷つけるものだが、その席でトランプはリンボーに「(ゲイ発言については)謝る必要はない」と諭したのだ。これは同性愛者に対する侮辱であり、愚弄であり、排撃にあたる。こんな男がアメリカの大統領をやっていていいのかと真剣に憂慮する。民主党代表候補が誰になるにせよ、この男をホワイトハウスから駆逐しないといけない。

侮辱されたブダジェッジは数日間沈黙していたが、昨日トランプへの反撃にでた。

「(私のパートナーとの婚姻ですが)ポルノ女優と浮気をしたあとに口止め料を払ったことがないのは確かです」

うまい切り返しだが、トランプにはまったく響いていなさそうだ。11月3日に負かすしかない。

弾劾裁判はトランプの思い通りの流れ

トランプがすぐにも無罪放免になる。

2月5日に連邦上院で、「トランプは罷免にあたいしない」という評決がくだされるはずだ。本来は4日に行われるトランプの一般教書演説の前に弾劾裁判を終わらせたい意向だったが、数日ずれてしまった。それでもトランプの思い通りにコトは進行しているようだ。

22日の当欄で記したように(トランプを本当に裁けるのか)、共和党議員の中にもトランプの行為が贈賄罪と司法妨害罪にあたると解釈し、罷免されるべきであると考えている政治家はいるだろうと思う。

しかしワシントンの政局はいま「完全」という言葉をつかっていいほど2極化しており、トランプが無罪放免になるという流れができあがっている。

それにしてもトランプが弁護チームにアラン・ダーショウィッツを向かい入れ、同氏もトンラプの肩をもった時点で勝負あったというのが40年近くワシントンの政治を見てきた私の感想である。

なにしろハーバード大学教授のダーショウィッツは、90年代半ばにO・J・シンプソン事件でシンプソンの無罪を勝ち取ったドリームチームの一員で、「合衆国憲法を語らせたら誰もかなわない」と思えるほど弁がたつ。今回もダーショウィッツのトランプ擁護の論弁を聴いたが、殺人罪に問われたシンプソンを無罪にした時を彷彿とさせた。

当時、私はワシントンで事件の記事を書いていたが、ダーショウィッツをはじめ、ロバート・シャピロ、ジョニー・コクランという腕利き弁護士は、黒いものを白色にできるくらいの弁護力があり畏れおののいたのを覚えている。

今回の上院でのダーショウィッツの論弁はあの時の光景を想起させた。犯罪どころか、トランプは当たり前のことをしただけと思われるほどの論法なのだ。アメリカの政治の限界をみた思いである。(敬称略)