しもべとしての副大統領

アメリカ大統領選挙は予備選が終わって2カ月がたとうとしているが、いまだにオバマとマケインは副大統領候補を指名していない。 

期日が決められているわけではないので、党大会(民主党は8月25日~28日、共和党は9月1日~4日)までに指名すればいいのだが、両候補とも絞り込みに時間をかけている。

民主党の副大統領候補の中で、いまアメリカのメディアが最も注目しているのがバージニア州知事のティム・ケインだ。私はヒラリー・クリントンが指名される可能性もいまだに残っていると思っているが、オバマとヒラリーの関係者からは「ありそうもない」という報道が伝わってくる。

東京にいる歯がゆさは、そのあたりの事情を自分で取材できないところだ。電話でアメリカの党関係者やシンクタンクの研究者とよく話をするが、ジューシーな情報はなかなか入らない。私の力のなさの表れだ。

注目株として「赤丸」がつけられているケインは、オバマと同じハーバード大学ロースクール(法科大学院)を卒業した逸材で、長い間バージニア州リッチモンドで弁護士をしていた。2001年に同州副知事になり、05年から州知事を勤めている。現在50歳。

私は昨年帰国するまで20年ほどバージニア州に住んでいたので、ケインが副知事の時から名前は聞いていた。ただ、彼が副知事時代の知事であるマーク・ワーナーがあまりにも優秀だったことで、ケインに陽があたらなかった印象が強い。

ワーナーはジョン・F・ケネディを彷彿とさせ、大統領候補と騒がれた時期もあったが、ケインは失礼な言い方をすれば「建設現場の親方」のような姿態で、副大統領候補として名前が取りざたされることすら想像していなかった。

バージニア州は南部に入るのでもともと共和党の票田だが、今年の選挙では民主党が奪う可能性もある。そこでオバマは社会政策で共通項が多く、同州をものにできる可能性が高くなるという意味からもケインを選ぶと囁かれている。

その他にはインディアナ州上院議員でさわやかさがウリのエバン・バイ(52)、カンザス州知事のキャサリーン・セベリウス(60)、デラウェア州上院議員でワシントンの重鎮ジョー・バイデン(65)などの名前が挙がっている。

副大統領は大統領に不測の事態がおきた時に大統領に昇格する重要なポジションだが、その職務は驚くほど平坦で地味だ。上院での法案議決が50対50で割れた時に一票を投じて法案の運命を決めることが唯一の必須職務といえるくらいで、あとは最近のチェイニーのように表舞台に何カ月も登場しなくとも誰からも文句をいわれない。

有権者が11月の選挙で選ぶのは副大統領ではなく、あくまで大統領なのである。つまりオバマかマケインの二者択一の選挙であって、副大統領候補は「しもべ」でしかない。

なにしろ1933年から41年までフランクリン・D・ルーズベルトの副大統領だったジョン・ガーナーは「副大統領というのは水差し一杯のオシッコにも値しない」という言葉を残したほどだ。光の当たらない副大統領に辟易していたガーナーの悲哀が現れた表現である。(敬称略)

オバマ、黒人としての強さ

日本ではいまだに「オバマは黒人だから大統領になれない」と考える人がいる。

「アメリカは究極的には差別社会だから、21世紀になっても黒人が大統領になるとは思えない」 という。

25年間アメリカで生活した経験から、この発言は20年以上前のひとつの意見でしかないと思っている。もちろん、今でも差別主義者はいるし、人種的理由でオバマを大統領にしたくないと考えるアメリカ人がいることは確かだ。白人至上主義団体も600以上といわれる。

けれどもアメリカ社会で長いあいだ息を吸っていれば、皮膚感覚でこの意見が少数派の中でも限られたものであることがわかる。目に見えるかたちで差別が表面化すれば、いまのアメリカでは黒人暴動が起きる。

「お前は黒人だからうちの店には入れない」「あんたは黒人だから雇わない」

いわゆるインテリと呼ばれる白人であればあるほど、特に東部や西海岸の大都市に住むリベラルな人たちであればあるほど、「差別主義者」という言葉におどろくほど敏感だ。そのため彼らは「差別主義者」とのレッテルを貼られることを極端に恐れ、差別とはかけ離れた言動をとる。

そうした意識を強くもたなくとも、「オバマが黒人であるから大統領にしたくない」との考え自体がすでに陳腐になっている。そのため人種問題は今年の大統領選ではまったく争点になっていない。ヒラリーが一時持ち出したが逆効果だった。

ただ、人の心の中は簡単には読めない。表面上は何の問題もなく黒人と接している白人でも「結婚はできない」という人たちは多い。そこが差別のベースラインである。そのあたりの本音は四半世紀のアメリカ生活で会得したと思っている。

それでもアメリカは10年以上前、すでに黒人の大統領を誕生させる心の準備ができていた。コリン・パウエルである。96年、パウエルの支持率は現職ビル・クリントンを超えていた。出馬辞退さえしなければ、パウエル政権が誕生していても不思議ではない。あれから12年である。オバマに人種のハードルがあるとは思えない。

 日本でいまだに「黒人だから」という理由でオバマを否定する人たちは、まるで昭和40年代に数年日本で暮らしたことのあるアメリカ人がその時の日本のイメージを引きずり続けているかのようである。町の風景は変わるし、人の心も変わるのである。

別のいいかたをすれば、日本人はアメリカを知り尽くしているようでいて、実は変わりゆくアメリカを理解できていないように思える。新聞やテレビは日常のアメリカを拾わない。雑誌や流行の本は特異な事象にかたよりがちだ。アメリカという国家の本質を見抜けていない。

そうした中にあって、オバマは21世紀に登場した候補として抜きん出た強さをたずさえている。それは黒人としての強さであると思っている。(敬称略)

ヒラリーの敗北宣言

敗者の目つきはおうおうにして虚ろだが、ヒラリーの目には光が宿っていた。

今月8日、ワシントンで敗北宣言する姿を午前2時過ぎまでテレビで観ていた。これまで多くの敗北宣言を観てきたが、彼女ほど前向きな表情を浮かべた候補を知らない。

1984年に現職レーガンに敗れたモンデールのうつろな眼差し。88年のデュカキスの失意に満ちた表情。92年、クリントンに敗れた現職パパブッシュのつらそうな笑顔、、、。思い出すだけでも、敗者のつらさが伝わってくる。しかも、大統領選のように長期にわたって激しい打ち合いをしたあとだけに、なおさら落胆は大きい。

19世紀半ば、リンカーンが大統領になる前、上院選に出馬して負けたことがある。その時の心情を彼はこう表した。

「暗闇で自分のつま先をしたたかにぶつけた哀れな少年のような気持ちだ。だが、私はもはや少年ではない。声を出して泣くには歳をとりすぎているし、笑うわけにもいかない」

けれども、敗者となったヒラリーの輝きはいったい何なのだろう。現場にいたわけではないが、テレビ画面から伝わってくるあの笑顔はどう説明すべきなのか。敗者の笑顔はおうおうにしてひきつるものである。だが、彼女にはそれがない。

「次に進むべき道がすでに固まっている証拠なのか」。私にはそう思えてならない。敗北宣言の中で、「(オバマと)歩み始めた道筋はちがったかもしれないが、今日、その道は合流した。いまは同じ目標に向かって進んでいるし、それ以上に、11月の選挙に勝つ準備ができている」とさえ言った。オバマも6月2日、「ヒラリーと共に11月の本選挙で勝つ」という言葉を口にしている。

オバマとヒラリーのこうした言葉の意味を考えると、両者の間にはすでに「出来レース」と呼べるだけの取り決めが交わされていたのではないか、との疑念が浮かぶ。

そんな中、上院議員のダイアン・ファインスタインがワシントン市内の私邸で二人が話し合う場を提供した。ヒラリーはそれに応じて、6月5日午後9時から二人だけの会談をもった。予備選の勝者と敗者がこうしたかたちで会うことは、私の大統領選の取材では記憶がない。通常、敗者はそのまま立ち去るだけである。勝者もあえて敗者と顔をあわせて慰めたりはしない。電話で言葉を交わすことはあるが、それ以上の動きは普通ではない。

ファインスタインは8日、ABCテレビに出演して「ゴールデンコンビ」誕生の可能性が大きいことを告げた。私は6月以前に、すでにオバマとヒラリーの間で「ゆるやかな決めごと」があったと踏んでいるが、それが事実であったとしたら何年か経たないと真実は明かされないかもしれない。

いずれにしても、ヒラリーが今後も選挙戦に深く関与することは間違いない。(敬称略)

本選挙の票読み

アメリカ大統領選挙はオバマ対マケインという対立軸ができたことで、軸を中心にしてどれだけの求心力が得られるかが今後の焦点となった。メディアの関心は二人の政策や副大統領候補が誰になるかに向けられるが、私はすでに既存メディアで発言しているので、ここでは触れない。

ブログのよさはいい意味の過激さであり、先見性であると思うので、ここでは11月4日の本選挙の予想を試みたい。

本選挙は選挙人の数で争われる。予備選でしきりに語られた代議員とは違うシステムだ。全米50州と首都ワシントンの全選挙人をあわせると538人。過半数の270人を獲得した候補が次期大統領となる。それでは現段階での予想を記していこう。

予備選が終わったばかりだが、本選挙で民主・共和両党が確実にモノにする州というのが見えている。いくらオバマに人気があろうが、「ほとんど勝ち目のない州」がいくつもある。たとえばテキサスやアラバマだ。逆にマケインがどれだけ奮闘しても勝てない州がある。ニューヨークやカリフォルニアだ。

オバマが高い確率で勝つ州はカリフォルニア、ニューヨーク、イリノイ、ハワイ、ワシントン、オレゴン、メイン、バーモント、マサチューセッツ、コネチカット、ロードアイランド、デラウェア、ニュージャージー、ペンシルバニア、メリーランド、ワシントンDC,ミネソタ、アイオワの18カ所。選挙人の合計は228だ。

一方、マケインが勝つと思われる州はアラスカ、モンタナ、アイダホ、ワイオミング、ユタ、アリゾナ、ノースダコタ、サウスダコタ、ネブラスカ、カンザス、オクラホマ、テキサス、アーカンソー、ルイジアナ、ミシシッピー、アラバマ、ジョージア、ウェストバージニア、ケンタッキー、テネシー、サウスカロライナの21州である。合計選挙人数は163だ。

勝った州の数はマケインの方が多いが、選挙人数はオバマに軍配があがる。選挙人は代議員と同じで人口の多い州に多く割り振られているため、オバマが228でマケインが163という数字がでてくる。

問題は残りの12州である。いわゆる激戦州(パープルステート、スウィングステート)だ。オハイオ、インディアナ、フロリダ、ネバダ、コロラド、ニューメキシコ、ミシガン、ウィスコンシン、バージニア、ノースカロライナ、ミズーリ、ニューハンプシャーの合計選挙人は147。それを二人がどう取り分けるか。勝負はそこである。アメリカで過去4度、予備選から本選挙まで取材したことで見えてくるものがある。

今年の予備選を振り返ると、オバマは激戦州の多くでヒラリーに負けた。それはマケインにも負ける可能性が高いということに等しい。白人の人口比が高く、労働者や低所得者の比率が高い州である。

そうした状況をすべて加味して激戦州を二人に割り振るとどうなるか。結果は272対266でオバマ辛勝ということになる。

共和党の選挙戦術の巧みさや、支持基盤であるキリスト教福音派の力強さはもちろん指摘されるべきだが、アメリカ大統領選は間接選挙であり、州ごとに集計される点を忘れてはけない。現時点の総合判断によると、私はオバマ勝利と予想する。(敬称略)

オバマ政権のウチガワ

5月24日発売の『週刊現代』に「オバマ政権が誕生したら」という内容の記事を書きましたので、読んでいただけますと幸いです。

「ワシントンはすでにオバマ候補の副大統領候補の話題で持ちきりです」

事実上の民主党代表候補に決まったバラック・オバマ候補は、8月25日からコロラド州デンバーで行われる党大会までに副大統領候補を選ばなくてはいけない。

時間は十分にあるが、「早期に決めた方が共和党ジョン・マケイン候補と戦う戦略を練りこめるので有利です。ヒラリー・クリントン候補を副大統領に指名するかどうかが最大の注目点です」とワシントンのシンクタンク「責任政治センター」のマシー・リッチ氏は語る。

ヒラリー候補は選挙戦序盤からオバマ候補とタッグを組むことを否定していない。オバマ候補も遊説中、「ヒラリー候補が(副大統領の)人選リストに入っている」と述べるなど、ライバルでありながら互いを意識してきた。

オバマ候補は党内の若者と黒人を中心にしたリベラル層から強い支持を得ているが、白人の中高年有権者や女性、労働者からの支持は強くない。ヒラリー候補と組めば話題性だけでなく、支持層の拡大は間違いない。ただ、両候補は1年以上もライバルとして非難しあっており、正副大統領としてしっくりした関係に戻れるかは疑問だ。

他の候補者としては、バージニア州のジム・ウェブ上院議員、ニューメキシコ州知事のビル・リチャードソン氏、オハイオ州知事のテッド・ストリックランド氏、アリゾナ州知事のジャネット・ナポリターノ氏などの名前が挙がっている。

先行する話題は副大統領候補だけではない。すでにオバマ政権の閣僚人事にまで話がおよんでいる。もちろん現段階では予測にすぎないが、主要ポストの候補者を記しておこう。

まず外務大臣にあたる国務長官だ。副大統領候補にも名前が出ているビル・リチャードソン氏が有力視されている。国連大使をこなした経験が買われている。ゴア副大統領にエールを送る声もある。また、日本人には馴染みが薄いミシガン州知事のジェニファー・グランホルム氏の名前も挙がっている。オバマ候補と同じハーバード大学ロースクール出身の女性だ。

財務長官候補にはヒューレット・パッカード(HP)社前社長のカーリー・フィオリーナ氏やマイケル・ブルームバーグ・ニューヨーク市長などが有力視されている。ダークホースとしては投資家のウォーレン・バフェット氏の名前が取りざたされている。

国防長官には、4月にオバマ支持を打ち出したサム・ナン元上院議員が噂されている。長年、上院外交委員会の重鎮として国防に携わってきた人物だ。さらに4年前の大統領選に出馬した退役軍人のウェズリー・クラーク氏、同じく退役軍人のポール・イートン氏などの名前も挙がっている。

司法長官には選挙戦をともにたたかったジョン・エドワーズ元上院議員を望む声がある。エドワーズ氏は早々と副大統領候補にはならないと宣言したが、閣僚ポストを辞意しているわけではない。司法長官という役職ならば受ける可能性はある。

それではオバマ政権が誕生すると内外の政策はどうなるのか。ポイントを整理したい。

内政を一言でまとめると、「増税による社会保障の拡充と弱者への手厚い加護」ということになる。これは伝統的な民主党政治にもどることを意味する。たとえば所得税は現行の上限である35%から約40%に引き上げられる予定だ。ブッシュ大統領が実施した富裕層への減税からの離脱である。もちろん税制改革は多岐にわたり、専門家からは「むやみに複雑になるだけ」との批判を浴びている。

その経済政策を練るのが数人の若い経済学者たちである。筆頭にくるのがシカゴ大学経営大学院のオールタン・グルービー教授で、オバマ政権が誕生したときにはホワイトハウスの国家経済会議か経済諮問委員会のメンバーになるだろう。さらに、ハーバード大学のデイビッド・カトラー、ジェフリー・リーブマン両教授も側近になる可能性が高い。

彼らは経済成長によって得られる所得の分配と、社会保障の拡充を主張している。その柱に教育や社会インフラのさらなる拡充、エネルギーの自給自足、研究開発費の増額を打ち出している。高い教育水準は中長期的に働き手の賃金上昇を生み出し、それによって富の不均衡が是正されると考える。実に民主党らしい政治理念である。

それがアメリカ貿易赤字の積極的な是正という態度に表れる。北米自由貿易協定(NAFTA)はアメリカを他国に安く売りすぎていると観点から修正するつもりだし、対中貿易赤字を削減させるためには強硬手段も辞さない構えだ。

それでは日本についてはどうか。現在まで、オバマ候補は対日政策にはほとんど言及していない。それは日本がアメリカにとって、もはや「問題国」ではないことの証拠でもある。日米両国はオバマ政権下でも重要な二国間関係でありつづけるし、同盟関係をゆがめることは誰にでもできないだろう。

外交政策ではすでに「オバマ・ドクトリン」と呼べる基本理念ができつつある。一言で書くと、「ブッシュ政権で失墜したアメリカの威厳を回復し、民主主義を世界に広める」という内容だ。目新しさはないが、オバマ候補は真剣だ。

具体的には何をするのか。オバマ候補が端的に述べている。

「イラク戦争を終わらせます。キューバのグアンタナモ基地を閉鎖します。アルカイダとのテロ戦争を終結させます。そして21世紀に我々が直面している共通の脅威である核兵器、テロリズム、気候変動、貧困、大量虐殺、疫病と戦います」

メッセージとしては大変りっぱだが、具体的な政策の詳細はこれかである。そこがヒラリー候補から「口先だけ」と言われ続けた理由でもある。本当に内外の問題を解決してゆけるかは未知数だ。

昨年11月中、演説中にこう述べている。

「あなた方こそがこの国を動かせるのです。あなた方の将来こそが私たちの将来です。いま動く時がきたのです」

政治家としての真価が問われるのはこれからである。