2020年米統領選(18):オルークの撤退

また一人、選挙レースから候補が脱落した。ベト・オルーク(47)。

今年3月に大統領選に出馬表明した元連邦下院議員は、そのルックスからJFケネディの再来とも騒がれたが、8カ月弱で夢を諦めることになった(2020年米統領選(8))。

『Vanity Fair』2019年4月号

本人の口からすぐに辞退の真意が語られるとは思えないが、「民主党ベスト10候補」の1人だっただけに、どうして他の主要候補のように支持層を拡大できなかったのか個人的には真相を知りたいところだ。

ここまでの選挙戦で語った内容を聴く限り、アメリカ社会に拡大している格差を本当に憂いていた候補だった。だが、選挙資金が思うように集まらず、選挙活動がスムーズに進んでいなかった。

さらに当初は選対本部長もおらず、ポールスター(世論調査員)を持たなかったことで、支持率も低迷したままだった。過去10年以上、大統領選でポールスターの分析なしで全米各地で遊説をしている候補はいない。たとえば、全米で最初に予備選(コーカス)が行われるアイオワ州に行く前に、どういった政治思想の有権者がいて、どういう内容の話をすれば市民の心をつかめるかを知らずに現地入りする候補はいない。そうした事前情報を調査して提示するのがポールスターだ。

しかしオルークは肌感覚で聴衆の反応を知ろうとしていた。いくら有段者の空手家であっても、相手が銃を2丁もっていたら敵わないように、オルークは潔く、わざと武器をもたずに闘いを挑んでいったかのように映る。

まるで、それが彼の美学であったかのようにー。

ワールドシリーズ、大統領が受けた大ブーイング

ドナルド・トランプ大統領(以下トランプ)にとっては予想外だったに違いない――。

何が予想外だったかといえば、ワールドシリーズ第5戦(27日)を観戦しに行った球場で、大きなブーイングを受けたからだ。

しかもホワイトハウスのある地元ワシントンを本拠地に置くワシントン・ナショナルズ(ナショナル・リーグ)の試合である。

さらに米時間10月27日は、米軍特殊部隊による急襲によってイスラム国の指導者アブバクル・バグダディ容疑者が死亡したニュースが流れた日でもある。

さらに米時間10月27日は、米軍特殊部隊による急襲によってイスラム国の指導者アブバクル・バグダディ容疑者が死亡したニュースが流れた日でもある(続きは・・・ワールドシリーズ、大統領が受けた大ブーイング)。

Media appearance

今後の放送メディア出演予定:

・10月30日(水)10:25amから テレビ朝日『ワイド!スクランブル

久しぶりのテレビです。明日はトランプがイスラム国のバグダディ容疑者を自爆に追い込んだ事件を中心に、いまのトランプ政権について話をする予定です。

ガッツある外交官

こういう人物が現れると本当に安心する。安心というより、正直に生きることの大切さをあらためて教えられて、頭が下がるのである。

誰のことかと言えば、ビル・テイラーというウクライナ駐在の米代理大使である。いま話題のウクライナ疑惑で、キーパーソンとして浮上してきた。どういうことかご説明したい。

ウクライナ疑惑の柱は、トランプがウクライナのゼレンスキー大統領に対し、「俺の言うことを聞けば軍事支援してやる」のいう内容の発言をしたかどうかである。「俺の言うこと」というのは、大統領選のライバルであるジョー・バイデンの息子、ハンター・バイデンのウクライナでの「所業について調べろ」ということである。

もちろんトランプはそんなことは言っていないと否定。だがテイラーは22日、連邦議会の聴聞会で、トランプのこうした言動を覚えている限り詳細に話をしたのだ。普通は公聴会という一般にも開放されたスタイルで行われるが、今回は密会で、参加者は連邦議員のみ。同席していた議員たちからは「これでトランプの弾劾は間違いない」というコメントがでてきている。

いまアメリカではトランプの「俺の言うことを・・」という脅し文句を「quid pro quo」というラテン語で表現している。辞書では「交換」とか「代償」と訳され、日本のメディアでは「交換条件」と訳している。

だがそれではわざわざquid pro quoという言葉を使う意味がない。単なる交換条件では意味がぼやける。本来の意味は「脅して交換条件を迫る」であり、トランプのマフィアまがいの言動がこのラテン語の表現なのである。

それを米代理大使であるビル・テイラーが議会で明らかにしたのだ。大統領に反抗したガッツある外交官に拍手をおくりたい。(敬称略)

あの日の思い出

昨日、ニュースサイトのネットサーフィンをしていると、俳優ロバート・レッドフォード(83)についての記事がでていた。

今年、映画『さらば愛しきアウトロー』をもって俳優を引退すると宣言していたが、10月20日から始まった米HBOのドラマ『ウォッチメン』に大統領役として出演していることがわかった。以前、レッドフォードは80歳で引退すると言っていたが、80歳直前の作品に納得がいかず、結局『さらば・・・』までやることになったと述べていた。

そして今、劇場用の映画ではないが俳優を続けており、演じる仕事を断ち切れないのだなあと思う。それは制作サイドからの出演依頼が絶えず来ているということでもあるし、本人も継続したいとの気持ちがあるからなのだろう。

80歳を過ぎて顔には多くの皺が刻まれているが、いまでも男の色気を漂わせ、立っているだけで絵になる数少ない俳優である。

実はレッドフォードには2004年、ニューヨークのホテルのスィートルームでインタビューしたことがある。まだ私がワシントンに住んでいた時のことだ。『モーターサイクル・ダイアリーズ』という映画のエクゼクティブ・プロデューサーだったレッドフォードは、日本のメディアのインタビューにも応えてくれたのだ。

あの時、私にはカメラマンも助手もおらず、1人で乗り込んでいったのを覚えている。レッドフォードの方は数人の取り巻きがいたが、インタビューが始まると部屋からでていったので、数十分間は2人だけで話をした。

私はそれまでに数多くの人にインタビューをして慣れているつもりだったが、レッドフォードという存在に胸が高鳴り、何をどう話したのかよく覚えていない。私にはとにかく『明日に向かって撃て』の『華麗なるギャッツビー』の『追憶』のレッドフォードだったので、目の前にいるだけで夢ごごちだった。

彼はアカデミー賞を2度獲っているが、監督賞と名誉賞であって主演男優賞ではない。どれほど男優賞を欲しかったことか。いま思うとインタビュー時、獲れていない悔しさのようなことを訊きたかったが、訊けなかった。

いまでも演じることにこだわっているのは、その宿望があるからなのか、、とも思っている。