「誰も僕のことを好きじゃない」

米政府は新型コロナウイルスの感染拡大を抑制できず、効果的な手立てをとれていない。 米国立アレルギー感染症研究所 のファウチ所長は抑制できていない事実を素直に語ることで、責任の一端が自分にあることを認め、逆にこれまで以上に信頼度が増している。

一方、トランプ大統領は問題を収束させるだけの指導力を発揮できないだけでなく、ファウチ氏からもソッポを向かれて、いじけたコメントをツイッターで発信。それが「誰も僕のことを好きじゃない」。

参考:CNNのラジュ記者のツイート。

Media appearace

明日の放送メディア出演予定:

・7月27日(月)9:00am 文化放送AMラジオ(出演は11:30am過ぎ)『くにまるジャパン 極 

依然として新型コロナウイルスの新規感染者が1日7万人前後のアメリカ。トランプ大統領は感染者数を大幅に減少させるだけの手立てを打てずにいます。支持率も下落してきており、11月の再選にはすでに黄信号が灯っています。バイデン候補との対決はどうなるのか。今回はそのあたりの話をする予定です。

漠然とした肯定感:新型コロナ(26)

新型コロナウイルスの感染拡大が続いている。ほとんどの方は感染したくないと思っているはずだし、マスク着用はウイルス防止には欠かせないと考えているかと思う。いま外出時にマスクをしていない人を探すことが難しいくらいだ。特に公共交通機関に乗るときは必須アイテムだろう。

ところが、である。友人や知り合いと食事をしたり、お茶の飲む時はマスクを外す。「知っている人だから、たぶん大丈夫だろう」という漠然とした肯定感によってマスクをしない状況での会話が続く。しかも数時間、しゃべりつづけることさえある。

というより、マスクをしたままでの食事は不可能なので、同席者がコロナの感染者であれば感染する確率は極めて高くなる。冷静に考えてみると、外出時の不特定多数の人との接触よりも、友人・知り合いとのマスクなしでの会話の方がはるかに感染確率は高くなる。

だが1人ひとりに「あなた大丈夫だよね」と訊いていられないし、その質問自体、失礼な行為になる。それでは食事をする時はいつもポツネンと寂しく食べるのかといえば、そんなことはない。多くの方は相変わらず同僚や友人と一緒に、マスクを外して話をしながら食事をしているだろう。

中には最近、家族以外とは食事をしていないという方がいるかもしれないが、そこまで徹底すると周囲からは「エー、そこまでやるうう」というセリフが飛んできそうだ。コロナの症状がでないかぎり、ほとんどの方はPCR検査をしないだろうし、漠然とした肯定感で毎日を送っているというのが実情なのではないだろうか。

またしても涙(2)

今年1月、以前にもまして涙もろくなってきているというブログを書いた(またしても涙)。その傾向は今も変わらず、むしろさらにウルウルきやすくなっているようにも思える。

昨晩、NHKのBSで『E.T.』を放映していたので、「泣くなあ」と思いながらも最後まで観てしまった。予感どおり、最後の別れのシーンでは涙がとまらなかった。妻は「目が腫れて明日大変なことになるから」と、途中から観るのを止めた。

観終わって、あらためて監督スティーブン・スピルバーグの英知と手腕に感心させられた。脚本を書いたのはメリッサ・マシスンという女性で、以前、俳優ハリソン・フォードと結婚していた人だ。E.T.の脚本を手がけることになったきっかけは、スピルバーグがアフリカのチュニジアで『レイダース・うしなわれたアーク』を撮影していた時だという。

マシスンは同映画に出演していたフォードに会うために同国を訪れており、その時にスピルバーグと話をしたという。そこでスピルバーグは「何でも話せる友人がほしいんだよね。僕のわからないことにすべて答えてくれるような」と言いながら、脚本家のマシスンにE.T.の構想を話している。

from Facebook

それはマシスンに脚本を書くようにという指示だった。そのあと彼女はE.T.の脚本を8週間で書き上げる。残念ながらマシスンはすでにガンで他界しているが、以前メディアに執筆時のことを語っている。

「書いている時から感動してしまって、最後のページではもう目に涙がいっぱいでした。ただ自分が書いたものに感動しても、映画を観てくれる方が同じように感動してくれるかはわからなかった」

もちろん杞憂に終わるわけだが、スピルバーグは以前、「僕は人と人のつながりを描くために映画監督になったのです」と語っていて、E.T.は宇宙人であっても絆の素晴らしさと何でも話せる友人を描いた点で卓絶した作品になった。

今度はいつ、大泣きするのだろうか。