Dropping by 東大

久しぶりに東大の本郷キャンパスに出向いた。

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現代アメリカ政治のセミナーに出席するためだ。若手の学者を中心にした研究発表があり、アメリカの議会政治についての分析を聞いた。

いつもはジャーナリストとして事件から大統領選挙までを俯瞰しているが、虫眼鏡で一点を集中してアメリカを観るようなアカデミズムのアプローチも重要である。

ただ自身は在野の人間、というより外にいないと息ができないタイプであることを再確認しながら帰路についた。

プロに勝ったなでしこジャパン

サッカー女子ワールドカップの結果は個人的には複雑な心境である。というのも、私は人生のほぼ半分をアメリカで過ごしたため、今朝のような日米決戦というのは胸を引き裂かれる思いがある。

アメリカ対ドイツであれば間違いなくアメリカを応援するし、日本がアメリカ以外の国と戦う試合は当然日本をサポートする。だから今朝の試合は困りものだった。

ただ今日の試合に限っては「判官びいき」というものが気持ちを支配していた。試合開始直後は、日本もいいけどアメリカにも勝たせてやりたいという気持ちがあったが、前半からアメリカがボールをコントロールしていたので、「ニッポン!チャチャチャ」である。点を入れられれば、「日本ガンバレ」である。

  

     

                     

なでしこジャパンは最後まで諦めずに本当によく戦った。ワシントン・ポストは澤のことを「32歳の日本のスーパースター」と書き、117分目に試合を同点にして勝利を引き寄せたと讃辞を送った。

大震災という未曾有のできごとから蘇ってきた精神力の強さのようなものを感じもした。試合後、スタジアムを埋めた5万近い観客は日本にスタンディング・オベーションを贈った。それは日本選手の潜在的な自尊の念をすべての人が感じとったからだろう。

アメリカチームのゴールキーパーであるホープ・ソロが語っていた。

「日本選手はいつもより崇高なものを求めてプレーしていたようだ。心の強さと情熱を感じた。それに対抗することは大変なことだった」

心でまずアメリカに勝ったということだ。さらにもう1つ、なでしこジャパンが賞賛に値することがある。それはプロ選手に勝ったということだ。

アメリカチームの21選手中20人までがWPSというアメリカのプロリーグでプレーしている。日本の女子選手のように「仕事をしながら」というのではない。

アメリカには2000年にサッカーの女子プロリーグが誕生している。03年に閉幕したが、09年からWPSという新しいリーグが始まった。平均観客数は1試合4000人にも満たず、相変わらず経営は苦しいが、それでも選手たちはサッカー漬けの生活が約束されている。その選手を負かしたのである。今回は手放しで選手を褒めるべきだろう。

ただ、私の胸の奥には今でもいくぶんか別の複雑な感情が潜んでいるのも確かである。

東京電力役員は刑事罰がふさわしいか

福島第一原発の放射能汚染問題で、東京電力役員を刑事告訴する機運が一部にある。震災から日が経つにつれて、さまざまな事実が表面化することで、東電が訴訟の対象になる可能性は捨てきれない。

今回のコラムで問題にしたいのは、このような大事故に直面したアメリカ企業はどういった対応をするのかということだ。さらに企業だけでなく、社員が刑事罰に問われる可能性も探っていきたい。

企業訴訟は数限りないが、2001年に破綻したエネルギー大手エンロンの場合、大規模な不正会計が明らかになったと当時に、ケネス・レイ元会長兼最高経営責任者(CEO)が粉飾決算に手を染めていたことで、CEOの有罪判決が当初から見込まれた。

レイ氏は02年に起訴され、06年に有罪判決がでたが同年、心臓発作で他界した。エンロンの事例では、企業の責任と個人の関与が明らかだったことから刑事罰は自然な成り行きだった。

しかし事故の場合はどうか。東電の放射能漏れは大地震と津波が起因しているが、事後処理の拙劣さによる放射性物質の拡散はもはや否定できない。東電社員の刑事罰の可能性も考えられなくない。対象になるのは社長や会長、また福島第一原発の事務所長などである。

福島の事故と比較できる最近のアメリカの事例は、昨年4月に起きたBPによるメキシコ湾原油流出事故だろう。原油掘削施設の爆破で11人が死亡したと同時に、7月中旬までに原油490万バレルが流出し、湾岸諸州に大規模な被害をもたらした。環境汚染という点でも東電の事故と類似性がある、、、、(続きは堀田佳男公式メールマガジン『これだけは知っておきたいアメリカのビジネス事情』)。

堕ちていくキングギドラ

民主党がここまでもの事を前へ進められない事態を見ていると、これは自民党や民主党といった政権党が悪いのではなく、日本の政治システムに大きな欠陥があるという仮説が力をもってくる。

2年前までは、政界の腐敗は政権を握る自民党に諸悪の根源があるとの思いが強かったが、そうではなかった。議員内閣制というシステム、議員、官僚、政党、すべてに改革が必要であることがわかる。

特に昨日、辞任した復興相の松本龍や菅の行状を眺めていると、彼らは英語でいうローメイカー(Lawmaker)、つまり立法議員でしかないことがわかる。それ以下でも以上でもない。行政を任せられない。いや彼らに行政力はない。

国会内で法律を通過させる政治力と国を動かしていく行政力とはまったく違うものである。首相や大統領は国をマネジメントしていかなくてはいけないが、日本の政治家にはその能力が圧倒的に欠如している。

知り合いの衆議院議員が嘆いた。

「菅はあまりにも決断ができない」

復興相などは、ほとんどの国会議員にはつとまらない。1万人くらいの社員を動かしている多国籍企業や組織のトップを連れて来るべきである。 机上論をまくし立てる学者やコンサルタントほど会社経営ができなかったりする。実際に人とモノとカネを動かしている人を復興省の長にすべきである。

                       

        

                                 

アメリカから帰国してから4年。私は日本の統治機構がキングギドラであることに気づいた。頭が3つで体は1つというバランスの悪さを持ち続けている。政治家、官僚、政党がバラバラのままだ。ましてや行政の長であるはずの首相が権限の集権化を実現できていない。

むしろ緩やかな専制政治か有能なビジネスマンを大統領にして日本を動かしてもらった方が、間違いなくコトは迅速に前へ進む。(敬称略)

ブラッシュアップ、ベイビー!

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「エッ、英語でやらないの?」

6月7日、有楽町の日本外国特派員協会の記者会見に現れた石川遼。英語教材スピードラーニングを使って、英語力はすでに「かなりのモノ」と推察していた。しかも、マスターズはじめアメリカのツアーに数多く参戦し、日常生活だけでなく仕事でも通訳なしでこなせていると思っていた。だが邪推だった。

会見の冒頭、ぎこちない英語で挨拶をしたあと「英語があまりうまくないので」と顔を赤らめ、質疑応答はすべてを通訳に頼った。

「どこまでが本当なのだろうか」と疑ってしまうほど、記者から投げかけられた英語の質問には無反応で、通訳の日本語に耳を傾ける。まるで、「英語はまったく話せないんです」という態度を貫いているようですらあった。

英語で会見をこなすにはかなりの英語力が必要になる。いくら質問内容が専門分野であるゴルフであっても、記者の言っていることをすべて理解するのは容易ではない。私はアメリカに25年もいたので分かって当たり前だが、その難しさは理解しているつもりだ。

スピードラーニングでは限界があることは明らかだろうから、個人的に英会話教師を雇ってマンツーマンで英語力を高めるくらいのことはしていると思っていた。しかしどうやらそうではないらしい。

ただ会見での彼の所作はさまざまなメディアから漏れ伝わるとおり、正道という言葉がふさわしいほどの誠実さに溢れていた。あまりに真っ当なので、こちらが照れてしまうほどだ。

「プレッシャーがかかっていると思ったことは一度もない。皆さんに応援していただいて始めて仕事になるのです。それがプレッシャーになっていたのでは仕事にならない」

すばらしい考えを実践している。ただ英語はもっと鍛えないと。

Brush up on your English!  (敬称略)