岸田氏あらわる

「自民党が変わらなくてはいけない」

13日午後2時。日本外国特派員協会の記者会見に現れた岸田文雄氏は、総裁選に向けた意気込みを語るなかで、こう述べた。2001年に小泉元総理が「自民党をぶっ壊す」と言ったインパクトほど大きくはないが、少なくとも内向きな自民党を変える意欲はあるようだ。 河野太郎氏が総裁選に出馬したことで、実質的には両者の戦いになった。

スマホ写真です・・・

会見が始まる前、廊下で岸田氏にあった時、面識はないが私は頭をさげた。すると彼も頭をさげて挨拶をしてくれた。控室での話を聴いていても、穏やかで柔和な人柄がでている。育ちのよさもあり、下衆(げす)なところがない人である。

個人的には野党支持であるが、今回の総裁選では岸田氏を推したい。

驚くことは何もない

「新型コロナウイルスの現在の状況で、党総裁選をやっている時間はない。コロナ対策に専念するということで総裁選には立候補しない」

菅氏は3日、こう述べて首相を辞めた。本当に「コロナ対策に専念する」ことが総理辞任の理由になると考えているのだろうか。これは辞める理由になっていない。というのも、一国のトップであれば総裁選をやりながら、コロナ対策をするくらいのことは当たり前にこなせなくてはいけないからだ。

無理やり理由付けをしたとしか思えないし、総裁選とコロナ対策を同時にこなせないとなれば、それは菅氏に首相としての能力がなかったということを自ら証明してしまったことになる。

当ブログではこれまでも菅氏への批判を記してきたが、残念ながら、この方ほど人望もなく、政治手腕も乏しく、惨めな政治家(首相)はいなかったのではないか。個人的にはやっと「辞意を表明した」との思いなので、「驚くことは何もない」というのが本音である。

ただこれで日本丸という船が沈没するわけではない。そこが大統領制と違うところで、自民党という船には他にも次期首相候補となる政治家たちが乗船している。菅氏が辞めたところで、まったく別の政治システムにとって代わられるわけではない。合議制のもとで、次の首相が選ばれる。

イギリスのように首相公選制が導入されているわけではないし、来たる衆院選で野党が自民党を追いやって、日本の政治を率先する新たな船の乗組員になることが確約されたわけではない。野党が本当に「自民丸」に拮抗するかたちで対抗したいのであれば、「野党丸」という船に力を結集すべきだろう。そうした政治風景をみたいが、そうはならないのがまた日本らしさなのかもしれない。

菅(すが)と菅(かん)

いまの首相である菅義偉氏の名字は「すが」であるが、2010年に首相になった民主党の菅直人氏は同じ漢字でも「かん」と読ませた。調べると、菅を名字にしている人は全国で約4万人おり、「すが」と「かん」がほぼ半々であるという。

さらに似ているのが、首相になってからの支持率の推移である。

NHKの調査によると、菅直人氏の支持率は首相就任直後には61%だったものが、1年後には25%にまで下落した。菅義偉氏の方は、昨年の政権発足時が62%で、10カ月後となる今年7月には33%にまで落ちている。だが、時事通信の調査ではすでに29%にまで下落しており、今後数カ月で25%の領域にまで落ちる可能性がある。

両首相にかぎらず、これまでのほとんどの首相支持率は政権発足時がもっとも高く、それから徐々に下落している。理由はいくつかあるだろう。ほとんどの首相がテレビカメラの前に出てくる時は自分の言葉ではなく、官僚の書いたペーパーを読んでいることが挙げられる。記者会見ではテレプロンプターを読んでいるし、質問者の質問内容も事前に首相側に伝えられていて、アンチョコを読んで回答している。失敗しないようにという官僚の配慮だろうが、テレビを観ている国民にとっては落胆以外にない。

そんな時、バイデン米大統領のタウンホール会議がCNNで生中継されていた(日本時間22日午前10時)。バイデン氏はアンチョコのペーパーを用意しているわけでも、テレプロンプターを見るわけでもなく(設置せず)、司会者の顔を見ながら終始、自分の言葉で話をしていた。いわゆる生の声を視聴者に伝えたのだ。会場から質問も受けていたが、その質問にも即興でそつなく回答していた。

大国のトップに立つ人間である。これくらいのことは当たり前にこなせなくてはいけないはずだ。政治家というより、日本の官僚が失敗を恐れるあまり「総理、紙を用意しますから、それを見てください」と指示しているのだろうが、それを跳ね返して、笑いを交えながら国民と対話できる首相がでてきてほしいものである。

票はカネで買うもの?

ここであらためて記す必要はないのかもしれない。

21世紀になってからずいぶん時間がたつが、いまだに選挙前にカネを配るという違法行為が行なわれている。本来であれば、金権選挙は何年も前に淘汰されていてしかるべきだが、水面下ではいまでもカネを配って票を買うという行為が繰り返されている。

2019年7月の参院選前、元法相の河井克行被告が広島県内の地方議員ら約100人に計2870万円を渡したとして、今月18日、東京地裁は懲役3年の実刑判決を言い渡した。執行猶予はつかず、同被告は塀のなかで生活しなくてはいけなくなったが、判決後すぐに控訴した。

カネを受け取った地方議員たち50人が証人として証言してもなお、河井被告は罪から逃れようと悪あがきを続けている。こんな男が安倍内閣の法務大臣を務めていたのだ。呆れてしまう。裁判官は執行猶予をつけないという大変まっとうな判断を下したが、実刑3年では足りないのではないか。

しかも当時の安倍首相や菅官房長官が河井被告の行状を知らなかったとは思えない。カネ絡みの政治を浄化できずにいるのが今の自民党の姿であり、管政権の実態なのではないか。

日本の政治が停滞しつづける理由

1月25日から始まった衆議院予算委員会で、菅首相のふがいなさが際立っている。予算委員会での愚鈍とした態度と覇気のない答弁を目にすると、「先進国のトップとして、もう少し何とかならないのか」と思ってしまう。

もちろんお歳でもあり、もともとテキパキと動かれる方ではないことはわかるのだが、首相の一挙手一投足は国民に晒され、国民の潜在的な心理にも影響を与えるので、申し訳ないが「菅氏は官房長官が適役だった」と言わざるを得ない。昨年9月、当ブログで菅氏について書いたが(2020年9月2日)、いま読み返してみて、全く同じ思いが胸に去来した。

そんな時、文芸評論家の小林秀雄と横光利一の対談を読んだ。もちろん2人とも他界しているが、対談が行われたのは2人がまだ40代だった時で、時代を辛辣に斬っている。しかも政治についての語り口も鋭い。

小林はこう述べている。

「新鮮な政治がでてくれば必ず青年を動かし文学運動になる。いま日本に政治を反映した文学運動がないということは、今の政治に新しい思想がないということからきている」

時代が違っても、政治に対する不甲斐なさを感じる人は大勢いたのだ。この対談が行われたのは1947年1月で、当時の首相は吉田茂である。当時から日本の政治には新鮮さがないという印象があったわけだが、70年以上がたったいまも大きな変化はないというだ。どうりで「政治活動に入ります」という若者が少ないわけである。