「根回しがうまくないんですね」

Koikeyuriko7.8.16

7月8日午後2時半。日本外国特派員協会の会見に現れた小池百合子。

「私は根回しがうまくないんです」

防衛相時代、事務次官と喧嘩したことを少しばかり反省してみせた。さらに、自民党都議連の推薦をえないまま都知事選に出馬表明したことに、少しばかりの後悔があるようにも見えた。

考えようによっては、それこそが小池のよさであり、小池らしさかもしれない。

何ものにも媚びず、恐れず、そして立ち向かう。

それがいい結果を生めば申し分ないのだが。(敬称略)

次の知事もダメな理由

舛添が辞任したあと、次の都知事を誰にするのか自民党や野党は悩んでいるという。

「誰にするのか」というニュアンスが新聞でもテレビでも、さらには政党内にも広がっている。知事を選ぶのは都民であって政党ではない。

政党が後押しすることで票が集まるのは間違いないが、まず「知事はお任せください」という諸政策に通じ、リーダーシップがあり、カリスマ性のある候補が現れなくてはいけない。ところが今の都知事選はまるで中学校の生徒会長選挙のように、「頼まれたから出馬します」的な後ろ向きな候補しか見当たらない。

桜井翔の父親の桜井俊は「器ではないと思っています」と出馬を否定した。だがあるニュース番組で元共同通信の後藤謙次は「首相がくどいたらわからない」という言い方をする。

やる気のない人間をくどいて都知事に仕立てあげるスタイルで、真の政治家が生まれるとは思えない。心構えも、知事になるための準備期間も足りないからだ。こういう人を説き伏せてはいけないし、絶対に政治家になってはいけない。

それは首相の選出にも言えることだ。日本では辞任した首相の後任がすぐに決まる。翌日には指名されていたりする。恐ろしいことである。

アメリカ大統領選は長すぎるのがむしろ問題だが、少なくとも1年以上の期間をかけてトップを選ぶ。トランプのような暴言を吐く人間が共和党代表になることもあるが、経歴から資質、体力、指導力など、あらゆる面が試される。

市長や州知事も同じで、長期間の選挙戦を勝ち抜いた候補だけに最後のスポットライトが当たるシステムが確立している。日本も法を改めて、時間をかけてリーダーを選ぶルールにしないといけない。

現在、都知事の下には3人の副知事がおり、都知事不在の期間は彼らが代行を務めればいいだけの話である。首相も同じで、安倍に不測の事態が生じたときには今の副総理である麻生太郎が代行を務め、じっくりと時間をかけて首相を選ぶべきである。

心の準備もできてない人間に、短期間で都知事になれとか首相になれと言うこと自体が無謀である。また同じ過ちを繰り返して、任期なかばに辞任という結末を迎えかねない。

個人的には、次の都知事はビジネスの世界で成功した統率力と管理能力のある人になってほしいと考える。(敬称略)

「単なるクソ野郎」か?

お笑い芸人の有吉弘行が品川祐のことを「おしゃべりクソ野郎」と言い放ったのは2007年のことである。テレビ視聴者は瞬時にして有吉の言葉のチョイスにひざを叩いた、はずである。

都知事の舛添要一の弁明会見を観ていて思ったのは、「単なるクソ野郎」(失礼)でしかないということだ。

舛添は会見をみるかぎり、今回の政治資金問題を「精査する」と「第3者の厳しい目」で切り抜けようとしている。6月1日から始まる都議会で追い詰められて、最終的には猪瀬と同じように辞任という道を歩むようにも見える。

権力というものを手中にすると、猪瀬にしろ舛添にしろ、なぜ変わってしまうのか。カネが手元に集まり、自由裁量権が与えられ、都知事という一つのピラミッドの頂点に立つことで独裁者が持つある種の多幸感が人を惑わすのか。

ただ、都知事になるタイプの人間は、最初から目の前にカネがあれば迷わず手をだす性向の持ち主かとも思える。

2年前、都知事選に出馬している時、日本外国特派員協会で大きいコトを口走る舛添を目の当たりにした(先頭をいく候補 )。当時、舛添にはカネの問題が浮上していた。

舛添が立ち上げた「新党改革」の借入金2億5000万円の返済に、政党交付金と立法事務費を使っていたという疑惑だ。借金の返済に税金を使うのは違法である。舛添のカネ使いの危うさは今に始まったことではないのだ。

都民がやれることは、都議会議員とともに舛添を「普通の人」に戻すことである。アメリカであれば刑事事件として訴追しているかもしれない。

いずれにしても「単なるクソ野郎」である。(敬称略)

安保法制を最高裁にゆだねる

安全保障関連法案が16日、衆議院本会議で可決された。

いまの情勢では11本の法案は参議院も通過するので、日本は実質的な集団的自衛権を得ることになる。

以前にもこのブログで書いたが、私は30年以上前から集団的自衛権は近代国家として当然もつべき権利であると考えているので、結果だけから言えば「OK」だが、首相の安倍が「憲法ハイジャック」をして通過させたという点で同法案には反対せざるを得ない(集団的自衛権のあり方 )。

多くの憲法学者が論じている通り、安倍が述べるような防衛体制を日本がもつためには憲法9条を変えなくてはいけないが、2年前に憲法96条の改正は否定された。その時点で国民は憲法改正に「NO」という答えをだしたわけで、首相はしばらく憲法改正をあきらめなくてはいかなかった。

だが安倍は逆の流れをつくった。強引に川の流れを逆流させたようなものである。

野党はこれから「廃案に追い込む」と批判しているが、実質的にはむりである。私は最高裁に違憲立法審査を要請し、法律を無効にするという手立てが望ましいと考える。

日本の最高裁はこうした案件で違憲との判断を下したことはほとんどない(たぶん皆無)が、アメリカでは最高裁に判断をゆだねることはよくあり、司法のトップに今回の法案の成立過程と憲法9条との兼ね合いを熟慮してもらうのが最善策だろうと思っている。(敬称略)

意味のない衆議院解散

血迷ったとしか思えない-。

安倍はどうやら外遊するはるか前に衆議院の解散を決めていたらしい。

消費税を8%から10%にするかどうかの「信を問う選挙」というのは、無理矢理つけた理由にすぎない。今年中に選挙をすれば、自民党は過半数を確保できるからという私利私欲による解散である。

衆議院の解散権は、憲法上内閣がもつが、首相の専権事項となっている。だから安倍のような自分勝手な理由で衆議院を解散できる。だが、いま解散すると経済や外交でのマイナス面しか思い当たらない。

1億2000万人以上の国民のトップに立つ人間の判断とは思えない。

アメリカの連邦議会には解散がないので、上院は6年、下院は2年の任期を過ごす。大統領の任期は4年。再選を果たせば次の4年もできるので計8年。それ以上は務められない。

大統領は辞任できるが、重要法案が通らなかったというだけで職を投げ出したりしない。こらえるのである。同時に、8年という任期がはっきりしているからこそ、何をどう進めるかの長期的な展望がひらける。

カナダやオーストラリアは日本と同じように、総督の権限で下院(日本の衆議院)を解散する権限をもつが、日本の首相は乱用し過ぎている。しかも我欲で解散権を行使している。ほとんどあり得ない世界である。

日本は憲法を改正して首相の解散権を剥奪すべきである。迷惑を被るのは国民であり、他国である。地方創生相の石破は「解散は総理大臣の専権事項なので、私たちがとやかく言ってはいけない」と言ったが、今回の安倍の解散については「とやかく言わなくてはいけない」。

こういう人物は国政の場にいてはいけないと真に思う。(敬称略)