タクシーの中へ(11)

また「タクシーの中へ」のブログの間隔が空いてしまいました。

今日、乗ったタクシーの運転手さんはたいへん饒舌で、私が質問を一つすると、1時間でも話をしていられるような方でした。なので、目的地に「アッ」という間に着いてしまったかのような印象がありました。

私が訊いたのは、主にコロナ禍での客足についてでした。前回のブログ(タクシーの中へ(10))とダブルところもありますが、あれから半年以上たっているので、最近の状況をうかがいました。

「夜中まで出歩く人がいませんから、収入は減ったままです。夜に稼げないというのは、私たちにとっては大打撃です。たとえばコロナ前は1日3万、稼いでいたとしましょう。いまは1万、いくかいかないかです。まあ、昼間に少しずつ稼いでいくしかないです」

コロナはいま第4波から第5波に向かおうという時期です。運転手さんは、「第5波がきたら、もう転職かもしれない」と言うと、高らかに笑いました。

それは冗談の笑いというより本音の虚無感を笑いにしたといった感じに聴こえ、私は何も言えなくなりました。

タクシーの中へ(10)

当ブログの「タクシーの中へ」シリーズは何年も前から続けているが、最後に書いたのは1年以上も前になる。その間も相変わらずタクシーにはたくさん乗っているが、運転手さんと以前のように話をしなくなったので、時間が空いてしまった。

先日、仕事場の前から乗ったタクシーの運転手さんは、こちらが乗るとすぐ、運転席で深々とお辞儀をして迎えてくれた。「ご乗車ありがとうございます」という優しい言葉もかけてくれる。久しぶりに運転手さんと話をしてみようという気になった。コロナ禍でタクシー利用客は減ったのか、増えたのかを訊いてみた。

昨年と比べると、外出する人の総数は減っているはずだが、電車やバスなどの公共交通機関を利用したくない人がタクシーを使うことで客足は悪くないかもしれないとの思いもあった。

丁重な対応をする運転手さんは言った。

「減ってますよ。特に4月、5月は悲惨でした。潰れたタクシー会社もありますから」

「潰れたところもあるんですか・・。いまも状況は同じですか」

「春に比べるとまだいいです。売上は昨年比で7割、8割くらいですかね。でも深夜が全然ダメです。われわれは夜中に稼ぐんですが、夜間は5割にいくかいかないかです」

そう言ったあとの運転手さんは、うしろからでも落胆がわかるくらいの暗さをまとっているようだった。同じ運転手さんの車に乗り合わせることはないだろうが、タクシーにはこれからも乗っていこうと思っている。

タクシーの中へ(9)

しばらくご無沙汰していた「タクシーの中へ」。相変わらずタクシーにはたくさん乗っている。先日、出先から仕事場にもどる時に乗ったタクシーの運転手さんの話には同情した。

ドアが開いて後部座席に座ってすぐ、新人の運転手さんであることがわかった。左手に黄色の腕章をつけており、「実習中」という文字が読めたからだ。ただ新人という年齢ではない。50歳に手が届くかどうかといった風貌である。ここは訊くしかない。

「実習中というのは、まだ始められて間もないということですか」

「そうです。3カ月目です」

なぜタクシーを職業として選んだかは個人的な事情がありそうだから訊かなかった。それよりも、ある程度の年齢になって運転手さんを始める苦労や最近の客の態度などを聴きたかった。運転手さんは思っている以上に饒舌で、まるで私のような客を「待ってました」と言わんばかりにとめどもなく話をつづけた。

苦労はやはり地理だと言った。東京の道は知っているつもりだったが、プロの運転手としては最短で目的地に辿りつくことが求められる。ナビが最短ルートを示さないことは多くの人が知る通りだ。特に都心から自宅に帰る客は最短ルートを知っているため、少しでも遠回りになる道を通ると怒るという。

「怒られてばかりです」と笑った。だが普段はどの辺りを走っているのかと訊くと、少し間を置いてから寂しい表情になった。

「最初は新宿を流していたんです。でも心が折れることが1日に2回もあって、恵比寿周辺に移りました」

「どうしたんですか。訊いてもいいですか」

ある日、新宿から若い女性を乗せたという。運転手さんの娘さんよりも若いくらいの年齢だった。道を間違えた時、罵声を浴びせられたという。それはこれまでの人生で言われたことのないような邪悪で凶暴な言い回しだった。しかも、同じようなことが1日に2回もあったというのだ。

「さすがに心が折れました・・・」

「それでも辞めようとは思わなかった?」

「始めたばかりですしね。それで新宿から恵比寿にしたのです」

タクシーを降りてから、腕章をつけていることが逆に主従関係のようなものを助長させることになっているとも思った。ただ会社の規則で、新人は半年間つけなくてはいけないという。

降りる時、「頑張ってくださいね」としか言えなかった。

タクシーの中へ(8)

当ブログにはいくつかカテゴリーがあって、「タクシーの中へ」というものもある。前回書いてから2年以上も時間があいてしまった。

その間、タクシーに乗らなかったわけではない。むしろ以前よりも頻繁に乗っている。年間300回くらいか。このテーマで書かなくなったのは、以前のようにタクシーの運転手さんと話をしなくなったからだ。

東京の運転手さんはいま、なかなか話しかけてこなくなった。以前はこちらから話を振る前に、話をしてくる方がそれなりの割合でいた。

だがいまはこちらが話をしない限り、ほとんど無言でハンドルを握っている。運転手さんとの会話も、何百回も乗ると同じようなものになり、こちらも毎回話しかけることがなくなった。

ただ昨日乗ったタクシーは少し驚きだった。初乗りの値段が300円だったからだ。

「最近、値段を下げたんです」

80歳くらいの運転手さんは抜けた歯の隙間からスースー空気を漏らしながら、しかも笑いながら話をするので言っていることの半分くらいしかわからない。

そして「これでいいんです」と2回ほど言うと、またケラケラと笑った。

車を降りる直前、「300円というシールの写真を撮ってもいいですか」と訊くと、「どうぞ」とか「いいですよ」と言うかわりにまたケラケラを轟かせた。

ひさしぶりに楽しいタクシー乗車だった。

taxi6.22.18

タクシーの中へ(7)

しばらくご無沙汰していた「タクシーの中へ」シリーズ。

相変わらずタクシーにはよく乗っているが、最近、驚いてひっくり返るような話を運転手さんから聴けていない。饒舌な運転手さんが以前よりも減ったためかどうかはわからない。

今年はアメリカ大統領選がらみで「季節労働者(季節労働者、継続中です)」になっているので、いまだにテレビ局やラジオ局に出入りしている。テレビ番組にゲスト出演した時は、黒塗りの車が自宅と局を往復してくれるが、ラジオ局は基本的に車をだしてくれない。

ただ黒塗りのハイヤーでの移動を「日常だと思ってしまう」ことほど浅はかなことはないので、いくら回数が多くなっても電車にも乗るようにしている。

先日、日本テレビの運転手さんと長い時間、話をする機会があった。軽妙な語り口の方で、運転しながら興味深い話をしてくれた。

「私たちが送り迎えをするのは番組ゲストの先生や政治家、スポーツ選手がほとんどですね」

「芸能人の送迎はしないんですか?」

「ほとんどないです。彼らは事務所の車に乗っていますから。ジャニーズの有名タレントさんたちは1人1台じゃないですかね」

「それじゃあ、普通のタレントさんは」

「タレントさんによりますね。たとえば森〇中のお三方はいまでもタクシーですかね。黒塗りの車は出ないです。タクシーで帰っていただいていると思います」

テレビ局も人を見ているということなのだ。ギャラにしてもそうで、テレビ業界は歴然とした、あからさまな格差社会なのである。