がっぷり四つ

自民党の総裁選は9月10日の告示からはじまり、22日の両院議員総会(投・開票)まで2週間弱の戦いである。その間に討論会や街頭演説会があり、候補はくたくただろう。だが、アメリカの大統領候補は同じようなことを2年弱もつづけるのである。体力がないと続けられない。それ以上に、2年も続ける無駄をアメリカ国民は自覚していながら改められないでいる。

選挙システムの改正案は、過去何度も連邦議会に提出されては棄却されてきた。議員たちの過半数が結局のところ、「このままでいい」と思っているから変わらない。マイナーなルール改正はずいぶんとされたが、選挙期間を限定するまでにはいたっていない。

アメリカの大統領選挙には選挙期間がなく、2年という期間は出馬宣言をしてからの話であり、それ事前から活動しても誰もとがめない。激戦州と呼ばれる州に、4年間で100回以上も通った候補は過去何人もいた。それだけやっても当選しない人もおり、嗚呼、、、、というため息しかでない。

大統領選挙は投票日(11月4日)まで50日を切った。民主党オバマと共和党マケインは現在、土俵の中央でがっぷり四つに組んだまま動かないといった状況だ。8月下旬の民主党大会直後、両者の支持率は50%42%(ギャラップ調査)でオバマがリードしていた。党大会によるバウンス(はね上がり)現象である。

一方、9月1日から行われた共和党大会直後はマケインへのバウンス現象があり、今度はマケインが49%対44%とリードしたが、9月16日の最新世論調査ではほぼ互角に戻った。副大統領候補の「ペイリン人気」も10日間でほぼ落ち着いた。ギャラップ調査は、一般有権者が時流をどう感じ取っているかということを探るうえで貴重だが、民意の総体をあらわしてはいない。

相関関係はあるが、特定候補への本質的な支持率は過去半年、ほとんど揺らいでいないのだ。メディアにはあまり登場しないが、アメリカの政治学者たちは過去何十年にもわたって当選予想モデルをつかって勝者をいい当ててきている。学者によってモデルは違うが、いくつもの経済指標や党内状勢、社会現象を数値化して公式にいれて計算している。

そのほとんどのモデルでオバマ有利という結果がでている。一つは52.2%対48.8%という値だ。過去半年を振り返ると、実はオバマがマケインを2~3%差でリードし続けている。この数字は党大会や討論会直後であっても変化せず、有権者の根底に流れる意向を表しているといわれる。

問題がひとつある。一般投票数でオバマが勝っても、選挙人数で負けるかもしれないのだ。2000年のゴアのような惨劇がふたたび起こる可能性もある。そこにもアメリカの選挙制度の欠点が垣間見られる。(敬称略)

しもべとしての副大統領

アメリカ大統領選挙は予備選が終わって2カ月がたとうとしているが、いまだにオバマとマケインは副大統領候補を指名していない。 

期日が決められているわけではないので、党大会(民主党は8月25日~28日、共和党は9月1日~4日)までに指名すればいいのだが、両候補とも絞り込みに時間をかけている。

民主党の副大統領候補の中で、いまアメリカのメディアが最も注目しているのがバージニア州知事のティム・ケインだ。私はヒラリー・クリントンが指名される可能性もいまだに残っていると思っているが、オバマとヒラリーの関係者からは「ありそうもない」という報道が伝わってくる。

東京にいる歯がゆさは、そのあたりの事情を自分で取材できないところだ。電話でアメリカの党関係者やシンクタンクの研究者とよく話をするが、ジューシーな情報はなかなか入らない。私の力のなさの表れだ。

注目株として「赤丸」がつけられているケインは、オバマと同じハーバード大学ロースクール(法科大学院)を卒業した逸材で、長い間バージニア州リッチモンドで弁護士をしていた。2001年に同州副知事になり、05年から州知事を勤めている。現在50歳。

私は昨年帰国するまで20年ほどバージニア州に住んでいたので、ケインが副知事の時から名前は聞いていた。ただ、彼が副知事時代の知事であるマーク・ワーナーがあまりにも優秀だったことで、ケインに陽があたらなかった印象が強い。

ワーナーはジョン・F・ケネディを彷彿とさせ、大統領候補と騒がれた時期もあったが、ケインは失礼な言い方をすれば「建設現場の親方」のような姿態で、副大統領候補として名前が取りざたされることすら想像していなかった。

バージニア州は南部に入るのでもともと共和党の票田だが、今年の選挙では民主党が奪う可能性もある。そこでオバマは社会政策で共通項が多く、同州をものにできる可能性が高くなるという意味からもケインを選ぶと囁かれている。

その他にはインディアナ州上院議員でさわやかさがウリのエバン・バイ(52)、カンザス州知事のキャサリーン・セベリウス(60)、デラウェア州上院議員でワシントンの重鎮ジョー・バイデン(65)などの名前が挙がっている。

副大統領は大統領に不測の事態がおきた時に大統領に昇格する重要なポジションだが、その職務は驚くほど平坦で地味だ。上院での法案議決が50対50で割れた時に一票を投じて法案の運命を決めることが唯一の必須職務といえるくらいで、あとは最近のチェイニーのように表舞台に何カ月も登場しなくとも誰からも文句をいわれない。

有権者が11月の選挙で選ぶのは副大統領ではなく、あくまで大統領なのである。つまりオバマかマケインの二者択一の選挙であって、副大統領候補は「しもべ」でしかない。

なにしろ1933年から41年までフランクリン・D・ルーズベルトの副大統領だったジョン・ガーナーは「副大統領というのは水差し一杯のオシッコにも値しない」という言葉を残したほどだ。光の当たらない副大統領に辟易していたガーナーの悲哀が現れた表現である。(敬称略)

オバマ、黒人としての強さ

日本ではいまだに「オバマは黒人だから大統領になれない」と考える人がいる。

「アメリカは究極的には差別社会だから、21世紀になっても黒人が大統領になるとは思えない」 という。

25年間アメリカで生活した経験から、この発言は20年以上前のひとつの意見でしかないと思っている。もちろん、今でも差別主義者はいるし、人種的理由でオバマを大統領にしたくないと考えるアメリカ人がいることは確かだ。白人至上主義団体も600以上といわれる。

けれどもアメリカ社会で長いあいだ息を吸っていれば、皮膚感覚でこの意見が少数派の中でも限られたものであることがわかる。目に見えるかたちで差別が表面化すれば、いまのアメリカでは黒人暴動が起きる。

「お前は黒人だからうちの店には入れない」「あんたは黒人だから雇わない」

いわゆるインテリと呼ばれる白人であればあるほど、特に東部や西海岸の大都市に住むリベラルな人たちであればあるほど、「差別主義者」という言葉におどろくほど敏感だ。そのため彼らは「差別主義者」とのレッテルを貼られることを極端に恐れ、差別とはかけ離れた言動をとる。

そうした意識を強くもたなくとも、「オバマが黒人であるから大統領にしたくない」との考え自体がすでに陳腐になっている。そのため人種問題は今年の大統領選ではまったく争点になっていない。ヒラリーが一時持ち出したが逆効果だった。

ただ、人の心の中は簡単には読めない。表面上は何の問題もなく黒人と接している白人でも「結婚はできない」という人たちは多い。そこが差別のベースラインである。そのあたりの本音は四半世紀のアメリカ生活で会得したと思っている。

それでもアメリカは10年以上前、すでに黒人の大統領を誕生させる心の準備ができていた。コリン・パウエルである。96年、パウエルの支持率は現職ビル・クリントンを超えていた。出馬辞退さえしなければ、パウエル政権が誕生していても不思議ではない。あれから12年である。オバマに人種のハードルがあるとは思えない。

 日本でいまだに「黒人だから」という理由でオバマを否定する人たちは、まるで昭和40年代に数年日本で暮らしたことのあるアメリカ人がその時の日本のイメージを引きずり続けているかのようである。町の風景は変わるし、人の心も変わるのである。

別のいいかたをすれば、日本人はアメリカを知り尽くしているようでいて、実は変わりゆくアメリカを理解できていないように思える。新聞やテレビは日常のアメリカを拾わない。雑誌や流行の本は特異な事象にかたよりがちだ。アメリカという国家の本質を見抜けていない。

そうした中にあって、オバマは21世紀に登場した候補として抜きん出た強さをたずさえている。それは黒人としての強さであると思っている。(敬称略)

ヒラリーの敗北宣言

敗者の目つきはおうおうにして虚ろだが、ヒラリーの目には光が宿っていた。

今月8日、ワシントンで敗北宣言する姿を午前2時過ぎまでテレビで観ていた。これまで多くの敗北宣言を観てきたが、彼女ほど前向きな表情を浮かべた候補を知らない。

1984年に現職レーガンに敗れたモンデールのうつろな眼差し。88年のデュカキスの失意に満ちた表情。92年、クリントンに敗れた現職パパブッシュのつらそうな笑顔、、、。思い出すだけでも、敗者のつらさが伝わってくる。しかも、大統領選のように長期にわたって激しい打ち合いをしたあとだけに、なおさら落胆は大きい。

19世紀半ば、リンカーンが大統領になる前、上院選に出馬して負けたことがある。その時の心情を彼はこう表した。

「暗闇で自分のつま先をしたたかにぶつけた哀れな少年のような気持ちだ。だが、私はもはや少年ではない。声を出して泣くには歳をとりすぎているし、笑うわけにもいかない」

けれども、敗者となったヒラリーの輝きはいったい何なのだろう。現場にいたわけではないが、テレビ画面から伝わってくるあの笑顔はどう説明すべきなのか。敗者の笑顔はおうおうにしてひきつるものである。だが、彼女にはそれがない。

「次に進むべき道がすでに固まっている証拠なのか」。私にはそう思えてならない。敗北宣言の中で、「(オバマと)歩み始めた道筋はちがったかもしれないが、今日、その道は合流した。いまは同じ目標に向かって進んでいるし、それ以上に、11月の選挙に勝つ準備ができている」とさえ言った。オバマも6月2日、「ヒラリーと共に11月の本選挙で勝つ」という言葉を口にしている。

オバマとヒラリーのこうした言葉の意味を考えると、両者の間にはすでに「出来レース」と呼べるだけの取り決めが交わされていたのではないか、との疑念が浮かぶ。

そんな中、上院議員のダイアン・ファインスタインがワシントン市内の私邸で二人が話し合う場を提供した。ヒラリーはそれに応じて、6月5日午後9時から二人だけの会談をもった。予備選の勝者と敗者がこうしたかたちで会うことは、私の大統領選の取材では記憶がない。通常、敗者はそのまま立ち去るだけである。勝者もあえて敗者と顔をあわせて慰めたりはしない。電話で言葉を交わすことはあるが、それ以上の動きは普通ではない。

ファインスタインは8日、ABCテレビに出演して「ゴールデンコンビ」誕生の可能性が大きいことを告げた。私は6月以前に、すでにオバマとヒラリーの間で「ゆるやかな決めごと」があったと踏んでいるが、それが事実であったとしたら何年か経たないと真実は明かされないかもしれない。

いずれにしても、ヒラリーが今後も選挙戦に深く関与することは間違いない。(敬称略)

本選挙の票読み

アメリカ大統領選挙はオバマ対マケインという対立軸ができたことで、軸を中心にしてどれだけの求心力が得られるかが今後の焦点となった。メディアの関心は二人の政策や副大統領候補が誰になるかに向けられるが、私はすでに既存メディアで発言しているので、ここでは触れない。

ブログのよさはいい意味の過激さであり、先見性であると思うので、ここでは11月4日の本選挙の予想を試みたい。

本選挙は選挙人の数で争われる。予備選でしきりに語られた代議員とは違うシステムだ。全米50州と首都ワシントンの全選挙人をあわせると538人。過半数の270人を獲得した候補が次期大統領となる。それでは現段階での予想を記していこう。

予備選が終わったばかりだが、本選挙で民主・共和両党が確実にモノにする州というのが見えている。いくらオバマに人気があろうが、「ほとんど勝ち目のない州」がいくつもある。たとえばテキサスやアラバマだ。逆にマケインがどれだけ奮闘しても勝てない州がある。ニューヨークやカリフォルニアだ。

オバマが高い確率で勝つ州はカリフォルニア、ニューヨーク、イリノイ、ハワイ、ワシントン、オレゴン、メイン、バーモント、マサチューセッツ、コネチカット、ロードアイランド、デラウェア、ニュージャージー、ペンシルバニア、メリーランド、ワシントンDC,ミネソタ、アイオワの18カ所。選挙人の合計は228だ。

一方、マケインが勝つと思われる州はアラスカ、モンタナ、アイダホ、ワイオミング、ユタ、アリゾナ、ノースダコタ、サウスダコタ、ネブラスカ、カンザス、オクラホマ、テキサス、アーカンソー、ルイジアナ、ミシシッピー、アラバマ、ジョージア、ウェストバージニア、ケンタッキー、テネシー、サウスカロライナの21州である。合計選挙人数は163だ。

勝った州の数はマケインの方が多いが、選挙人数はオバマに軍配があがる。選挙人は代議員と同じで人口の多い州に多く割り振られているため、オバマが228でマケインが163という数字がでてくる。

問題は残りの12州である。いわゆる激戦州(パープルステート、スウィングステート)だ。オハイオ、インディアナ、フロリダ、ネバダ、コロラド、ニューメキシコ、ミシガン、ウィスコンシン、バージニア、ノースカロライナ、ミズーリ、ニューハンプシャーの合計選挙人は147。それを二人がどう取り分けるか。勝負はそこである。アメリカで過去4度、予備選から本選挙まで取材したことで見えてくるものがある。

今年の予備選を振り返ると、オバマは激戦州の多くでヒラリーに負けた。それはマケインにも負ける可能性が高いということに等しい。白人の人口比が高く、労働者や低所得者の比率が高い州である。

そうした状況をすべて加味して激戦州を二人に割り振るとどうなるか。結果は272対266でオバマ辛勝ということになる。

共和党の選挙戦術の巧みさや、支持基盤であるキリスト教福音派の力強さはもちろん指摘されるべきだが、アメリカ大統領選は間接選挙であり、州ごとに集計される点を忘れてはけない。現時点の総合判断によると、私はオバマ勝利と予想する。(敬称略)