ヒラリーの敗北宣言

敗者の目つきはおうおうにして虚ろだが、ヒラリーの目には光が宿っていた。

今月8日、ワシントンで敗北宣言する姿を午前2時過ぎまでテレビで観ていた。これまで多くの敗北宣言を観てきたが、彼女ほど前向きな表情を浮かべた候補を知らない。

1984年に現職レーガンに敗れたモンデールのうつろな眼差し。88年のデュカキスの失意に満ちた表情。92年、クリントンに敗れた現職パパブッシュのつらそうな笑顔、、、。思い出すだけでも、敗者のつらさが伝わってくる。しかも、大統領選のように長期にわたって激しい打ち合いをしたあとだけに、なおさら落胆は大きい。

19世紀半ば、リンカーンが大統領になる前、上院選に出馬して負けたことがある。その時の心情を彼はこう表した。

「暗闇で自分のつま先をしたたかにぶつけた哀れな少年のような気持ちだ。だが、私はもはや少年ではない。声を出して泣くには歳をとりすぎているし、笑うわけにもいかない」

けれども、敗者となったヒラリーの輝きはいったい何なのだろう。現場にいたわけではないが、テレビ画面から伝わってくるあの笑顔はどう説明すべきなのか。敗者の笑顔はおうおうにしてひきつるものである。だが、彼女にはそれがない。

「次に進むべき道がすでに固まっている証拠なのか」。私にはそう思えてならない。敗北宣言の中で、「(オバマと)歩み始めた道筋はちがったかもしれないが、今日、その道は合流した。いまは同じ目標に向かって進んでいるし、それ以上に、11月の選挙に勝つ準備ができている」とさえ言った。オバマも6月2日、「ヒラリーと共に11月の本選挙で勝つ」という言葉を口にしている。

オバマとヒラリーのこうした言葉の意味を考えると、両者の間にはすでに「出来レース」と呼べるだけの取り決めが交わされていたのではないか、との疑念が浮かぶ。

そんな中、上院議員のダイアン・ファインスタインがワシントン市内の私邸で二人が話し合う場を提供した。ヒラリーはそれに応じて、6月5日午後9時から二人だけの会談をもった。予備選の勝者と敗者がこうしたかたちで会うことは、私の大統領選の取材では記憶がない。通常、敗者はそのまま立ち去るだけである。勝者もあえて敗者と顔をあわせて慰めたりはしない。電話で言葉を交わすことはあるが、それ以上の動きは普通ではない。

ファインスタインは8日、ABCテレビに出演して「ゴールデンコンビ」誕生の可能性が大きいことを告げた。私は6月以前に、すでにオバマとヒラリーの間で「ゆるやかな決めごと」があったと踏んでいるが、それが事実であったとしたら何年か経たないと真実は明かされないかもしれない。

いずれにしても、ヒラリーが今後も選挙戦に深く関与することは間違いない。(敬称略)