オバマ政権のウチガワ

5月24日発売の『週刊現代』に「オバマ政権が誕生したら」という内容の記事を書きましたので、読んでいただけますと幸いです。

「ワシントンはすでにオバマ候補の副大統領候補の話題で持ちきりです」

事実上の民主党代表候補に決まったバラック・オバマ候補は、8月25日からコロラド州デンバーで行われる党大会までに副大統領候補を選ばなくてはいけない。

時間は十分にあるが、「早期に決めた方が共和党ジョン・マケイン候補と戦う戦略を練りこめるので有利です。ヒラリー・クリントン候補を副大統領に指名するかどうかが最大の注目点です」とワシントンのシンクタンク「責任政治センター」のマシー・リッチ氏は語る。

ヒラリー候補は選挙戦序盤からオバマ候補とタッグを組むことを否定していない。オバマ候補も遊説中、「ヒラリー候補が(副大統領の)人選リストに入っている」と述べるなど、ライバルでありながら互いを意識してきた。

オバマ候補は党内の若者と黒人を中心にしたリベラル層から強い支持を得ているが、白人の中高年有権者や女性、労働者からの支持は強くない。ヒラリー候補と組めば話題性だけでなく、支持層の拡大は間違いない。ただ、両候補は1年以上もライバルとして非難しあっており、正副大統領としてしっくりした関係に戻れるかは疑問だ。

他の候補者としては、バージニア州のジム・ウェブ上院議員、ニューメキシコ州知事のビル・リチャードソン氏、オハイオ州知事のテッド・ストリックランド氏、アリゾナ州知事のジャネット・ナポリターノ氏などの名前が挙がっている。

先行する話題は副大統領候補だけではない。すでにオバマ政権の閣僚人事にまで話がおよんでいる。もちろん現段階では予測にすぎないが、主要ポストの候補者を記しておこう。

まず外務大臣にあたる国務長官だ。副大統領候補にも名前が出ているビル・リチャードソン氏が有力視されている。国連大使をこなした経験が買われている。ゴア副大統領にエールを送る声もある。また、日本人には馴染みが薄いミシガン州知事のジェニファー・グランホルム氏の名前も挙がっている。オバマ候補と同じハーバード大学ロースクール出身の女性だ。

財務長官候補にはヒューレット・パッカード(HP)社前社長のカーリー・フィオリーナ氏やマイケル・ブルームバーグ・ニューヨーク市長などが有力視されている。ダークホースとしては投資家のウォーレン・バフェット氏の名前が取りざたされている。

国防長官には、4月にオバマ支持を打ち出したサム・ナン元上院議員が噂されている。長年、上院外交委員会の重鎮として国防に携わってきた人物だ。さらに4年前の大統領選に出馬した退役軍人のウェズリー・クラーク氏、同じく退役軍人のポール・イートン氏などの名前も挙がっている。

司法長官には選挙戦をともにたたかったジョン・エドワーズ元上院議員を望む声がある。エドワーズ氏は早々と副大統領候補にはならないと宣言したが、閣僚ポストを辞意しているわけではない。司法長官という役職ならば受ける可能性はある。

それではオバマ政権が誕生すると内外の政策はどうなるのか。ポイントを整理したい。

内政を一言でまとめると、「増税による社会保障の拡充と弱者への手厚い加護」ということになる。これは伝統的な民主党政治にもどることを意味する。たとえば所得税は現行の上限である35%から約40%に引き上げられる予定だ。ブッシュ大統領が実施した富裕層への減税からの離脱である。もちろん税制改革は多岐にわたり、専門家からは「むやみに複雑になるだけ」との批判を浴びている。

その経済政策を練るのが数人の若い経済学者たちである。筆頭にくるのがシカゴ大学経営大学院のオールタン・グルービー教授で、オバマ政権が誕生したときにはホワイトハウスの国家経済会議か経済諮問委員会のメンバーになるだろう。さらに、ハーバード大学のデイビッド・カトラー、ジェフリー・リーブマン両教授も側近になる可能性が高い。

彼らは経済成長によって得られる所得の分配と、社会保障の拡充を主張している。その柱に教育や社会インフラのさらなる拡充、エネルギーの自給自足、研究開発費の増額を打ち出している。高い教育水準は中長期的に働き手の賃金上昇を生み出し、それによって富の不均衡が是正されると考える。実に民主党らしい政治理念である。

それがアメリカ貿易赤字の積極的な是正という態度に表れる。北米自由貿易協定(NAFTA)はアメリカを他国に安く売りすぎていると観点から修正するつもりだし、対中貿易赤字を削減させるためには強硬手段も辞さない構えだ。

それでは日本についてはどうか。現在まで、オバマ候補は対日政策にはほとんど言及していない。それは日本がアメリカにとって、もはや「問題国」ではないことの証拠でもある。日米両国はオバマ政権下でも重要な二国間関係でありつづけるし、同盟関係をゆがめることは誰にでもできないだろう。

外交政策ではすでに「オバマ・ドクトリン」と呼べる基本理念ができつつある。一言で書くと、「ブッシュ政権で失墜したアメリカの威厳を回復し、民主主義を世界に広める」という内容だ。目新しさはないが、オバマ候補は真剣だ。

具体的には何をするのか。オバマ候補が端的に述べている。

「イラク戦争を終わらせます。キューバのグアンタナモ基地を閉鎖します。アルカイダとのテロ戦争を終結させます。そして21世紀に我々が直面している共通の脅威である核兵器、テロリズム、気候変動、貧困、大量虐殺、疫病と戦います」

メッセージとしては大変りっぱだが、具体的な政策の詳細はこれかである。そこがヒラリー候補から「口先だけ」と言われ続けた理由でもある。本当に内外の問題を解決してゆけるかは未知数だ。

昨年11月中、演説中にこう述べている。

「あなた方こそがこの国を動かせるのです。あなた方の将来こそが私たちの将来です。いま動く時がきたのです」

政治家としての真価が問われるのはこれからである。

カネの威力、再び

「いつまで続くんですか。半年くらいやっていますよね」

先日、髪を切ってくれる女性が訊いてきた。

「予備選は6月3日で終わりますから」と答えると、彼女はまた訊いた。

「ヒラリーはもう勝てないんですか」

日本の新聞では、朝日や日経が「オバマの勝利宣言」と伝えたが、読売は「勝利宣言は控える」、毎日は「終結宣言は見送る」と書いた。正確には読売と毎日が正しい。すでにヒラリーに勝ち目はないが、オバマは対戦相手が投了していないし、獲得代議員総数も過半数に達していないので、正式には「勝った」ことになっていない。事実上の勝利に違いはないが、オバマ自身も「代表候補に手が届くところ」と表現している。

アメリカにいる日本の特派員はそのあたりの事情を呑み込んでいるのだろうが、紙面からは読み取れない。過半数は2025で、オバマは20日のケンタッキー、オレゴン両州の予備選が終わった段階で、いまだに1962(CNN調査)である。公式な勝利はもうすこし先である。

大統領選挙について綴った拙著『大統領はカネで買えるか』を持ち出して恐縮だが、本の帯に「ヒラリーが負けない本当の理由」というコピーが躍っている。事実上負けてしまったので弁解の余地はないが、カネがどれだけ集まっているかで勝者をある程度読めるという点では間違っていなかった。

昨年末まで、ヒラリーの選挙資金はオバマをはるかに上回っていた。だが、今年は1月からオバマがヒラリーを凌駕している。4月の集金額を比較しても、オバマは約36億円、ヒラリーは約28億円と差がある。昨年からの集金総額は、オバマが約272億円であるのに対しヒラリーは約220億円で、50億円ものひらきができてしまった。

カネだけで票は買えないが、集金力の差が絶大な力をもつことは事実である。ヒラリー陣営は、ここまで集金力で差がでるとは思いもよらなかったはずである。今後の選挙はオバマ対マケインになるが、ここまでのカネの集まり方だけをみるとオバマ圧勝である。マケインは約98億円しか集まっていないので、オバマのほぼ3分の1だ。

けれども、秋になると共和党の集金マシーンがあらたに稼働しはじめるはずである。オバマがいまのまま本選挙でもインターネットを通じてカネを集め続ければ、専門家の間で語られ続けている「オバマ不利」という構図を覆すことも可能だろう。

オバマにとっての本当の戦いは夏以降である。(敬称略)

秒読み

しばらくブログの更新を怠っていたら、「ヒラリー撤退」が秒読み段階にまできた。

 先月下旬、NNN24の大統領選挙特番に出演した時、民主党の代表候補が決まる時期をボードに書かされたので、思いきって「6月中旬」と記した。テレビはそういう媒体なので、ハズレても悔いはない。

「はっきりしたことはわかりません」などと慎重なことを言っていては興ざめである。予測は予測だ。もはやオバマが勝つことを疑う人はいない。それが早まるかどうかだけである。すでにオバマ陣営とマケイン陣営は、党大会までの3カ月間に討論会を行う計画を立てている。動きは早い。

政治家としての経験はマケインに敵うわけもないが、経験不足が理由で選挙に負けるわけでもない。ネケディもクリントンも経験不足のまま大統領に当選した。二人の対抗馬は老練なポリティシャン(ニクソンとパパブッシュ)だったが、決め手になる要素は他にあった。元首レベルの政治家になるための重要点は、学習能力の高さとリーダーシップ、コミュニケーション能力、そしてまぶしいくらいに輝くカリスマ性である。自民党の福田はそのすべてを欠落させている。 

11月の本選挙は選挙人システムで行われる。代議員もわかりにくかったが、今後は選挙人というさらなる難関が待ち受ける。そのシステムの中で、アメリカの有権者動向を冷静に眺めると、オバマよりも「マケイン有利」であることは明らかだ。

大統領選挙を丹念に追っているアメリカの研究者やジャーナリストはすでに州レベル、さらに激戦州の地区レベルで勝敗ラインの予想に入っている。民主党レースがこれだけ盛り上がっても、1980年以降クリントン政権を除いて共和党保守が大統領を当選させてきたことを考えると、マケインにカネが集まっていなくともあなどれない。

オバマの勢いと魔性が秋にどこまで共和党を崩せるかが見ものである。(敬称略)