自宅の本棚を眺めていると、まだ読んでいない本が目にとまった。
本はまとめて数冊買うこともあるし、1冊だけ買いたいものを手にとることもある。その本は昨年出版された村上春樹氏の文庫本で、どうしたわけか本棚の奥にひそんでいて読んでいなかった。
村上氏は私の大学の先輩で、あまりにも人気がある書き手なので、長い間敬遠していた。だがある時から読み始め、「やはり面白い。読者をストーリーの中に引き摺り込む術を心得ている」と思ってからはよく読むようになった。
その本は昨年、文藝春秋社から出た『一人称単数』という文庫本で、8本の短編がまとめられている。さっそく今朝(25日)、『石のまくらに』という最初の小説を読んだ。主人公は大学2年の青年で、バイト先でであった歳上の女性と一晩を共にする話なのだが、相変わらず読みやすい筆致でどんどん進む。
いまさら私が村上氏の作品の良さを説明することほど野暮なことはないだろうが、今朝、あらためて思ったことをいくつか記したいと思う。ひとつ目は誰にでも起こりうることを題材にしていながら、その題材を正面や裏面だけでなく、多角的に眺めながらさりげなく書いている点である。さらに読者が疑問を抱くことをよく理解しているので、その答えを自然に物語の中に配置して読者の満足感を高めている。
さらに心に残るセリフはずっと後まで残るほどで、やはりモノ書きとしてのセンスの良さを感じざるを得ない。たとえば、文中で「人を好きになるというのはね、医療保険のきかない精神の病にかかったみないなものなの」というセリフを主人公に言わせる。これは村上氏らしい表現で、ウウウと唸ってしまった。
またしばらく村上熱が蘇りそうだ。