パウエル氏の残像

コリン・パウエル氏が亡くなった。米国の元国務長官であり、統合参謀本部議長という米軍のトップに立っていた人物でもあった。91年の湾岸戦争を短期間で終わらせたとして、その手腕が高く評価されもした。

ただ私は個人的に、1995年11月のあるシーンが脳裏に焼きついている。ワシントンでフリーランスのジャーナリストとして独立して5年目だった私は、パウエル氏が96年大統領選に出馬する可能性を追っていた。当選すれば米国初の黒人大統領になるし、人物的にも能力的にも申し分のない人であると思っていた。

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当時の大統領は民主党ビル・クリントン氏。いくつかの世論調査ではパウエル氏が支持率で現職クリントン氏を上回っていた。だが95年11月初旬、同氏は大統領選には出馬しないという会見を開くのだ。

当時、パウエル氏のもとには「大統領になったら暗殺する」という脅迫が舞い込んでいた。そのためパウエル夫人が暗殺を憂慮して出馬を辞退させたという報道が出回った。ただ辞退した本当の理由は違うところにあると思っている。

パウエル氏はあの時、ある場所で「出馬を何度も何度も考えた」と述べたあと、次のようなことを口にしたのだ。

「自分の心の奥底をみつめてみました。35年間の陸軍勤務で国民との信頼関係を築いてきたとの思いはあります。しかし(大統領になるという)政治への情熱的なコミットメントが自分にはないことがわかりました」

これほど実直で、素直な心根を表にだせるということ自体、米軍トップにいた人としては稀有なことだろう。さらに自分自身に嘘をつかない態度はたいへん好感がもてた。私は政治的にはパウエル氏と違う立ち位置だが、人物的にはあれからずっとパウエル氏のファンでいた。

ご冥福をお祈り申しあげます。