電子書籍への動きが加速している。今年に入り、大手出版社21社が協会を発足させるなどの動きがあるが、アメリカではすでに図書館から本をなくした学校さえある。
その前段階として、中学や高校で本の教科書をすべて辞めてパソコンを導入する動きがあった。授業だけでなく、宿題や教材の閲覧などもすべてパソコンで行う。2005年、アリゾナ州ツーソン市立エンパイア高校がその先駆けとしてパソコンのみの授業に踏み切り、全米の教育機関が注目した。
ペーパーレスのステップの次に、図書館の本をすべて撤去した電子図書館の動きがすでにある。09年9月、全米の先がけとしてマサチューセッツ州ボストン郊外にある私立高校、「クッシング・アカデミー」が2万冊あった図書館の書籍をすべて撤去して電子図書館へと移行した。
by Cushing Academy
同校は145年の歴史がある進学校で、実際に図書館をなくす校長の決断には関係者から、「過激すぎる」との反発もあった。しかし、同校は50万ドル(約4500万円)をかけて図書館にかわる学習センターを設立。持ち運びのできる電子書籍端末だけでなく、大型の備えつけ端末を数多く備えた。
ジェームズ・トレーシー校長は地元紙ボストン・グローブの取材に答えている。
「2万冊の蔵書の多くは古い本です。統計をみますと、生徒たちが10年以上前の本を借りることは少ないのです。電子図書館になると、何百万冊もの書籍を閲覧できるようになり、生徒たちは以前よりもはるかに本を読む機会が増えています。これは21世紀型の図書館モデルといえます」
ただ、実際の本でこそ味わえる質感や、大判の写真集や地図に触れる楽しさは失われる。さらに、電子書籍になると読書以外の「遊び」機能も搭載されているため、読書以外に時間を割かれて集中力が落ちるという憂慮もある。
けれども新時代の図書館としての期待は大きい。すでに同校の教諭たちからは「失うものより得るものの方が大きかった」という反応がでている。
一つには、既存の教科書にはない多くの資料や関連書籍にアクセスできるため、より広範な知識を得ながら、これまでとは違う学習方法を容易に試すことができるという点だ。
また伝統的な図書館になれた大人たちより十代の生徒たちの方が「マルチタスク」に優れており、一冊の本に時間をかけるより、同時にさまざまな文書を閲覧し、違うトピックの本を検索できる。英語ではすでに「マルチタスカー」という言葉もある。こうした環境では電子書籍はうってつけである。若ければ若いほど電子書籍への抵抗感は少なく、近い将来には本を手にすることが「時代遅れ」の象徴になる日さえくるかもしれない。
さらに今世紀に入り、あらゆる分野での情報量が増えると同時に、書籍の劣化(時代遅れ)も早まっており、時代の流れに適時に対応するためには電子図書館がふさわしい。しかも、これまでの図書館では「貸出中」の本にはアクセスできなかったが、電子図書館ではそうした心配はいらない。さらに新聞や雑誌にもアクセスできるので学習の幅は広がる。
アマゾンの「キンドル」やソニーの「リーダー」という電子書籍端末が今後も進化をつづければ、自分だけの図書館を手元における可能性がある。そうなると、本当の図書館の利用回数が減ることは自然の流れである。
そればかりか、既存の図書館から電子図書館へ切り替わると、長期的な図書館の維持・管理費、書籍の購入費といった総合的な経費が安価に済む。さらに「クッシング・アカデミー」校のように、書籍を撤去した図書館のスペースを違う目的に使用も可能だ。
将来、本そのものがなくなる日がくるかどうかは不確かだが、明らかに出版と図書は次世代に足を踏み入れた。ただ、図書館の電子化にはアメリカでも大きな抵抗があるのは事実で、すべての図書館が消えてしまう日はこないだろう。
(堀田佳男連載:JMAマネジメントレビュー誌3月号から転載)