グーグル性健忘症

昨年11月に新潮新書から出された『スマホ脳』を読んでいると、最近耳にするようになった「グーグル性健忘症」という言葉がでてきた。

この意味は、スマホを含めたデジタル機器を多用するようになって、「スマホを使えばすぐに分かるから」という理由から、自分からすすんで多くのことを覚えなくなる現象をいう。これは私にとっては「ひざポン」なのである。

加齢による記憶力の低下もあるが、以前よりも確実にグーグルに頼る機会が増えたことで、積極的にモノゴトを覚えることが減った。それにより「あああ、また忘れた」という思いを抱くことが日々の中で増えた。

『スマホ脳』の著者、アンデシュ・ハンセン氏は本の中で、こう記している。

「記憶するためには、集中しなければならない。そして次の段階で、情報を作業記憶に入れる。そこで初めて、脳は固定化によって長期記憶を作ることができる。ただし、インスタグラムやチャット、ツイート、メール、ニュース速報、フェイスブックを次々にチェックして、間断なく脳に印象を与え続けると、情報が記憶にかわるこのプロセスを妨げることになる」

つまり、脳は自分で覚えようとしなくなるというのだ。脳も学習して、スマホを使えばわかるからと、記憶に残そうとしなくなる。つまり近道を選ぶというのだ。ハンセン氏は書いている。

「本当の意味で何かを深く学ぶためには、集中と熟考の両方が求められる。素早いクリックに溢れた世界では、それが忘れ去られている危険性が高い」

この指摘は的を得ている。スマホが決して悪いというわけではなく、紙の本も読み、ゆっくりしたペースでモノを考える時間も作るべきということだ。やはり本はいつも手元に置いておきたいと思う。

ニュータッチ

25年住んだ米首都ワシントンから帰国して14年がたちます。帰国後、数カ所の美容院に行きましたが、過去数年はずっと銀座のTというところにお世話になっています。

カットの後の「お染さん」、、、、パチリ!

春の到来

今春はお花見も「満足にできないかもしれない」との思いから、有楽町マルイは正面玄関を入ってすぐのところにかすみ草で創作した「サクラ」を据えた。かすみ草はさまざまな色に染められていて、アートとして成立している。

パチンコ、パチンコ

私がパチンコに狂っていたのは10代の頃である。ちょうど電動が入荷され始めた頃で、店によってさまざまだったが、手(親指)でも打てたし電動のハンドルを回すこともできた。

自慢のようになって恐縮だが、凝り性だったこともあり、私は高校時代に中古のパチンコ台を買って自室に置いてクギの研究をした。家族は「チンジャラチンジャラうるさあああい」と言ったので、家族がいない時に打つようにした。自分のパチンコ台があると、透明のガラスを開けてクギの向きを調整し、どういった角度であれば球がよく出るかを探ることができた。

すると町のパチンコ屋にいっても負けることがなくなった。時間があれば、店員さんが「ハイ、打ち止めです」と言うまで打てるようになった。台の選定も重要だが、正確に親指を使えるようになると、10発弾くと10発同じ場所に当てることができるようになるのだ。だから学生時代はパチンコで小遣いを得ていた。もちろん、私のパチンコ収支は生涯プラスである。

だがアメリカに留学してからはパチンコとは縁が切れ、過去40年くらいやっていない。だが今日、突然パチンコ屋の自動ドアを開けた。深い意味はない。突然、やってみようと思いたっただけである。

玉の買い方がわからなかったので、店員さんに訊くことになったが、最低の購入金額が1000円(たぶん)であることに驚き、あれとあれよという間に1000円がなくなっていたことに再び驚いた。

台の中央部分がスクリーンになっていて、クギの部分は両サイドにしかないので、本当によくわからないまま終わってしまった。それでも周囲を見渡すと、数千発をだして大きなバケツに積み上げている人もいる。いまでもパチプロはいるのだろうと思うと、少しばかり懐かしくなった。もちろん再度、狂うことはないと思う・・・。