ニッキー・ヘイリーという候補

今年11月の大統領選挙は、現職のジョー・バイデン大統領(民主党)とドナルド・トランプ前大統領(共和党)の戦いになる可能性が高いが、いまトランプ氏に猛追する共和党候補がでてきている。

元国連大使だったニッキー・ヘイリー氏(51)だ。最初の予備選が行われるアイオワ州(党員集会:1月13日)では昨年11月時点で、同氏はトランプ氏から12ポイントの差をつけられていたが、CNNが行った最新の世論調査では、トランプ氏の39%に対してヘイリー氏は32%にまで迫ってきている。

Nikki Haley (@NikkiHaley) / X
from X.com

トランプ氏はこの結果を出した世論調査を「フェイクだ」と糾弾したが、有権者の中に反トランプの流れが確実に広がっているとみていい。

ニューハンプシャー州にあるセント・アンセルム大学の教授で、大統領選の研究をしているクリストファー・ガルデリ氏は、最近の世論調査について、「これはヘイリー氏がトランプ氏に代わる主要候補として浮上していることを示すもの」と述べており、トランプ氏が負かされる可能性も示唆している。

しかし、政治問題を専門にしているウェブサイト「FiveThirtyEight(538)」によると、アイオワ州と、ヘイリー氏の地元サウスカロライナ州では、トランプ氏がそれぞれ51%と53%という過半数の有権者から支持を得ており、トランプ候補が依然として優勢であることに変わりはない。ただ選挙戦がより興味深くなってきたことは間違いないため、目が離せなくなってきた。

中学一年で宇宙食開発

画像
photo from X

今朝(1月9日)の朝日新聞朝刊の「ひと」のコーナーで中学1年の増田結桜(まずだゆら・12)さんが取り上げられていた。中学1年生にして宇宙食開発を手がけている女子で、驚かざるを得ない。

静岡県静岡市に住む結桜さんは、地元のメディアにはすでに何度も取り上げらている人で、静岡の名産品であるミカンを使って宇宙食の開発をしようと思ったのは小学生の時だった。そして今年10月にはサンプルを完成させたいとしている。2026年度までに宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「宇宙日本食」認証取得を目指し ており、12歳の少女の行動とは思えない。

小学生時代に宇宙の謎に魅せられ、300冊もの本を読破し、自ら宇宙食開発に乗り出した。放課後や休日にレシピをつくりはじめ、無重力の宇宙で飛び散らないようにゼリー状にするというアイデアがかたまった。すでにクラウドファンディングをスタートさせており、300万円ほどを集める予定だ。

頼もしい12歳で、将来が楽しみだ。

神韻を感じる

神韻2024日本公演

中国の古典舞踊の分野で名を馳せている神韻(シェンユン)芸術団の公演を初めて観てきた。以前から神韻については何度も耳にしてきたが、今日初めて目にして深い感銘を受けた。

華麗にして力強く、困難をことをまるで何ごともなかったかのようにこなしていく団員たちの技術の高さと完成度には言葉をなくした。団員たちがみな柔軟で、踊りに長けていることは改めて指摘する必要はないだろうが、最初にハッとさせられたのは、3人が片足だちで両手を広げたまま高速回転したときだった。

20回転くらいしたかと思う。驚かされたのは、回転の速さではなかった。3人は同じタイミングで回転をピタリと止めて、同じポーズを取ったのだ。まるで特撮映画を観ているかのようだった。しかも「どうだ、俺たちは凄いんだぞ」という表情を見せるわけでもなく、普通の表情のまま次の動作に入っていった。その他の団員たちの踊りも火の打ちどころがなかった。

ソプラノ歌手の歌声も心の底に残っているし、二胡(ニコ)という2弦の楽器の音色もホールいっぱいに広がっただけでなく、耳奥にもしっかりととどまっている。帰宅して思ったのは、なぜこれまで神韻を観にいかなかったのかということである。

今その素晴らしさを体感できたので、また日本にきた時には観させて頂こうと考えている。

Hey, you look drip!

今日、仕事場で知人のアメリカ人記者にそう言われた。

私はしばらく意味が飲み込めずに無反応でいたが、すぐに能登地震の話に移ったので、そのあと「you look drip」については何も訊かなかった。

彼との話が終あわった後、私は「drip」についてネットで検索した。25年もアメリカで生活した経験があるが、知人・友人に会ってすぐにこのフレーズが使われた記憶はない。「drip」の本来の意味は「滴る」だが、私は滝のような汗をかいていたわけではない。どういうことなのか。

辞書には本来の意味の「滴る」の他に、スラングとして最近は「カッコイイ、スタイリッシュ」という意味で使われるとあった。

「フー、そうだったのか」

その褒め言葉にしばしニンマリし、今度誰かスタイリッシュな人に会ったときのために胸に忍ばせておくことにした。

新年にあたって

私がジャーナリストとして独立して35年ほどが経つ。「独立」というと聞えはいいが、当時は会社員をやめてフリーランスになったというだけであった。

当時のことを振り返って、以前当ブログで次のように記している。

「(辞めるまで勤めていた米企業の)オフィス環境は悪くなかったが、創造的な仕事ではないし、マネージメントという業務に身をやつさなければならない苦痛はどうしようもない。一刻も早く辞めたい」

ジャーナリストとして活動をしたいという気持ちよりも、当時は「会社を辞めたい」という思いの方が勝っていたのである。ただ辞めた直後から精神的な開放が訪れた。まだ首都ワシントンにいた時のことである。そしてこんなことも書いている。

「この快適にして壮快な生活はいったいどうしたことだろう。あとは貧しくてもこの世に捧げられる、市民のための仕事をすべきであろうと思う」

理想を追いもとめていた時期で、少しでも世の中のためになる仕事をしようとの思いがあった。それではいまはそうした崇高な理想は失ってしまったのかといえば、そうでもない。自身の存在価値というものを突き詰めていくと、やはり読者のために新しい事実や考え方を提示することが私がやるべきことなのだろうと思うし、そこに力を注いでいかなくてはいけないと考えている。

そして今年も全力で伝えるという仕事をしていきたいと思う。皆さま、よろしくお願い申し上げます。