誤報、その後

連載をしているウェブメディア「JBpress」に今月14日(土)、私はコロナウイルスについての米医学論文の紹介記事を書いた。内容は「コロナウイルスは空気感染もありうる」というもので、今の時期にあっては衝撃的ともいえるものだった。

この論文を目にした後、一刻も早く日本語の記事にして報告すべきだと考えて短時間で仕上げた。14日早朝にネットで公開されると、大きな反響があった。肯定的なものもあったが「本当なのか」との疑問や、誤報だとのご指摘までさまざまだった。

拙速に記事を書いたため、私は明らかに2つのミスを犯した。一つは論文の出典だ。米医学誌『ニューイングラド・ジャーナル・オブ・メディシン』と記したが、同論文が同誌に出たのは記事を書いた3日後(17日)のことで、14日時点ではまだ予稿の段階だった。14日に入手できたのは「メドアーカイブ」という論文サイトからに過ぎず、私は先走ったのである。ウェブ読者の中には記事公開後、すぐに出典を確かめて『ニューイングラド・ジャーナル・オブ・メディシン』ではないと指摘する方がいた。

2つ目のミスは、タイトルにも本文中にも「空気感染」という言葉を使ったことだ。それにより、麻疹などと同じように感染者と同じ空間を共有したら感染するかもしれないという恐怖を与えてしまったことである。

記事中には「エアロゾルは広義として「空気感染」と解釈されるが、正確には気体に浮遊する液体や固体の粒子をさす。(中略)感染力がどれほど強いかは今回の論文では示されていない」と書いたが、空気感染という言葉が一人歩きした。

編集部だけでなく、私のブログ経由でも辛辣な批判が舞い込んだ。ツイッター上では「こいつは死刑だな」といったセリフまで飛び出していた。編集部では記事の取り下げをすると同時に、編集長が一筆書いてくれた。私も謝罪文を書いた。

記事公開から4日たつと、もう私のところに何か言ってくる人はいなくなった。『ニューイングラド・ジャーナル・オブ・メディシン』に実際の論文が掲載されたこともある。同論文の共同執筆者の多くが所属する米国立衛生研究所(NIH)は17日、プレスリリースを出した。

その中にこういう一文がある。

The results provide key information about the stability of SARS-CoV-2, which causes COVID-19 disease, and suggests that people may acquire the virus through the air.

文中にでてくるCOVID-19というのは19年に出現したコロナウイルスという意味で、最後の部分を訳すと「・・・空気を介して人はウイルスを受容するかもしれない」と述べられている。

それにしても、私の拙稿を読んで激昂し、深くものを考えずに「この野郎」的な態度ですぐにSNSを使って個人攻撃をしてくる輩がなんと多いことか。そうした輩は氏名をあかさず、略称かハンドルネームを使って言いたいことを述べてくる。こうした現象は以前から承知していたが、実際に攻撃対象になってみると、凄まじさが実感できた。

私は1990年にフリーランスのジャーナリストとして独立する前からプロとして原稿を書いてきた。過去10年ほどは年間280本くらいで、その前は年間200本くらいなので、過去30年だけでも6000本以上の原稿を書いてきたことになる。

記事の取り下げは今回が初めてである。30年前であれば、ジャーナリストとしての自信を失い、やっていく気力が失せていたかもしれない。だがいはま本当に蚊に刺されたくらいのことでしかない。できれば批判をしてきた「野郎たち」と対面したいくらいである。本名さえ公表できない輩がほとんどなので、私の前に現れる勇気がある人はどれくらいいるのか。

かかってこいや!