ロシアのいないパリ五輪

パリ五輪が始まり、連日テレビでは各種競技が放映されて盛り上がっている。だが、私は何かもの足りないものを感じている。それが何かといえば、ロシアが参加していないことである。

特に体操などは伝統的にロシアが好成績を残してきただけに、ロシア不参加の五輪というのは準主役を欠いたミュージカルのようで、一抹のつまらなさを感じてしまう。体操という競技は、ロシア人選手と競い合ってメダルを獲ることで本当の意味での世界一になれる気がする。

ロシアは2022年2月にウクライナに軍事侵攻。今年3月、オリンピック委員会(IOC)は同件によりロシア 人選手の参加禁止を決めた。パリ五輪の大会5日目の各国のメダル獲得数をみると、日本が上位にきているのは結構なことだが、ロシアの名前がないのが何かもの足りない。ただ、10数人のロシア人選手がパリに入っている。ロシアの国旗が付いたユニフォームを身に着けることはできないが、「中立選手」という立場で競技には参加できる。

本来であれば政治とスポーツはベツモノとして判断し、ロシアも五輪に参加してほしかった。というのも、IOCが制裁としてロシアの不参加を強いても、それでロシアがウクライナでの戦争を止めるわけではないからだ。五輪不参加の制裁は、実質的な効力を持たず、名目的な意味合いだけでしかなかった。

人間の愚かさ

いきなり表題に「人間の愚かさ」と記したので、何のことかと思われるかもしれない。世界を見渡すと相変わらず無益な戦争が継続されており、「人殺し=戦争」の愚かさがあらためて浮き彫りになっている。

日本はいま、他国と軍事的な戦争をしている状況にないので、多くの人が殺害されるという現実を実感しにくい。ただ過去数日だけでも、ウクライナではロシアから数十発のミサイル攻撃を受けて30人以上が死亡しているし、パレスチナ自治区ガザではイスラエル軍の空爆により少なくとも16人が亡くなっている。

世の中は21世紀に入ってから四半世紀が経とうとしているが、いまだに戦争を止められずにいる。私が学生だった頃、「あと何十年かしたら、人間は戦争の悲惨さを知り、愚かな戦争を繰り返さなくなるかもしれない」と思ったものだが、いまのところそうした展開にはなっていない。

過去5000年の人類史をひも解いても、「戦争の歴史」と述べても過言ではないほど繰り返し戦争が行われてきた。いつかはなくなる日がくるのではないかとの希望的な観測もあるが、いまのところ絶えるようには思えない。それは人間が本当の意味で賢くなっていないからなのかもしれないし、人間が人間である以上、争いごとを止めることはできないからなのかもしれない。皆さまはどうお考えだろうか―。

中ロが練る台湾侵攻

以前から極東の政治問題の一つとして取り上げられてきたテーマではあるが、ここにきて現実味を帯びてきた。何のことかというと、中国とロシアが手をとりあって台湾を侵攻するという話だ。

というのも、米時間5月2日にバイデン政権のアブリル・ヘインズ国家情報長官が、連邦議会の上院軍事委員会で次のように発言したのだ。

「われわれ(米国)は中国とロシアが台湾(侵攻)について初めて行動を共にする可能性があることを認めている。台湾は中国がロシアに協力してほしい場所であり、そうしない理由はない」

国家情報長官という役職は、CIAを含めた米政府に16ある情報機関を統括する立場で、その人物が中ロが台湾侵攻で協調しているとの見方を示しただけに事態は深刻である。ただ、同長官は台湾侵攻の可能性も含め、中ロが連携するシナリオに対抗するため、米政府内で新たな計画を準備していることも明らかにした。

ただその計画が発動されるということは大規模な戦争を意味するので、ただ事ではない。同長官はさらに、ロシアと中国が「政治、経済、軍事、技術など、社会のあらゆる分野において『制限のない』協力関係を強めている」という情報分析結果を明らかにもした。

そうなると、日本にも大きな影響が及ぶはずで、いまから政府だけでなく市民レベルでも台湾有事を想定した研究や議論を活発化させておくべきだろう。

米CBSニュースが東京支局を閉鎖

私の仕事場である外国特派員協会で今朝、友人の外国人記者とある話題で話し込んだ。

今月に入り、米3大ネットワークのひとつであるCBSニュースが東京支局の閉鎖を発表。50年以上もつづいた支局で、東京支局を閉鎖するということは、ニュース業界がインターネットを含めた新たなニュース媒体の席捲によって大変革を迫られていることを意味する。

すでに多くの方は既存のニュース媒体が弱体化してきていることはお気づきかと思う。15年ほど前、3大ネットワークを含めたTV、新聞、雑誌等の凋落に歯止めがかからないという記事を書いた。視聴者は既存のテレビ局からケーブルテレビに移行し、紙媒体でもこれまでの大手新聞や雑誌からインターネットに移っていた。

そしていま、ネット時代でも生き残れると思っていた大手のCBSニュースが東京支局を閉鎖したのだ。同社のロンドン支局長であるアンドリュー・ロイ氏は「この地域で起こっていることを考えると白旗を揚げるようなものだ」と発言。無念さをにじませた。

関係者によるとアジアには他に支局はないという。北京支局はあるが特派員はおらず、プロデューサーとカメラマンがいるだけ。CBSは今後、ロンドンやロサンゼルスから東京を含めたアジア諸国を取材することになりそうだ。

岸田訪米:日米間の差

岸田首相がバイデン大統領と会談し、日本のメディアは大きな扱いをしている。テレビはもちろん、新聞各紙は一面で岸田訪米を取り上げた。日本にとって米国は最重要国であり、時代を越えて首相の訪米はビッグニュースである。

ましてや今回の岸田・バイデン会談は「未来のためのグローバル・パートナーシップ」と題された、新しい日米関係のあり方を模索するものであるだけに、日本の行く先が提示される重要な会談との位置づけだ。

4月11日の朝日新聞朝刊の一面トップは「日米『指揮統制』を連携:同盟強化 首脳会談合意へ」で、読売新聞も一面で「日米同盟新時代へ:防衛産業で連携 ウクライナ支援念頭」、日本経済新聞もやはり一面で「対中にらみ抑止力統合:日米同盟が軸、豪韓比と」といずれも大きく紙面を割いた。両国は今後、防衛産業の連携を視野にいれて定期協議をひらき、優先分野を決めていく予定なので、重視されて当然だろう。

ただ当ブログのタイトルにも記したように、今回の会談では「日米間の差」が改めて際立った。何のことかというと、両国の主要メディアでの扱いの差である。上記の日本の3紙は一面トップで大きく報道しただけでなく、その他のページでも同会談を大きく扱った。

しかし、である。米紙の扱いは驚くほど小さいのだ。ワシントン・ポスト紙は地元で会談が行われているにもかかわらず、一面トップどころか中のページですら会談についてはほとんど記していない。さすがにニューヨーク・タイムズ紙は一面の上段で記事を載せたが、ウォールストリート・ジャーナル紙も一面では扱わず、米国内の記事の一つとして出しただけだ。USAトゥデイ紙も一面では扱っておらず、「その他の記事」として載せている。

こうした日米メディアによるアンバランスな扱いは今に始まったことではない。80年代に私が米新聞のダイジェスト版をつくる仕事をしていた時から気づいていた。それは冒頭でもふれたが、日本にとって米国は最も重視すべき国なのだが、米国にとって日本はOne of themにすぎないということだ。米メディアにもそうした考え方があるため、日米首脳会談という重要な会議であっても、一面トップのニュースにならないのである。