かなり理想に近いチーズバーガー。米中西部の取材先で。
先日、オランダ人ジャーナリスト、ウォルフレンに1時間ほどインタビューした。インタビューというより、お話をしたといった方が適切かもしれない。
終わってから、権力欲という、ある特定の人たちにとって魔性と言えるような執着心について考えている。特に大統領候補がもつ権力欲である。
なぜ政治家になり、そしてアメリカのトップを目指すのか。連邦議員や知事では満足できず、アメリカ大統領という事実上世界の頂点に立つ政治家になろうとするのか。
アメリカ社会だけでなく世界を少しでもよくしていこうという心の中からの叫びを携えているからなのか。それとも世界の頂点に立つという快楽の追求からなのだろうか。答えは複合的なものだろうが、前者が建前であるとするなら、トップに駆け上がることへの個人的熱望が本音だろう。
テレビのインタビューやタウンホールミーティングではきれい事を言うが、なんとしても大統領になるというコンクリートの壁を素手で打ち破るくらいの強固な意志がなくては大統領選など続けていられない。
それはある意味で、独裁者が抱く快楽に似ているかもしれない。権力というパワーは「自分の下に世界を置く」ということでもある。
好きなように世界を動かすということに鳥肌がたつくらいの快感をいだけないと、大統領選というイベントには参戦できないはずである。(敬称略)
友人のフランス人が先日、40歳を迎えた。
フランス家庭料理の先生もしていた女性だ(クッキング・スクール)。現在はパリに戻っているが、誕生日にバースデーメールを送ると「40歳は本当に楽しみにしていたので嬉しい」と返ってきた。
この言葉は本心である。というのも以前、何度も早く40代になりたいという言葉を耳にしていたからだ。私の周囲には歳を重ねるごとに、「ああ、また歳とっちゃう」と嘆く女性はいても、「嬉しい」という言葉を吐く人はほとんどいない。
彼女も「歳をとれば顔の皺はふえるし、体力も落ちる」と口にするが、肯定的要素の方が多いという。まず、40代でこそ着られる服に袖を通せるようになる。さらに人間としての厚みが増して、人との会話(特に男性と)がさらに充実する。
彼女は40代こそ人間としての魅力が増幅し、成熟度がアップすると語っていた。それはフランス人らしい価値観であるが、その考え方の背景に思いを馳せると男性の役割が大きいと言わざるをえない。
つまり、若い方がいいと思いがちな日本人男性の言動を連日見聞きしていると、40代は「おばさんの領域」に確実に歩を進めること以外になくなってしまう。若ければ若いほどいいという見方の弊害である。
そうなると、40代でも「せいぜい頑張ってみる」というセリフを吐くのがやっとになってしまう。男性の側でも同じ論理が使える。
もちろん例外と呼べる人たちはどこにでもいるが、極めて少ない。日本でAKB48が人気を博す理由の1つがここにある。
デトロイトのGM 本社
アメリカの自動車メーカーのビッグ3(GM、フォード、クライスラー)が失墜し、もう立ち直れないと噂されたのは数年前である。
ところが16日に発表されたGMの2011年通期の純利益は76億ドル(約6000億円)。過去最高を記録した。販売台数でも首位に返り咲いた。
ビッグ3の中でも特にGMについてはこのブログで何度も書いてきた。08年12月には早く破産させて、再建に向かった方がいいとも記した(GMの終焉 )。
10年に出した拙著でも、今月出した本でもアメリカの製造業は死なないと述べた。
GMのオハイオ工場を始めとする多くの工場ではすでに24時間3交代制のフル稼働に入っている。夜中でもラインは動いているのだ。それほど売れている。
日本の自動車メーカーはどうなのか。日本自動車工業会(JAMA)に訊くと、「それについては把握していない。各メーカーに問い合わせてほしい」というので、トヨタの広報に訊いた。
「2直(交代制)が基本で、真夜中に製造ラインを動かすことはないです。いくら製造が追いつかないような状況であっても、作業員の健康上の問題などを配慮して夜中はラインを止めます。将来も3直はないと思います」
GMのように夜中も製造ラインを動かした方がいいということではない。トヨタはトヨタの経営スタイルがある。
ただ「死に体」と言われてきたアメリカの製造業は「死なない」ということである。
今日この話を知人にすると、彼はいった。
「堀田さんのアメリカへの愛がひしひしと感じられます」
「いや、ただかぶれているだけですから」
そっと返すしかなかった。
ホンモノのブレークスルーが必要だなあ―。日本の電機大手の赤字決算のニュースを読んで、思うのである。
日本経済新聞は4日の朝刊で、「電気産業 興亡の岐路」と書いた。大げさな見出しではあるが、ソニーやパナソニック、シャープ、NECといった世界的に名を馳せた家電の収益が大幅に悪化している。テレビが売れなくなったことが大きな原因だ。
昨年7月、地上デジタル放送への完全移行で薄型テレビは一時、売れに売れた。だが夏以降、買い換えが終わった人たちは、さすがに1年や2年で受像器の買い換えはしない。だが日本の家電メーカーの問題はそこにはない。
韓国メーカーに市場シェアを奪われている理由もあるが、それは本質的な問題ではない。勝手に言わせてもらえば、メーカートップは「先が読めなかった」、さらに「ブレークスルーを追求していない」の2点に尽きる。
いくら薄型テレビとはいえ、21世紀になってテレビ受像機を追求していてどうするのか、というのが私の主張である。アメリカの主だった家電メーカーがアメリカ国内でテレビを製造しなくなったのは15年以上前のことである。
世界市場で日本企業にシェアを奪われたという理由もあるが、テレビというローテクの家電をいさぎよく捨てた。ゼネラル・エレクトリック(GE)を始めとする大手メーカーは時代を見越したように、テレビ製造を止めていく。
携帯で名前が浸透しているモトローラも元々テレビを手掛けていたが、74年にテレビ部門を現在のパナソニックに売却した。唯一残っていたゼニスも95年に韓国企業に買収され、テレビを製造するアメリカ企業は消えた。日本では数年前、日立が自社生産の撤退をいち早く決めたため、今期の最終損益は黒字である。
先進国がテレビを作る時代は終わっている。それにどうして気づかないのだろうか。いま日本の家電メーカーは付加価値をつけて、いくぶんか高性能の受像機を売り出すことに腐心している。大局的には赤字を続けるだけに見える。
日立は家電からすでにインフラ企業へと変貌と遂げつつあるが、それは時代の先端を走ることを辞めたことを示唆してもいる。新興国で原発を受け負うことが、未来への可能性を広げることだろうか。
アメリカは新進のIT企業が数多く起ち上がり、世界中の文化を変えるくらいの新製品を投げ続けている。日本を始めとする他国はiPhoneやiPadを受け止めるだけだ。ソニーのCEOストリンガーは何を創造したのだろうか。
新しいトップの平井は医療関連や携帯分野などで戦略的な事業を展開すると言っているが、なぜ家電業界で世界をリードするブレークスルーを生み出すと言わないのか。
来年や再来年ではない。5年先でいい。それは暫く目を見開いたまま静止してしまうくらいの驚嘆で迎え入れられる製品を創るということだ。世界中の人々の生活を一変させるモノである。歴史を振り返れば、テレビの発明やコンピューターの発明、電子レンジの開発といったブレークスルーである。
テレビ受像機を5センチから3センチに薄くしました、、、、という研究者はクビでもいい。(敬称略)
