今日思うこと

最近、書く原稿の本数が増えている。毎月このブログを入れないで30本くらいだろうか。ありがたいことである。

ただインターネット時代に入り、紙の全盛時代より一般的に原稿の長さが短くなった。さらにネットの原稿料は新聞・雑誌の原稿料より安いので、数をこなさざるを得ない。

それでも私にとっては好きな仕事ができているのでいろいろな方に感謝するしかない。2月初旬にはアメリカのビジネスものの単行本も出る。

今日、ニューヨークに住む長年の友人が発行する『週刊NY生活』の1面で大統領選の記事を書いた。ご一読頂ければ幸いである。

鮨の舞台

こだわりの鮨屋に行った帰路はいつも笑みを携えている。

2年ほど前に書いたブログ(妥協したくないもの )で、 食べるもので唯一こだわっている鮨について記した。そこで銀座5丁目の鰤門(しもん)を紹介した。

日本橋店があいて1年。新妻賢二は変わらぬ手さばきで板場に立つ。

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日本全国に約3万5000の鮨屋があるという。銀座だけでも約150店。登り詰めた狭い領域に30店ほどの鮨屋がひしめく。その中にはミシュランの星が来たところもあるが、評価はあくまで自身の舌である。

30の中には鮨の味はいいが、通夜のような静けさと緊張感の中で食べて帰ってこざるを得ないところもある。だが、新妻は「そうはさせない」。

30は甲乙つけがたい。サービスに文句があろうはずもない。しゃりが差し替えられ、あがりは黙っていても何度となく注される。ネタにこだわりを持たない店はない。鰤門のわさびは御殿場であり、のりは有明海といった具合だ。

あとは自分との相性となる。

日本とアメリカの間には数えられないモノが行き来するが、日本産でアメリカで興隆しているモノの一つが鮨だ。ほとんどはスシに変わっているが、30は伝統的な日本の鮨のまま世界の頂点に凛然と輝く。超然としたまま動じない。写真の男がその1人である。(敬称略)

セクハラという敵

セクハラは大変繊細で、かつ無視できない問題である。アメリカではケイン大統領候補のように命取りになることも少なくない。企業としても防止努力が求められている。

米雇用機会均等委員会(EEOC)によると、1997年から2010年にかけて、アメリカのセクハラ訴訟件数は1万5889件から1万1717件に減少したという。

だが少し調べると、公表されたセクハラ件数が減ったのは実質総数が下がったからではなかった。仲裁が入ったり示談で済ますケースが増えて訴訟に至らないだけで、セクハラそのものは減っていないことがわかった。後述するが、実際ははるかに多い。

ケイン候補をセクハラで糾弾している4人目の女性の弁護士グロリア・オーレッドさんは、タイガー・ウッズさんやアーノルド・シュワルツネッガーさんに対する訴訟を担当した人物である、、、、(続きは堀田佳男公式メールマガジン『これだけは知っておきたいアメリカのビジネス事情』)。

新たな旅

これまでもこのブログで旅について書いてきた。「世界の街角から」という写真の不定期連載も続けている。

世界中のさまざまな土地にいく機会も少なくないが、友人のK氏としばらく前から都内の「居酒屋の旅」というぶらり旅を続けている。

東京に住んでいても、用事がなければ行かない場所は多い。新しい町のレストランや飲み屋に行くことはあっても、それは人から聞いたりインターネットで調べたあとでの行動である。

月に1度、どちらかと言えば小さめの駅に2人で降り立つ。それまでまったく行ったことのない駅は、たとえ東京であっても新鮮である。行き来する人さえフレッシュに見えることがある。

事前のリサーチはわざとしない。その日その場で決めていく。

日本テレビで土曜朝に放映している「ぶらり途中下車の旅」は、カメラを回す何日も前にロケハンをし、用意周到な準備をする。番組制作なので当然である。だが、われわれのは本当のブラリである。

JRにしろ私鉄にしろ、駅周辺に飲み屋がないということはほとんどない。いつもは3軒ハシゴして帰宅する。その日は午前様である。

積極的に知らない駅に降りて、予約なしで居酒屋に入る。それは新たな旅といえる。

今月は京浜急行電鉄の青物横丁という駅だった。住所は東京都品川区南品川。駅前の通りは、ジュネーブ平和通りという名前がついている。品川区がジュネーブと友好都市提携を結んでいるからだという。もちろん知らなかった。

すべて初めての飲み屋である。中にはすりガラスで外から店内が見えない飲み屋もある。そんな時はジャンケンをして負けた方がドアをあける。

引き戸をあけて「アッ、失礼しました」と締めてくることもある。今月も1軒あった。

3軒目に入った「えいちゃん」という店は渋かった。夫婦二人で切り盛りしている。モツ鍋もあれば、おでんもある。「焼きそば!」と言えば作ってくれる。それでも再度その店に行くことは、たぶん、ないだろう。

それが新鮮である。そして思うのである。人生は旅、、、、、であると。

参加しなくてはいけないTPP

TPP(環太平洋経済連携協定)で世論が大きく2つに割れている。

仕事がらテレビや活字メディアで、TPP問題での私見を述べてきた。TPPはすでに2年前に参加すべきだったと思っている。交渉国はすでに10回近くも協議を重ねているが、日本は今からでも参加しなくてはいけない。

理由はたくさんある。積極的な理由と消極的な理由、さらに数字の上でも参加すべき理由がある。反対派の学者やジャーナリストのトーンの中に、アメリカに「日本が乗っ取られる」「思うように牛耳られる」というものがあるが、アメリカをあまりにも知らないので驚いている。

この件で、反対派の人間は誰もアメリカ人の意見を広範に、しかも直接、聞きに行っていないことは彼らの言動ですぐにわかる。アメリカは本当に日本を乗っ取るつもりなのか。乗っ取るために日本をTPPに入れようとしているのか。

「訊いても本当のことは言わない」と思うこと事態、アメリカを知らない人の発言である。日本人より本音、いや本音しか話さないので日本については批判も讃辞も聞ける。USTR(米通商代表部)や国務省、アメリカの大学やシンクタンクの研究者、財界、労組、一般市民に訊かなくてはいけない。

そうすれば、アメリカも決して一枚岩ではなく、さまざまな意見があることがわかる。そして日本の反対派の言説が邪推であることが分かる。TPPはアメリカから誘っているわけではないことも。

反対派は農業関係者も含めて、近視眼的にものを言う人が多くて20年、いや30年先の世界の貿易体制の中にいる日本の立ち位置を想像できていない。保護主義を敷いて、国を閉ざすというオプションなどあってはいけない。

TPPに参加すると「亡国」という人がいるが、私は逆に参加しないと日本の「亡国」は目に見えていると思う。先日も、アメリカ政府の元高官と電話で話をすると「日本は守りの態勢に入らないで、もっと攻めてこないと。それでアメリカと一緒にルール作りをしましょう」と言ってきた。

しかも、TPPにはこれからカナダやメキシコも入る可能性が高いことが今日のAPECでわかった。現時点で中国は「入れていない」が、FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)への道筋としていずれは中国も参加してくることになるだろう。

中国はいま「誰も誘ってくれない」といじけているが、中国がTPPのルールを遵守し、メンバー国になった時に日本が入っていないということなど考えられない。日本は「入れてもらう」ではなく、積極的にアメリカと引っ張っていく役割を担わなくてはいけない。

ここまでは積極的な理由である。消極的な理由もある。過去30年間の日米交渉の結果を見て、日本は多くの場面で負けてきた。来年からのルール作りと交渉でも、日本の審議官や交渉者が圧勝する可能性は低い。

全体的なルール作りでも関税撤廃の特例条項でも負けるので、それが結果的に日本の農業を集約させて企業化への道が開かれる可能性がある。いまのままでは農地の集約化を含めた農業改革も先送りされたまま、小国への道を辿るだけだが、「開国」によって本当の日本農業の改革への道筋ができるかもしれない。

いやいやながらの外圧に従わざるを得ず、結果として多少の犠牲はあっても、一般消費者にとっては「ありがたい」と思えることが増えていく。自民党時代はすべてそうだった。民主党でも大差はない。

これまでもガン保険が日本で導入されたり、コンビニでビールが買えたり、携帯電話が使えるようになったりという末端市場での恩恵は市民がもっとも感じているはずだ。それによって町の酒屋が廃業に追い込まれたという現実はある。

最後に、実質的な参加表明をした野田がオバマや参加国のリーダーたちに、間違っても「参加させていただきたいと思います」といった日本的な、よろしくお願いします調の言葉使いをしなかったであろうことを祈るだけだ。

すでにオバマに言ってしまったかもしれない。通訳がなんと訳したかは知らないが、国際会議の場でこれほど消極的でやる気の示せない表現はない。日本的な言葉の配慮は英語ではむしろマイナスだ。野田がどれだけわかっているのか。アドバイスした役人がいるのかどうかはわからない。

もし「お願いします」発言をしていたら、もうすでに日本は交渉で1本を取られて「ついていきます」と言ったも同然である。そうなると消極的な理由で日本が変わるというシナリオになる。(敬称略)