心落ちつく店

5年前にも当ブログで紹介した台東区谷中にある懐石料理店「吉里」。昨晩は妻の友人の誕生日だったので、7人でテーブルを囲んだ。実はわたし以外、すべて女性という至福の時間でもあった。

緊急事態宣言があけたこともあり、少しずつ日常がもどってきている。

この企業に勤める人と結婚したい・・・

先日、「この企業に勤める人と結婚したいランキング」が民間企業リスクモンスターから発表された。今年で11回目なので、すでに多くの方は馴染みのあるランキングだろうかと思う。

「この企業」と名前がついてはいるが、実際に1位と2位にきているのは「地方公務員」と「国家公務員」であり、倒産しない安定感こそが相手に求めるなによりの優先課題であることがよくわかる。

過去のランキングをみても「地方」「国家」公務員が上位にきている。今年は3位が「トヨタ自動車」、4位「任天堂」、5位「アップル」、6位「グーグル」、7位「パナソニック」、8位「ソニー」、9位「日本コカ・コーラ」、10位「アマゾン」とつづき、いずれも世界的に名前がとおった大企業ばかりである。結婚相手の条件として考慮されるのは学歴や性格、さらに外見もあろうが、やはり生活の安定が一番という証左である。

結婚相手の年収や勤め先を気にするのは、もちろん男性よりも女性の方である。女性が結婚相手の男性の年収を「気にしない」と回答したのは5人に1人だけだ。一方、男性の約半数は女性の年収には気をとめていない。ただ、これはアンケートとしての回答であって、実生活において、つき合いを始める時に相手の年収額から入る人はよほどカネにこだわりの強い人であって、カネよりも先に恋愛感情を置くというのが自然なはずだ。

ただ見合いとなると、年収が重要なファクターになるだろうから、より多く稼ぐ人が有利な立場にたつことになる。私などはフリーランスのジャーナリストなので、不安定極まりなく、結婚相手の条件としては底辺の方を彷徨っているといえる。幸い、もう心配する必要がないのでいいが、こうしたランキングを見るたびに少しばかりビクリとするのである。

鳥獣戯画展

久しぶりに展覧会を観てきた。上野の東京国立博物館(トーハク)で開催されている「国宝 鳥獣戯画のすべて」で、平安時代に描かれた10種類以上の動物たちが、実に表情ゆたかに、愛嬌のある姿で描かれていて、心の中に大きな笑顔ができたような気がした。

上野の東京国立博物
6月20日まで開催中

自然を崇拝する側に立ちたい

東京上野のトビカン(東京都美術館)で3月28日まで開催している「吉田博展」を観てきた。吉田博という名前を耳にしてすぐに版画家であると言える方は、かなり美術の世界に精通しているはずだ。

今回は没後70周年の展覧会で、多くの木版画は心が温まるもので、吉田が抱いた美への深い憧憬がひしひしと伝わってきて愉悦をおぼえた。吉田は明治から昭和にかけて風景画家として名を馳せた人で、特に日本の山々を描かせたら彼の右にでる人はいないくらいのテクニックと美意識をもった人である。

その吉田は生前、「私は自然を崇拝する側に立ちたい」と述べており、会場を歩いていると、その言葉が作品から表出するかのような感じがあり、本当に嬉しくなった。

今回の展覧会の図録

目を見張りました!

何に目を見張ったかと言えば、ある男性にである。

先日、ランチを食べに自宅近くの中華料理店に入った。いわゆる「町中華」である。私のテーブルの斜め前に、白髪を綺麗に整えた70代半ばと思える男性が文庫本を読みながら座っていた。

すでに大ジョッキの生ビールを注文していて、一人で飲んでいる。ランチに一杯やることは悪くないが、大ジョッキを昼間からグイグイやっていたので、少しだけ「飲むなあ」という思いがあった。すぐに男性のところに水餃子が運ばれてきた。ウェイトレスが言った。

「ハイ、水餃子2人前」

私は「この人は水餃子とビールをランチにしているのかもしれない」と勝手に思った。大ジョッキが空になる頃になって、ウィイトレスが今度は焼酎のボトルと氷を運んできた。私はまた「昼間から飲むなあ」と心の中で呟いた。

斜め前の席だったので、視界にすべてが入る。男性は水割りではなくオンザロックで焼酎をグイグイやり始めた。顔色ひとつ変えずに飲んでいる。アルコールに強いことは歴然としているが、私が目を見張ったのは、餃子が食べ終わった頃に大皿の八宝菜とドンブリご飯、そして味噌汁と杏仁豆腐が運ばれてきたことだ。

その間も男性は文庫本も読みながら、ひたすら飲み、食べ続けていた。しかもどうみても私よりは高齢であるし、まったく太っていないのだ。やってくれるものである。しかも飲みっぷりだけでなく、食べっぷりもいいので、久しぶりに人の食べる姿を見て感動を覚えたほとである。

帰り道、あの人に『飲みすぎはよくない』といった陳腐な忠告は必要ないと思った。すべてを理解していて、このままでいいという達観があるように思えたからである。参りました!