英語力

「英語の力は落ちませんか」

知人が訊いてきた。アメリカに25年間住んだあと、日本に戻って7カ月がたった私の英語力を知りたいという。

「聴く方はまったく変わらないです。でも話す方がちょっと、、、つまづく」

そう言うと知人はニヤッとした。

話すリズムに違和感がある。ただ、1時間くらい話しつづけると元に戻ってくる。まるで摂氏2度の冷蔵庫の上段に置き去りにされたあと、外に出されて常温に戻るまでにしばらく時間がかかるかのようである。まだ7カ月だから元にもどるが、これが数年になると中身が「腐る」ことは必至かもしれない。

先日、3人のアメリカ人と晩御飯を食べながら3時間ほど語り合った。帰りの電車の中で、両頬が引きつったような違和感を覚えた。日本語と英語では話をするときに使う顔の筋肉が違うという話を聞いたことがある。真偽は定かではないが、実感として正しい。

実は日本がこれほど英語を必要としないところだと思っていなかった。東京ではなおさら、英語を使う機会があるだろうと考えていた。だが答えはノーである。過去7カ月、日常生活の中で英語を使う機会は皆無に等しかった。

町の中で英語でかかれた文字を読むことは多いが、英語で話をしないと店に入れてもらえないとか、物が買えないということはないし、日本である以上、外国人が英語をしゃべっていても「ここは日本だから、まず日本語で話してください」という態度でいられるので、英語を使う機会はますます減る。

山手線に乗れば「トレイングリッシュ」をやっているし、英会話学校はいたる所にあるが、町で英語しかわからず本当に「困った困った」とキョロキョロしている外国人に出くわすことは1年に1回あるかないかである。

今週、外資系大手企業の社長(アメリカ人)にインタビューをした。大きな問題はなかったが、歯がゆかった。というのも、質問をするとき英文が長くなのである。スッと核心を突く表現をせず、ダラダラと長い文章を口にしているのだ。これは私の思考が日本的になっているのか、それとも英語力が落ちているのか判断できないが、明らかに「腐り」の予兆であるようにも思える。

いちおう今、自分では毎日、英語を1時間は聴くようにしている。インターネットテレビやラジオはありがたい。英語を話す機会がない日は英文を音読しているが、それでも落ちている。しょせん外国語といって開き直るのか、それとも「腐る」スピードを遅くするためにくらいつくのか、どちらかでしかない。

英語は長年かけて培ってきたものなので、私はくらいつこうと思っているが、「冷蔵庫から出ない方が腐らなくていい」と思わないような自分でいたいと願っている。

アメリカの分断

コーヒーを飲みに入ったカフェの隣席に、外国人が座っていた。英字新聞を読んでいる。外見からだけでは出身国は判別できないが、アメリカ人らしい空気を携えていた。

「日本には長いんですか」

日本語で訊くと、「ハイ、かなり」と返してきた。いくつかの大学で英語を教えているという。日本に来てすでに15年が過ぎたと言った。

「10年前はアメリカ人であることを誇りにしていましたが、最近は出身国を訊かれるまで言わなくなりました。むしろ、アメリカ人でいることが恥ずかしい」

その背後にはブッシュ政権の負のイメージが宿る。イラク戦争による負の遺産が世界中に撒き散らされ、人々の中のアメリカに汚点がついた。アメリカもずいぶんと嫌われたものである。

もちろん音楽や映画、ファッションやビジネス分野などで日米両国のつながりが途切れることはない。だが、横暴な国というイメージは一人歩きしている。

「とても残念なことです。来年の選挙で民主党が勝って新しいアメリカに生まれ変わることを望んでいます」

見事な日本語でそう語ったあと、彼はどこにでもいる普通のアメリカ人の顔をのぞかせた。じっとこちらの目を見つめている。誠実そうな顔立ちが、教師としての優しさをうかがわせる。

「アメリカはいまふたつの国を内包しています。ブッシュを支持する保守国家と反対するもうひとつの国家です」

以前からアメリカは政治的にずっとふたつに割れていた。しかし、ブッシュ政権になってからさらに顕著である。しかも社会格差が広がっているので、貧富の差という割れ方もあり、縦と横でアメリカは分断されている。

アメリカの外から亀裂をみると、その裂け目はますます深く大きくなっているように見える。その亀裂がふさがる気配がないのが残念である。

ニュープレイス ― Tokyo

25年ぶりに東京に住み始めると、すべてが新鮮であると同時に、すべてがくすんでいるようにも見える。

東京というのは実に便利な町で、必要なものをすぐそばに配置してくれている点で世界でも稀有なところである。

他国の大都市も多くのものがそろってはいるが、東京の特質というのは四畳半の真ん中に座って、手のとどく範囲にティッシュや耳かきやポテトチップスや新聞やテレビのリモコンが置かれているようなところにある。町全体がその拡大版で、楽しさが溢れている。

ワシントンで5年ほど書いた「急がばワシントン」に区切りをつけ、東京で新たにブログを開始いたします。みなさまよろしくお願いいたします。

堀田佳男

旧ホームページ:  http://jart.heteml.net/hotta2019