リー・クアンユーの死

「緩やかな独裁」を貫き通したシンガポールの元首相リー・クアンユーが他界した。

成し遂げた成果に注目すれば「独裁者」という言葉はあまりに一面的で、氏の全体像を言いあらわしていない。それは、ある激情型の年配者を「怒りっぽいオヤジ」とだけ言って、その人のやり遂げた仕事や、実は他人に対して驚くほどの優しさをもっていたといった側面を無視することに似ている。

もちろん31年間も政権トップにいたことで、権力に固執する姿と政敵を除外しつづけてきた強権的な政治力には疑問がつく。いまの権力者であり息子のリー・シェンロンにも受け継がれている点だ(政治システムに完璧なし )。

民主主義の前に、国民の社会福祉と生活の安定を掲げたことで、いまは1人あたりのGDPは日本よりはるかに上をいく。経済力を含めた国力を高めるという点で、シンガポール型の国家資本主義はすべての国民の意見に耳を傾ける民主主義より即効力がある。

こうした点はすでに多くの学者が指摘している。「21世紀に資本主義はもう十分に機能しないかもしれない」という仮説がさかんに取り沙汰される起点にもなっている。

それでは日本が真似をできるかといえば答えは「ノー」だ。日本には日本流の国家の成り立ちがあり、社会規範が根づいている。いまさら少数意見を無視して、半独裁の政権など誕生するはずもない。

有楽町の日本外国特派員協会に行くと、よく知るシンガポール出身の記者が原稿を書いていた。「緩やかな独裁者」について話を聞くと、以前リー・クアンユーにインタビューしたことがあるという。

「いまのシンガポールは彼なくして 成立していないので、功績を大いに認めています。国民はいろいろと不満があるでしょう。でも彼の成し遂げた実体はあまりにも大きい。ほとんどの国民は感謝していると思います」

本音だろうと思う。大統領ニクソンから歴代のアメリカ大統領と対等に話をするだけでなく、アジア政策で助言もできるような政治家は日本にはいない。たぶん今後も現れない。

歴史の灯がまた一つ消えた。(敬称略)

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シンガポール、マーライオン公園の「ちびマーライオン」。大きなマーライオンは写真の左手奥(写っていない)に位置しています。