カネの威力、再び

「いつまで続くんですか。半年くらいやっていますよね」

先日、髪を切ってくれる女性が訊いてきた。

「予備選は6月3日で終わりますから」と答えると、彼女はまた訊いた。

「ヒラリーはもう勝てないんですか」

日本の新聞では、朝日や日経が「オバマの勝利宣言」と伝えたが、読売は「勝利宣言は控える」、毎日は「終結宣言は見送る」と書いた。正確には読売と毎日が正しい。すでにヒラリーに勝ち目はないが、オバマは対戦相手が投了していないし、獲得代議員総数も過半数に達していないので、正式には「勝った」ことになっていない。事実上の勝利に違いはないが、オバマ自身も「代表候補に手が届くところ」と表現している。

アメリカにいる日本の特派員はそのあたりの事情を呑み込んでいるのだろうが、紙面からは読み取れない。過半数は2025で、オバマは20日のケンタッキー、オレゴン両州の予備選が終わった段階で、いまだに1962(CNN調査)である。公式な勝利はもうすこし先である。

大統領選挙について綴った拙著『大統領はカネで買えるか』を持ち出して恐縮だが、本の帯に「ヒラリーが負けない本当の理由」というコピーが躍っている。事実上負けてしまったので弁解の余地はないが、カネがどれだけ集まっているかで勝者をある程度読めるという点では間違っていなかった。

昨年末まで、ヒラリーの選挙資金はオバマをはるかに上回っていた。だが、今年は1月からオバマがヒラリーを凌駕している。4月の集金額を比較しても、オバマは約36億円、ヒラリーは約28億円と差がある。昨年からの集金総額は、オバマが約272億円であるのに対しヒラリーは約220億円で、50億円ものひらきができてしまった。

カネだけで票は買えないが、集金力の差が絶大な力をもつことは事実である。ヒラリー陣営は、ここまで集金力で差がでるとは思いもよらなかったはずである。今後の選挙はオバマ対マケインになるが、ここまでのカネの集まり方だけをみるとオバマ圧勝である。マケインは約98億円しか集まっていないので、オバマのほぼ3分の1だ。

けれども、秋になると共和党の集金マシーンがあらたに稼働しはじめるはずである。オバマがいまのまま本選挙でもインターネットを通じてカネを集め続ければ、専門家の間で語られ続けている「オバマ不利」という構図を覆すことも可能だろう。

オバマにとっての本当の戦いは夏以降である。(敬称略)

秒読み

しばらくブログの更新を怠っていたら、「ヒラリー撤退」が秒読み段階にまできた。

 先月下旬、NNN24の大統領選挙特番に出演した時、民主党の代表候補が決まる時期をボードに書かされたので、思いきって「6月中旬」と記した。テレビはそういう媒体なので、ハズレても悔いはない。

「はっきりしたことはわかりません」などと慎重なことを言っていては興ざめである。予測は予測だ。もはやオバマが勝つことを疑う人はいない。それが早まるかどうかだけである。すでにオバマ陣営とマケイン陣営は、党大会までの3カ月間に討論会を行う計画を立てている。動きは早い。

政治家としての経験はマケインに敵うわけもないが、経験不足が理由で選挙に負けるわけでもない。ネケディもクリントンも経験不足のまま大統領に当選した。二人の対抗馬は老練なポリティシャン(ニクソンとパパブッシュ)だったが、決め手になる要素は他にあった。元首レベルの政治家になるための重要点は、学習能力の高さとリーダーシップ、コミュニケーション能力、そしてまぶしいくらいに輝くカリスマ性である。自民党の福田はそのすべてを欠落させている。 

11月の本選挙は選挙人システムで行われる。代議員もわかりにくかったが、今後は選挙人というさらなる難関が待ち受ける。そのシステムの中で、アメリカの有権者動向を冷静に眺めると、オバマよりも「マケイン有利」であることは明らかだ。

大統領選挙を丹念に追っているアメリカの研究者やジャーナリストはすでに州レベル、さらに激戦州の地区レベルで勝敗ラインの予想に入っている。民主党レースがこれだけ盛り上がっても、1980年以降クリントン政権を除いて共和党保守が大統領を当選させてきたことを考えると、マケインにカネが集まっていなくともあなどれない。

オバマの勢いと魔性が秋にどこまで共和党を崩せるかが見ものである。(敬称略)

マケインの狙い

アメリカ大統領選は今、民主党候補の二人がほとんどの話題をさらっているので、共和党マケインにはほとんど関心が注がれない。

マケインは3月4日に行われたミニチューズデーで、共和党の代表候補になることが確実になったが、9月1日から始まる党大会までの半年間、いったい何をするのだろうか。

民主党の戦いは8月末の党大会まで継続されるが、共和党の方は中だるみもいいところだ。4年ごとに思うことだが、予備選で代表候補が決まったあとの「盛り下がり」は、システム改革の必要性を痛感させられる。

メディアはほとんどマケインを扱わなくなり、一般有権者の視界からも外れて霞んだ存在になる。その間、ヒラリーとオバマが話題を独占し、二人への期待感は強まる。けれども、マケインの狙いはその後にある。

昨年からの選挙資金総額は、オバマが1億4100万ドル。それに対するマケインは、ほぼ3分の1の5500万ドルでしかない。党大会以降は共和党本部もカネを捻出するが、資金面では民主党候補に勝てない。

「カネがあればあるほどいい」のが選挙である。マケインは9日の週だけでも、ミズーリ、ニューヨーク、ペンシルベニア、イリノイ各州を飛び歩いて集金活動に精をだす。これは集金パーティーの参加者に小切手を切ってもらうということで、今年は予備選で1候補に対して2300ドル、本選挙で2300ドルまでの上限で献金できる。

さらにマケインは他の上院議員とともにヨーロッパと中東にも飛び、大統領になったときの人脈づくりにいそしむ。大統領選挙で外国の要人との接触は票の取り込みという点では大きなプラスにはならないが、将来を見据えて、という観点では決してマイナスではない。

ブッシュがマケインを推すことを公の場で認めたことで、選対本部長のリック・デイビスをはじめとする共和党の重鎮たちが、これから民主党候補を攻撃するための戦略を練りこんでくる。

選挙に勝つという点では、伝統的に共和党が民主党の1歩先をゆく。1億7000万有権者すべてをデータベースに入れて活用するアイデアも共和党の発案である。民主党もすぐに追随したが、秋の戦いでオバマ(たぶん)が共和党のエグイ手法にどう立ち向かうのか。それが今年の選挙の最大の見ものといえるかもしれない。(敬称略)

ネット上での最近の記事:

kaze.shinshomap.info/interview/toki/06/01.html

www.nikkeibp.co.jp/feature/080311_election02/

100万回コール

オバマが民主党の指名候補になるだろうことは、大統領選挙にあまり関心のない方でも、すでに感覚的に分かっている。飲み屋の席でも「彼で決まりだよ」というセリフを聴いた。

ヒラリーとオバマしかいないのだから、「二人のどちらか」と問われれば、流れとしては「オバマ」が外さない答えである。

私はいちおうこの分野の「プロ」なので、この状況下でヒラリーの選対がどういう戦術を打ってくるかにおおいに興味がある。そうしていると先週、ヒラリーの選対からEメールがきて、電話勧誘を強化するという。電話勧誘は、戸別訪問と合わせて数をこなせばそれなりに数字があがる古典的な戦術だ。

Eメールには目標100万回!と謳われていた。もちろんコールセンターを設置して、ボランティアを中心に、これから予備選が行われる州の有権者に電話をかけまくる。すると1週間もたたずに目標が達成され、2月23日現在、142万回という数字をだした。

ただ、全米レベルでオバマとヒラリーのどちらを支持しますかとの世論調査では、いまだにギャラップ調査で45%対44%でヒラリーがリードしている。フォックスニュースの調査では両者とも44%で互角だ。だが、それがどれだけの票につながるかは別問題だ。

3月4日のミニチューズデーでは、大票田のテキサスとオハイオで、ヒラリーがこれまで確実にリードを保っていたが、テキサスはオバマにひっくり返されそうである。オハイオもわからない。となると、ヒラリーにもう勝ち目はない。

それではオバマがいつ2025というマジックナンバー(代議員の過半数)に達するのだろうか。アメリカの選挙のプロたちも代議員数の計算を何通りもしているだろうが、私の計算では、オバマが残りすべての予備選州で60%の勝率で全勝しても、2025には足りない(計算にはスーパーディリゲーツが含まれない)。

ヒラリーが「ヤーメタ」といって辞退すれば別だが、彼女が6月3日まで戦い抜くと、一般代議員数では勝敗がつかない。あとはスーパーディリゲーツがどう票をとうじるかだ。スーパーディリゲーツ数は2月23日現在、ヒラリー234、オバマ161(CNNの算出)で、ここまで党関係者は「重鎮」であるヒラリーに一票をいれる人が多かった。

今後はオバマに票が集中するだろう。意を決めかねている400人のスーパーディリゲーツの7割が、今後2カ月間でオバマに決めると、5月下旬に決まる可能性がある。

今度はヒラリーの悲嘆の涙が見られるのだろうか。(敬称略)

オバマ・オン・ザ・ステージ

まさに圧巻だった。

オバマの演説である。2004年8月、ボストンのフリートセンターという会場で行われた民主党全国大会の記者席で、オバマの演説を初めて聴いて鳥肌がたったことは当時のホームページ(急がばワシントン)に書いた。

オバマの演説は今、さらに磨きがかかっている。2月8日、ワシントン州シアトルのキーアリーナという会場にはオバマの話を聴くために約2万人が集まった。数千人は会場に入りきれなかったという。いまは日本にいるのでナマの演説を聴くことはできないが、「ユーチューブ」がある。

それは「オバマ・オン・ザ・ステージ」といえるショーだった。不覚にも鳥肌がたち、涙がでそうになった。その迫力は日本の政治家にはないものである。過去4回の大統領選挙をニューハンプシャー州予備選から本選挙まで取材しているが、2万人の聴衆があつまった話はきかない。ヒラリーは2000人規模の会場を満席にできないでいる。

若者がみずからの意志で政治家の演説を聴きにいくのである。人通りの多い駅前を選んで話をする日本の政治家とは根本的にちがう。そこでは政策の詳細を聴きに行く人はいない。分かりやすい表現と区切りのいい文脈で話をするように訓練されたオバマは、将来へのビジョンとメッセージを語るだけである。

歌手や俳優というよりも新興宗教の教祖に近い空気感がある。「政治は宗教」と単純な図式では語れないが、一人の候補を信じるか信じないかという点では似ていなくもない。国民の心の掌握術を会得しているので、演説という点でオバマはヒラリーの比ではない。

日米で机上論をのべる識者は、選挙戦を実際に取材していないのでこの空気を読めていない。予備選の段階で、すでに有権者が政策のよしあしで判断すると考えている。キーアリーナに足を運んだ2万人に話を訊いてみるといい。彼らはオバマを「観にきた」のである。その点で、彼はショーの主役である。

私は毎月、ある勉強会に顔をだしている。衆議院議員を囲んだ会だ。議員がオバマの演説をナマで聴きたいという。日本の政治家で若者を1万人も惹きつけられる人はいないからだ。多くの人が政治に興味を示さないのは、演説の名手が国会にいないからかもしれない。

ヒラリーの演説はワシントンで幾度となく聴いたが、「頭脳明晰な人」という印象だけが残って、一票をどうしても投じたいとは思わなかった。ヒラリーの選対は1月末まで磐石の態勢でオバマと互角のレースを展開したが、今ではヒビが入り、中からガスが漏れている。

個人的な思い入れはないが、私はヒラリーの選対の組織力を買っていた。ヒラリーが戦いつづけるならば5月まで決着はつかないだろうが、3月4日のミニチューズデーの結果次第でヒラリー撤退というニュースが聞こえてくる可能性もある。予備選の展開はいつも早いのである。(敬称略)