“トランプ暗殺”実行予告

ドナルド・トランプ(70)の暗殺予告がイスラム国(IS)から出されている――。

本当ならば怖いことである。今月20日の就任式を目前に控え、トランプに敵対心を抱くISは米国内にいるIS支持者に対して暗殺を呼びかけている。首都ワシントンのラジオ局WTOPが、連邦政府職員からの情報として伝えた。

トランプ暗殺の脅威は、昨年11月の当選以来、増えている。ISは昨年12月にもトランプ暗殺を呼びかけるビデオを公表したほどだ。ネット上でもトランプの暗殺予告は出回っており、就任式が実行日だという。

というのも、当日はトランプのスケジュールが事前に公表されているからだ。連邦議会前(屋外)で宣誓、就任演説を行った後、ホワイトハウスまでパレードが予定されている・・・(“トランプ暗殺”実行予告 | 日刊ゲンダイ)。

オバマに望むこと

バラック・オバマが広島で17分間のスピーチを行った。当初は5分前後の所信を述べるだけと伝えられていたので、思いのほか長かった。

「・・・人類はあと戻りのできない価値を携えています。すべての人間は同じ家族の一員であるということを述べなくてはいけません。だから今日、広島の地にきたのです。・・・広島の人たちはもう戦争は望まないでしょう。戦争よりも、日々の生活をよりよくしてくれる科学に身を寄せるはずです・・・(原爆が投下された日)世界は広島で、永遠に変わったのです。広島の子供たちは今後、平和に日々を過ごすことでしょう。それこそが重要なことです。広島の子供たちだけでなく、地球上のすべての子供たちも同じように。それこそが我々が重視しなくてはいけない未来です」

演説内容はよく練り込まれた文章だった。このスピーチは間違いなく、過去7年以上、オバマの主要な演説を書き続けているスピーチライラーのベン・ローズが書いたものである。

大統領と2人で「謝罪の言葉は入れない」、それよりも「未来志向の内容にする」ということが話し合われて17分間の演説になったのだ。

ただ私にはオバマに注文がある。先月12日にブログで書いたとおり(オバマが本当にやるべきこと)、演説だけでなく、いまでも米露が所有する1万5000発以上の核兵器を削減するために、ロシアと協調しなくてはいけない。さらに真の意味での核兵器廃絶のために、核兵器所有国に働きかけないといけない。

それが残り8カ月の任期でオバマがやるべきことである。(敬称略)

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誰よりも先に着席したオバマ大統領   By the White House

 

国連は機能しているのか

私がアメリカに渡った頃(1982年)からずっと脳裏にあるテーマである。

国際連合にはいくつもの機関があるので、国連という組織全体がまったく機能していないわけではない。だが世界各地で起こる戦争や紛争を調停することこそが国連の主業務であるのに、戦後70年、機能していない。

だから最初の質問の答えは「ノー」である。

国連関係者や擁護論を述べる人たちは、国連が少なからず紛争解決に役だってきたというだろう。しかし、もっとも重要と思えるタイミングで国連は力を発揮できていない。「Must」と呼べることを解決できていない。だからほとんど無力といって差し支えない。

戦後、特にアメリカで国際関係論という学問が興隆した。第2次世界大戦の反省から、もう2度と戦争を起こしてはいけないとの観点から発展した学問である。

究極的には「いかに戦争を無くすか」ということであろうと思う。

けれども、それが机上の学問でしかなかったことは、戦後70年でほとんど証明されたに等しい。国連があっても、どれだけの戦争・紛争が繰り返されてきたか。

国連、特に安全保障理事会に真の調整力があり、戦争をさせないだけの政治力があれば多くの尊い命は失われずにすんだ。パレスチナとイスラエルの紛争など数十年前に解決していなくてはいけない。

イスラム国の台頭による内戦や北朝鮮の核兵器開発なども終わっていてしかるべきである。

たとえば、国連の無力さを如実に示すことが今月2日にもあった。国連総会第1委員会で、日本が核兵器廃絶決議案を提出して156カ国が賛同し、決議案は採択された。決議案が採択されたのは22年連続である。

だがそれで核兵器が廃絶されたわけではない。むしろ核兵器を保有、または保有を希望する国家は増えている。22年間も続いた決議案の採択にいったいどんな意味があるのだろうか。

自己満足か、それとも形式的に「やりました」で満足する偽善行為か。

1度、泣く子も黙る世界最強の国連軍をつくってみるのもいいかもしれない。「国連軍が来た!」で世界中の軍隊が砲火を止めてしまうくらいの強さを持つ軍隊である。

しかしそれは国連軍が先導して人殺しをするということであり、平和部隊ともいえる国連軍にとって理念的に許されないことだ。

世界に完璧なものなどないことの証明なのか――。

From the White House

朝、メールをチェックするとホワイトハウスの広報からメールが届いていた。

私がホワイトハウスに出入りしていたのは2007年までで、その年の2月に東京に戻っている。だが、いまだに広報からメールが届く。

先週、首相の安倍がホワイトハウスを訪れたときの写真がメールのなかにあった。(敬称略)

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by the White House

首相歓迎式典の前にレッドカーペットに掃除機をかけた職員。

リー・クアンユーの死

「緩やかな独裁」を貫き通したシンガポールの元首相リー・クアンユーが他界した。

成し遂げた成果に注目すれば「独裁者」という言葉はあまりに一面的で、氏の全体像を言いあらわしていない。それは、ある激情型の年配者を「怒りっぽいオヤジ」とだけ言って、その人のやり遂げた仕事や、実は他人に対して驚くほどの優しさをもっていたといった側面を無視することに似ている。

もちろん31年間も政権トップにいたことで、権力に固執する姿と政敵を除外しつづけてきた強権的な政治力には疑問がつく。いまの権力者であり息子のリー・シェンロンにも受け継がれている点だ(政治システムに完璧なし )。

民主主義の前に、国民の社会福祉と生活の安定を掲げたことで、いまは1人あたりのGDPは日本よりはるかに上をいく。経済力を含めた国力を高めるという点で、シンガポール型の国家資本主義はすべての国民の意見に耳を傾ける民主主義より即効力がある。

こうした点はすでに多くの学者が指摘している。「21世紀に資本主義はもう十分に機能しないかもしれない」という仮説がさかんに取り沙汰される起点にもなっている。

それでは日本が真似をできるかといえば答えは「ノー」だ。日本には日本流の国家の成り立ちがあり、社会規範が根づいている。いまさら少数意見を無視して、半独裁の政権など誕生するはずもない。

有楽町の日本外国特派員協会に行くと、よく知るシンガポール出身の記者が原稿を書いていた。「緩やかな独裁者」について話を聞くと、以前リー・クアンユーにインタビューしたことがあるという。

「いまのシンガポールは彼なくして 成立していないので、功績を大いに認めています。国民はいろいろと不満があるでしょう。でも彼の成し遂げた実体はあまりにも大きい。ほとんどの国民は感謝していると思います」

本音だろうと思う。大統領ニクソンから歴代のアメリカ大統領と対等に話をするだけでなく、アジア政策で助言もできるような政治家は日本にはいない。たぶん今後も現れない。

歴史の灯がまた一つ消えた。(敬称略)

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シンガポール、マーライオン公園の「ちびマーライオン」。大きなマーライオンは写真の左手奥(写っていない)に位置しています。