電車の席で本を読んでいると、とつぜん鼻にガツンとくるにおいが襲ってきた。右隣りに男性が腰をおろしたのだ。
においは眼にみえないものだけれども「ガツン」という物理的なパンチに似ていた。しかも日本人が持つにおいではない。
首を右に回せばすぐにどういった人なのか判別できるが、しなった。右目の端から浅黒い彼の左手が見えた。インド人かインドネシア人らしき肌の質感と色見だった。
彼が座ったあともガツンは断続的にきていた。何年か前にインドにいったときに鼻腔にやってきたにおいに似ていた。
においにはクサイ時の臭い(におい)と香しい時の匂い(におい)があるが、彼のにおいはその中間点からややクサイ方に傾いたものだった。
ただ男性用コロンが混ざっていたので、独特なにおいが醸されていた。
眼を閉じると、インドのプシュカルという町を訪れた時の光景が蘇った。粗末なカフェでチャイをすすった時、横に座った男性がまさに今日のガツンだったからだ(時間のなくしかた)。
ずっと忘れないにおいというものがあることを今日、再確認できたと同時に、インドの懐かしい思い出がしばらく明滅して嬉しくなった。