中台の緊張

新聞やテレビのトップニュースには来ていないが、過去3日ほど、中国が軍用機を 台湾の防空識別圏(ADIZ)に進入さ せており、軍事関係者から警戒の声があがっている。しかも過去3日間で計93機がADIZに侵犯しており、中国による軍事挑発であると見なされている。

中国が台湾侵攻を虎視眈々と狙っているとの見方は以前からあるが、米国が台湾の後ろ盾をなっている以上、もし中国による台湾侵攻があった場合は、軍事的にも経済的にも中国にとってはマイナス要素の方が大きいとも言われている。

中国が本当に軍事行動にでた場合、米国は国内のすべての中国保有資産を凍結し、台湾の独立政府を承認する可能性がある。さらに中国を敵国とみなして、中国とのビジネスやドル取引などを遮断するはずだ。米中の全面戦争になる可能性は低いが、米国は台湾、日本を含めた近隣国と協議して、地政学的な軍事的対応を講じて、「中国の台湾侵略」を可能なかぎり阻止する動きにでるだろう。

国連をはじめとして、国際社会から中国に対する非難が高まり、孤立していくかもしれない。こうしたマイナス要素が大きいと判断しても、習近平氏にとっては台湾統一は「中華民族の偉大な復興」と捉えており、多くの人の予想と反するかたちで軍事行動となって表れるかもしれない。

軍事評論家の中には「台湾有事」は「日本有事」であると考えるべきと述べる人もいる。いまから米軍がどういった行動をとり、自衛隊はどういった後方支援をするのかなど、十分に議論しておく必要がある。歴史を眺めると、こうした有事は予想していない時に、予想に反する形で勃発することがあるので、心の準備をしておくべきである。

タリバン政権誕生:予想しなくてはいけなかった

アフガニスタンに誕生したタリバン政権をめぐり、米バイデン大統領の米軍撤退の決断が批判されている。バイデン氏は昨年の選挙中から、政権一期目の任期中に撤退させると述べていたので、それを実行させただけの話だが、ここまで早くタリバンが勢いを盛り返すとは予想していなかった。

アフガン政権は積み木の山が崩れるように、いとも簡単に崩壊してしまったことが想定外だった。ガニ大統領はそそくさと国外に脱出し、タリバンに抵抗できるだけの力など微塵もなかった。春の段階では、タリバンがアフガン全体を支配する可能性は低いとみられていたが、アフガン政権はアメリカが思っているほど粘り強くもなかったし、命をかけてタリバンと闘う姿勢もなかった。

バイデン氏はアフガンにはかなり前から愛想を尽かしていて、できるだけ早く手を切りたかったようだ。それはオバマ政権時代、副大統領としてアフガンとかかわり、苦い経験を積んでいたことで、もう同国には「夢も希望」も抱いていなかったかに見える。だから今年9月を米軍撤収の時期にしていたのだ。9月というのは2001年に起きた同時多発テロから20周年目にあたる月である。

こうした単なる「ヒト区切り」が実際の国際情勢上、最良のタイミングにあたるわけもなく、バイデン氏は時期を誤ったと解釈されてもいたしかたない。今冬まで待てば、山岳地帯の多いアフガンでは思うようにタリバンは活動できなかったとの見方もある。

結果論だが、バイデン氏はこれまでアメリカがアフガンに費やしてきた6.4兆ドル(約700兆円)を無駄にし、対テロ戦で戦死した米兵約7000人の命を軽んじ、さらにアフガンに残してきた850億ドル(約9兆3000億円)相当の武器や機材もタリバンに明け渡すことになった。そしてNATOの主要拠点であるバグラム空軍基地さえもタリバンに譲ってしまった。

「こうなることは予想できなかった」ではなく、「予想しなくてはいかなった」ことであり、バイデン政権第1期の残り3年以上の任期で課せられた重い重い宿題になった。

バイデンが記者会見で伝えたかったこと

バイデン氏がホワイトハウス入りしてから初めての記者会見を米時間25日に開いた。日本時間では夜中だったので、ネットで会見を観た。

コロナ問題から移民問題、対中政策までテーマは多岐に渡ったが、78歳のバイデン氏に対する国民の期待がクリントン氏やオバマ氏に比べると過大ではないことから、低空からスタートしている印象がある。

たとえばコロナワクチンの接種回数は、当初は就任100日で1億回という目標をかかげたが、実際はほぼ半分の時間で実現させてしまった。昨日の会見では、100日までに2億回という数字をだして、順調にワクチン接種を進めているとした。最初から2億回という数字を出さなかったことで、達成感を強調しさえした。

1973年から上院議員を務め、オバマ政権での副大統領を含めると44年間もワシントンの政界にいただけに、法案を通過させるテクニック、政策の打ち出し方、共和党議員との折衝法、メディアとのかけひき、人が思って以上に剛強で策略家であるのがバイデン氏の本性だろう。

中国に対しては、厳しい態度をみせた。

「彼ら(中国)は世界でナンバーワンの国なるという野望を抱いているだろう。世界で最も富んだ国になり、最強国になるという最終的な目標を持っているはずだ。だが私の政権下でそれは起きない。というのも米国はいま以上に成長、拡張するからだ」

習近平主席はバイデン氏の当選後、祝福の電話をしてきたという。2時間ほど話をして、中国との競争は避けられないが、全面対立は両者が求めていないことを確認しあったという。バイデン氏に期待できるのは、こうしたバランス感覚である。少なくともトランプ氏よりは安心してみていられる大統領のはずである。

バイデン、思いを語る

「この人は本当に真っ当な人物なのだろう」

今週16日に行われたバイデン大統領と市民との対話集会を、ユーチューブで観たあとの率直な感想である。大統領に向かって「真っ当な人物」と述べることは失礼かもしれないが、距離を置いてみてもそうした思いがあった。

CNNが主催した対話集会は、いまのバイデン氏のありのままをさらすのに十分な効果と価値があった。同氏は約75分の集会で、まったくペーパーに頼らず、数十人の市民から投げかけられる質問に壇上で実直に答えていた。

Photo from CNN

もちろん質問内容は事前にホワイトハウス側に伝えらえていただろうし、その答えも用意されていたはずである。だが78歳の大統領はほとんど淀みなく、何も見ずに受け答えをした。むしろ想定問答集を覚えてその通りに話すことの方が難しかったかもしれない。いまの自分の思いをその場で表現する方が、テレビの視聴者の胸に刺さることをよく理解していたと思われる。

内容はコロナのことから教育、最低時給賃金、トランプ前政権、移民の問題まで多岐におよんだ。政権誕生からまだ1カ月だが、すでに大統領を数年やってきたかのような沈着で泰然とした受け答えで、誠実さがにじみ出ていた。

「私はホワイトハウスで寝起きしたいから大統領になったのではありません。この国の将来のためになる決断をするためになったのです。大統領として皆さんに仕えられることは本当に名誉なことです」

少なくともバイデン氏は心をこめてそう述べていた。1973年から連邦上院議員を務めてきた政治家である。いま自分が何をすべきかを熟知しているはずである。そしていま国家が必要としているものは前向きな姿勢であることを示した。それは次の言葉に表れていた。

「いま国は分断されているといいます。でも明確に分断されているわけではない。外にでて、いろいろな人と話をしてみてください。両極にいる人たちでさえ、話し合いができる余地を残しています。はっきりと分断されているわけではないので、私はまとめることができると思っています」

久しぶりに期待のできるリーダーが登場したと言っていいかもしれない。

弾劾裁判はトランプの思い通りの流れ

トランプがすぐにも無罪放免になる。

2月5日に連邦上院で、「トランプは罷免にあたいしない」という評決がくだされるはずだ。本来は4日に行われるトランプの一般教書演説の前に弾劾裁判を終わらせたい意向だったが、数日ずれてしまった。それでもトランプの思い通りにコトは進行しているようだ。

22日の当欄で記したように(トランプを本当に裁けるのか)、共和党議員の中にもトランプの行為が贈賄罪と司法妨害罪にあたると解釈し、罷免されるべきであると考えている政治家はいるだろうと思う。

しかしワシントンの政局はいま「完全」という言葉をつかっていいほど2極化しており、トランプが無罪放免になるという流れができあがっている。

それにしてもトランプが弁護チームにアラン・ダーショウィッツを向かい入れ、同氏もトンラプの肩をもった時点で勝負あったというのが40年近くワシントンの政治を見てきた私の感想である。

なにしろハーバード大学教授のダーショウィッツは、90年代半ばにO・J・シンプソン事件でシンプソンの無罪を勝ち取ったドリームチームの一員で、「合衆国憲法を語らせたら誰もかなわない」と思えるほど弁がたつ。今回もダーショウィッツのトランプ擁護の論弁を聴いたが、殺人罪に問われたシンプソンを無罪にした時を彷彿とさせた。

当時、私はワシントンで事件の記事を書いていたが、ダーショウィッツをはじめ、ロバート・シャピロ、ジョニー・コクランという腕利き弁護士は、黒いものを白色にできるくらいの弁護力があり畏れおののいたのを覚えている。

今回の上院でのダーショウィッツの論弁はあの時の光景を想起させた。犯罪どころか、トランプは当たり前のことをしただけと思われるほどの論法なのだ。アメリカの政治の限界をみた思いである。(敬称略)