暗いニュースが多い中、心温まる出来事がナイジェリアの少年に起きた。まずは45秒の動画をご覧いただきたい。
11歳のアンソニー・メッソマ・デュマ君の動画を目にしたニューヨークのアメリカン・バレー・シアターのスタッフは、すぐに彼に奨学金をだすことを決めた。今夏はコロナの影響もあってネット上でのレッスンだけだが、来年からはニューヨークでレッスンを受けることになる。
アメリカン・バレー・シアターは世界最高峰のバレエ団の一つでアメリカ最大のバレエ団。光る才能が見出された瞬間だった。
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アメリカン・バレー・シアターは世界最高峰のバレエ団の一つでアメリカ最大のバレエ団。光る才能が見出された瞬間だった。
私は以前、世界の砂を集めていた。さまざまな国を訪れた時、ビーチに行く機会があれば、そこの砂を一掴みもってきて透明の平たいグラスに並べていた。
もちろん地質学的な分析ということではなく、単なる自己満足である。ビーチだけでなく、サハラ沙漠の砂も手にしたし、アリゾナ沙漠の砂もあった。興味深いのは、すべて色と粒子の大きさが少しずつ違っていたことだ。
集め始めて10年ほどした頃、米国内でUSエアウェイズ(2015年にアメリカン航空に統合)に乗っていた時に機内誌の記事で、「世界白い砂チャレンジ」というタイトルを目にした。それまでそんなものがあることを知らなかったので、心臓をバクバクさせながら一気に読んだ。
世界で最も白くて最も粒子の細かい砂のビーチはどこかを争うコンテストであり、優勝したビーチが記されていた。南太平洋のどこかの島か、カリブ海あたりかと思っていたが、優勝は「シエスタ・キー」という米フロリダ州メキシコ湾側にある島の砂だった。
タンパ市から50キロほど南にいったところで、島は半島と橋でつながっているという。砂の写真も出ていたが、雪のように白かった。本当なのか、、、。確かめるしかない。
記事を読んだ翌年だったと思う。2000年代初頭のことだ。その砂を握りしめることだけを願って、シエスタ・キーに行った。ちなみにシエスタはスペイン語で昼寝という意味で「昼寝島」となる。人気の少ない広々としたビーチにでて目を疑った。
「ナンダコレワ!」である。
本当に雪のように白かったのだ。砂を手にとると、サラサラと指からこぼれ落ちる。しばらく目を瞑ってからパッと目を開けると、スキーのゲレンデにいるような錯覚さえあった。ビーチのそばで地元の人に訊いてみた。地域の人にとっては自慢だったようで、砂の謎をすぐに教えてくれた。
アパラチア山脈には水晶の鉱脈があり、何万年という単位で地下水によって水晶が削られ、川に運ばれて海流に乗ってシエスタキーに水晶の粒子が結集したということだった。
驚愕と同時に深く納得し、ふんわりした笑顔で私はワシントンに戻ったのだが、世界で一番、、というものを手にいれてしまったことで、世界の砂集めに対する興味が一気に冷めてしまったことは少しばかり残念である。
映画やテレビドラマ以外ではなかなか聴けないセリフである。
大統領選の取材でニューハンプシャー州に飛び、連日100キロ以上も走り回っていた。同州を地図で眺めるとアメリカ北東部の小さな州にすぎないが、車で走るとかなり広いことに気づく。
サンダーズ候補の集会を取材するためにホテルから北西に70キロほど走り、次にブダジェッジ候補の演説を聴くために北東に60キロほど走る。そのあとホテルに戻るために数十キロを移動するといった具合である。それだけ走っても同じ州なのである。
現地に入って2日目。ハイウェイを走っていると、背後からヘッドライトをピカッと点滅された。ルームミラーを見ると真後ろにパトカーがきている。制限時速よりはスピードがでていたが、車の流れの中で運転していると思っていた。だが停まれという指示がきた。
路肩に寄せると、すぐに警察官が助手席側の窓にやってきた。窓を開けて、「イエス、サー」と話しかける。
「免許証を見せてください」。どういう理由で私を停めたのか、理由を言わなかった。国際免許証を見せると、「この免許証はこの州では使えません。逮捕します」。冗談を言っているわけではない。警察官は真剣な眼差しだった。
私の脳裏に2つのことが去来した。一つは「生まれて初めて手錠をかけられるかもしれない。やっかいなことになる」であり、もう一つは「これは面白い経験ができそうだ。記事に書ける」だった。
ただ私も言うべきことは言わないといけないと思い、「この車はレンタカーで、空港でちゃんと手続きをして借りている。国際免許証が使えないとは言われなかったし、そうであれば車を貸しだしたレンタカー会社に責任があるはずだ。私に非はない」と一気に言った。そして「私はジャーナリストで、いま予備選の取材をしているところだ」とつけ加えた。
すると警察官は「このままではまた車を停められた時に逮捕されるかもしれないので、空港まで戻ってください」とだけ言って、引き下がっていった。心の中で「エッ、逮捕しないの。もう行っちゃうの?」という思いと同時に「ヨッシ!」との叫びもあった。
そのあとも私は同じ国際免許証を使って同じ車を運転しつづけた。現地を出発する日に空港で返却したとき、警察官に停められた話をすると、「それはおかしい」とだけ言われ、あれはいったい何だったのかとの思いがある。
本当に何だったのだろうか?