浅田真央が引退を発表した。
Photo by Yasuo Ohta
素晴らしい選手だったし、人柄も素晴らしいし(きっと)、ほとんどの日本人が「お疲れさまでした」という思いを抱いていると思う。ただ「もう少し観ていたかった」という思いがあるのも事実だ。
一度だけナマの浅田を目にしたことがある。ソチ五輪から帰国した日、日本外国特派員協会の記者会見に現れた時だ(浅田真央の視線)。
こなれた言葉づかい。優美なまなざし。穏やかな佇まい。
記者会見というスポットライトがあたる場なので、ほとんどの人は自分の汚点を見せないようにする。その点を考慮したとしても、浅田からは卑屈さやささくれ立ったところが微塵も感じられなかった。
1時間も記者たちと相対していると、心が荒んでいる人は、口調や表情に負の部分が表れる。だが浅田はそうしたネガティブな面を持ち合わせていないかのような風情で、凛としていた。
今日(12日)の会見を映像で観たが、3年前と同じ姿態ですがすがしい。引退会見なので、厳しい質問はでなかった。
だが、何故1人の記者も彼女の本音を訊かなかったのか。
「五輪の金メダルをとるまでは、との思いは無くなったのか」
この質問をしたら、浅田は泣いてしまったかもしれない。
浅田をスケート選手としてここまで昇華させ、継続させたのは「金メダルをとるまでは」という思い入れがあったからだろう。
それはスキージャンプの葛西紀明と同じだからだ。