堀田佳男 Profile
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メタ情報
カテゴリー: 中国,国際事情 ― 2008年11月30日
上海の夜

アメリカ大統領選挙が終わってすぐ、航路で上海に渡った。

「堀田さん、船に乗って原稿を2、3本書きませんか」というお誘いに嬉々としてうなづいた。

船は横浜港からまっすぐ西進せず、瀬戸内海の島々を抜けてから豊後水道を南下し、それから東シナ海を横断する航路をとった。

飛行機であれば、成田から上海まで約3時間だが、ゆったり旅は4泊5日で進む。ありがたいことである。ただ、携帯電話もインターネットも使えないというのは、私のようなフリーで生きている人間にとっては仕事の依頼を失うことでもある。だが、開き直るしかない。

日常からの脱出をはかると、思わぬところで思わぬ発見がある。まず人との会話に深みが増す。自分自身について深く考える機会ができるので、思索と呼べるほど大したものではないが考えに深度が増す。

ただ残念なのは、船から降りるとまたいつもの私なのである。上海について携帯電話とインターネットの環境が整うと、すぐに忙しさの中に自身を埋没させてしまう。それで安心感があるというのはどういうことなのだろう。都市生活の弊害と言ってしまえばそれまでだが、もう逃れられないところまできている。

上海は相変わらずの風景だった。新築高層マンションの10メートル横には、今にも朽ち果ててしまいそうな古い民家が並んでいる。民家の二階の窓からは洗濯物が干されている。

それはパリコレでスポットライトを浴びる180センチの女性モデルと、着古したパジャマのまま路傍にたたずむ148センチの歯の抜けた老婆が並んでいる風景である。超近代と昭和30年代の日本の混在という風景は5年前と同じである。

「中国は半年行かないと風景がガラッと変わる」と中国通の知人に言われるが、私にとってはまだ想定内である。

この前まであった民家がなくなって高層ビルが建設されているという点ではあたっているし、以前まで農地だった浦東地区にマンションが建ったということでは見ていて面白いが、都市風景という視点からの上海は何も変わっていない。

世界で2番目に高い「上海環球金融中心(上海ヒルズ)」の最上階に上がって町の夜景を見ても、きらびやかさは増したが、あと5年たっても148センチの老婆の身長は伸びない。そんな印象である。上海の夜景が途切れる地平線の向こうはまだ暗黒である。

中国の本当の強さはそうした老婆がすべて他界したあとにくるのだろうと思う。漠然としているが、15年先というのが私の見立てである。

その時はほとんどすべての経済指標で中国は日本の上を行くだろう。IMD(スイスの国際経営開発研究所)が毎年発表する国際競争力のランクで、日本はすでに22位である。

上海の夜景を眺めながら、日本の不穏な行く先を憂うのである。

カテゴリー: アメリカ大統領選 ― 2008年11月14日
変わる面白さ

「ライフワーク」と自称している大統領選挙は、予想通りオバマ勝利に終わった。

多くの媒体から執筆やコメント、出演の依頼を受け、出せるものはほとんど吐き出してしまったという印象が強い。6月初旬、オバマがヒラリーを破って民主党代表候補に決まったときから、11月の本選挙で彼が勝つことは疑う余地がなかった。

共和党大会の前後で「ペイリン現象」なるものが生じたが、それは短期的な時流であって、底流に流れるオバマ支持にはほとんど影響がなかった。それは安心して見ていられた。

だが私は、今年の選挙で二つの過ちを犯した。拙著に記したことが外れたのである。民主党ではヒラリー、共和党ではジュリアーニが本命と書いた。本の原稿を書き終えたのが昨年11月末だったことは言い訳にならない。なぜなら、拙著を読んでいただくのは今年だからである。

昨年の今頃、ヒラリーはオバマに10ポイント以上の差をつけていた。ヒラリーは集金額でもオバマに大きく差をつけていた。ジュリアーニしかりである。だが、結局はヒラリーもジュリアーニも過去の人となり、見事に外れた。

新聞社にいる記者であったら更迭もあったかもしれない。大手新聞社の友人は以前、「政局を外したら部内でなんらかの仕打ちがある」と話していた。フリーランスという立場はありがたく、「どうして外したんですか」と正面から言ってきた人は一人だけだった。

投・開票日はテレビのナマ番組にコメンテーターとして出演し、オバマ次期大統領誕生の瞬間をテレビの中から観られたが、あまりにも予想通りの展開だったので拍子ぬけした。

アメリカの政治勢力図は2000年から変化していない。オバマは、04年にケリーが勝った全州を奪うことは容易に予想できたし、その上でオハイオかフロリダのどちらかで勝てば勝利する流れだった。結局、両州だけでなくバージニア、ノースカロライナ、インディアナという激戦州もオバマが勝ち、圧勝に終わった。

日本では、南部諸州はほぼ無条件で共和党にいくと思っている方がいるが、間違いである。候補の出身地が大きく獲得州に関与する。たとえばカーターが勝った76年、テキサスからルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ、ジョージアと続くディープサウスはすべて民主党に流れた。カーターがジョージア州出身だったからである。

逆に80年のレーガンは、現在のリベラル州の代表であるカリフォルニアを確実に獲った。もちろんレーガンがカリフォルニア州知事だったからである。92年、アーカンソー出身のクリントンは同州の他、南部ではルイジアナ、ジョージア、テネシーを奪った。 

オバマが再選をめざす2012年の勢力図は、現在とほぼ同じと予想される。しかし、共和党がカリフォルニア出身の強力な候補を立てると事態は変わってくる。

「変わる面白さ」がアメリカの政治であると知ったのはずいぶん昔のことである。(敬称略)

カテゴリー: アフリカ,国際事情 ― 2008年10月26日
地球の裏側

取材で西アフリカのガーナを訪れていた。

町の景色は中米の田舎に似ていた。バナナやパパイアといった熱帯植物が町のいたるところに見られ、露天商が路肩に粗末な木製の台を置いてフルーツや野菜を売っている。ヤギが道に戯れ、陽光が頬にあたるとじりじりと皮がむけそうに痛い。自動車の排気ガスの臭いが鼻につくところも同じだ。中米と違うのは、周囲にいる人間を100人無作為に選ぶと全員が黒人である点だ。

今回、彼らの肌の色にばらつきがあることを知った。これまで、西アフリカの黒人たちは全員がつやのある「漆黒の肌」をしていると思っていた。25年前、ワシントンでコートジボアール出身のアリという学生とアメリカ人青年と私の3人で、小さな一軒家を借りて住んだことがある。

アリは夜になると「消えた」。それほど黒かった。「白人の血は混ざっていない」と胸を張っていた。「ブラック イズ ビューティフル」という言葉があるが、そのフレーズに嘘はないと思った。

逆にアメリカにいる黒人たちは、祖先のどこかで白人とまざっている確率が高いため、ほとんどの黒人は薄い黒色をしている。オバマのような色合いの人がほとんどだ。彼らのルーツは奴隷貿易によって売買されたアフリカ人女性と白人の間に生まれた子供たちである。それはアフリカを離れた後のことだ。

ところが今回ガーナを訪れて、ハッとさせられた。アフリカに残った黒人たちの中にも「ハーフ」がいたのである。やはり現地で取材しないと見えないものがある。

ガーナは西アフリカ最大の奴隷貿易の交易所があったところで、奴隷の総数は1000万人を超えた。コロンブスが西インド諸島に到達する約50年ほど前、まずポルトガル人が入植した。そしてオランダ人、イギリス人への引き継がれていく。「ハーフ」は次のようにしてガーナで誕生した。

海岸沿いに建つ城がある。世界遺産に登録されているエルミナ城だ。最上階には奴隷貿易を総監するオランダ人総督が住んでいた。城の1階には奴隷の女性たちが水浴びをする場所があり、総督は上からその様子を眺めながら、気に入った女性を自分の部屋に引き入れた。女性が妊娠すると、総督は売り払わずに解放した。少しばかりの情けである。その子孫たちがいまでもムラート(黒人と白人との混血)として現地にいる。

私はガーナ人にとって、肌の色というのは黒ければ黒いほど誇らしいものと思っていた。だが、逆だった。ホワイトへの憧れはかなり強いものがある。少しでも白くなりたいという意識が心中に潜んでいると現地で聴いた。

もう一つ学んだことは、ガーナ奥地から奴隷として連行さえた黒人たちは、やはり黒人の奴隷狩りによって強制的に連れてこられたことである。金品に目がくらんだ同胞が、同じ肌の人間を白人に売り渡したのだ。そうした事実について、ガーナではつい最近まで深く検証されることはなかったという。過去の暗い部分には蓋をしておきたいという意識だ。奴隷貿易についての最初のガーナ国内会議が開かれたのは21世紀に入ってからである。

奴隷の売買というと、ついアメリカ人を連想しがちだが、直接アフリカに出向いて奴隷船に黒人たちを乗せたのはヨーロッパ人であり、奴隷たちのほとんどは西インド諸島に送られた。アメリカの黒人たちは西インド諸島から二次売買されたあと、南部の綿花プランテーションなどで強制的に労働させられている。

近年、最後の到達地であるアメリカから、多くの黒人たちがガーナを訪れている。いわゆるルーツの旅だ。中にはガーナにUターンして移住する者もいるが、ガーナ人たちからは「白人」扱いされ、居場所がないという。ホワイトへのあこがれがある一方で、少しでも白人の血が混ざった彼らを「白人」扱いする矛盾が垣間見られる。

人種問題はなにもアメリカだけではない。アフリカにも歴然と残っていた。

カテゴリー: アメリカ大統領選 ― 2008年10月4日
日米の民主党リーダーへ

大統領選挙は本選挙(11月4日)まであと1か月となった。

多くの方がすでにご承知のように、形勢はオバマ有利で流れている。私はマケインとオバマの戦いについては、ずっとオバマ有利と各種メディアで書いてきた。6月5日のブログ(本選挙の票読み)でも、すでにオバマ優勢と記した。いまでは4カ月前よりもオバマへの追い風が強いし、1か月後、よほどのことがない限り「オバマ大統領誕生」というニュースが世界を駆け巡ると思っている。

9月26日にミシシッピー州で行われた第1回討論会直前、メディアだけでなく政治評論家の多くが討論会の出来いかんで流れが変わるという ニュアンスであった。10月2日の副大統領候補の討論会も同じで、選挙終盤になった今、もっとも大切なのは討論会といわんばかりの空気でさえある。

マケインとオバマは今月7日と15日にも討論会を行うが、何千万人もの有権者が観るわりには、10月に入った段階で、討論会後に支持候補を変える人は少ない。さらに討論会の前後で支持率に大きな変化は生まれない。過去何十年も同じ現象が起きており、今年も同じことが繰り返されている。だが、現場の記者は初めて大統領選をカバーする者も多く、「討論会が決めてになる」と興奮しがちである。討論会のもつ意味を熟慮していないのだ。

私が散見したメディア関係者の中で「支持率は変わらない」という事実をしっかり述べていたのは、CNNの政治分析家ビル・シュナイダーくらいである。さすがにわかっている。インターネットをはじめとして、テレビ、新聞、雑誌といった媒体数と情報量がふえ、今の段階にきて、いまだにマケインかオバマを決めかねている有権者は時代遅れもはなはだしい。

1時間半の討論会を観たあとに支持者を決めるという有権者は、過去2年弱におよぶ大統領選にほとんど関心を払っていなかったことを証明しているようなものである。有権者の30%は民主・共和両党に属さない独立派(インディペンデント)で、確かに態度を決めかねている人はいるが、日本のように公示から投票日まで2週間という短期の戦いではない。アメリカ大統領選での討論会というのは、改めて自分の支持する候補の政策と、政治家として重要な弁論術を「眺める」時間なのである。

たとえば92年の討論会で、パパブッシュとクリントンの支持率は開始前、それぞれ35%対52%だったが、3回の討論会が終了したあと、支持率は34%対43%でむしろクリントンの方が下降した。2000年のブッシュ対ゴアでも46%44%という数字は討論会前後でほとんど変化がなかった。今年も同じである。

支持率が現在オバマ有利に動いているのは、討論会の出来・不出来からではなく、経済危機に絡む市場の混乱と国民が抱えるアメリカ経済への不安感が共和党(現政権)に対して不利に働いているからである。今後1か月、株価の乱高下が繰り返され、銀行倒産などのニュースが流れれば流れるほどオバマ有利に傾く現象は加速する。

日本民主党はすぐにでもアメリカ民主党とオバマの外交担当者に接触すべきである。すでに遅いくらいだが、民主党(次期首相)は直接オバマ政権にアクセスできる外交ルートを今からつくっておくべきである。(敬称略)

カテゴリー: アメリカ大統領選 ― 2008年9月17日
がっぷり四つ

自民党の総裁選は9月10日の告示からはじまり、22日の両院議員総会(投・開票)まで2週間弱の戦いである。その間に討論会や街頭演説会があり、候補はくたくただろう。だが、アメリカの大統領候補は同じようなことを2年弱もつづけるのである。体力がないと続けられない。それ以上に、2年も続ける無駄をアメリカ国民は自覚していながら改められないでいる。

選挙システムの改正案は、過去何度も連邦議会に提出されては棄却されてきた。議員たちの過半数が結局のところ、「このままでいい」と思っているから変わらない。マイナーなルール改正はずいぶんとされたが、選挙期間を限定するまでにはいたっていない。

アメリカの大統領選挙には選挙期間がなく、2年という期間は出馬宣言をしてからの話であり、それ事前から活動しても誰もとがめない。激戦州と呼ばれる州に、4年間で100回以上も通った候補は過去何人もいた。それだけやっても当選しない人もおり、嗚呼、、、、というため息しかでない。

大統領選挙は投票日(11月4日)まで50日を切った。民主党オバマと共和党マケインは現在、土俵の中央でがっぷり四つに組んだまま動かないといった状況だ。8月下旬の民主党大会直後、両者の支持率は50%42%(ギャラップ調査)でオバマがリードしていた。党大会によるバウンス(はね上がり)現象である。

一方、9月1日から行われた共和党大会直後はマケインへのバウンス現象があり、今度はマケインが49%対44%とリードしたが、9月16日の最新世論調査ではほぼ互角に戻った。副大統領候補の「ペイリン人気」も10日間でほぼ落ち着いた。ギャラップ調査は、一般有権者が時流をどう感じ取っているかということを探るうえで貴重だが、民意の総体をあらわしてはいない。

相関関係はあるが、特定候補への本質的な支持率は過去半年、ほとんど揺らいでいないのだ。メディアにはあまり登場しないが、アメリカの政治学者たちは過去何十年にもわたって当選予想モデルをつかって勝者をいい当ててきている。学者によってモデルは違うが、いくつもの経済指標や党内状勢、社会現象を数値化して公式にいれて計算している。

そのほとんどのモデルでオバマ有利という結果がでている。一つは52.2%対48.8%という値だ。過去半年を振り返ると、実はオバマがマケインを2~3%差でリードし続けている。この数字は党大会や討論会直後であっても変化せず、有権者の根底に流れる意向を表しているといわれる。

問題がひとつある。一般投票数でオバマが勝っても、選挙人数で負けるかもしれないのだ。2000年のゴアのような惨劇がふたたび起こる可能性もある。そこにもアメリカの選挙制度の欠点が垣間見られる。(敬称略)