旅が教えてくれるもの

先週末に瀬戸内海の小豆島を訪れていたが(ここはどこでしょう)、久しぶりに東京を離れると、普段の生活がいかに限定的で単調であるかがよくわかる。それが日常というものなのかもしれないが、「殻を破る」ということによって新しい空間や景色を体感でき、心の中に別世界が広がるような気がする。新しい人との出会いだけでなく、車窓から眺めた風景がしばらく心の片隅に残り、それがエネルギーの源泉になることもある。

これまで世界中を旅してきたが、旅のよさの一つは予期せぬものとの遭遇である。ガイド本やネットで旅先の情報を読み込んでいっても、自分の心を打つ光景が突然目の前に現れるという状況は読めない。船で海をいくことは最初からわかっていても、その途上で目にする島々の美しさは想像を超えている。何キロも先にある島のむこうにまた別の島があり、その遥か向こうに緑豊かな大きな島が見えると、しばし見入ってしまう。

その風景を目に焼きつけながら、人間の小ささや命の儚さといったことを考えるという作業は都会では無理がある。山手線から見えるビルを眺めても何の閃きも起こらない。生活にオオトツ(凹凸)がないことで、日常生活を支障なくおくれるという考え方もあるが、旅に出ることで日常生活を脱して新しい息吹を感じることは、人間にとって大変重要なのだと改めて思った。

さらに旅にでると、普段考えないことをさまざまな視点から眺めて熟慮することができるという点でも貴重である。立ち止まり、そこからワンステップ先に歩を進め、さらに立ち止まって一考してから行動に移す。

これからも旅をしていくことで明日へのエネルギーにつなげていきたいと考えている。

戦争は人を幸せにしない

あたり前のことだが、改めて記してみた。

というのも、21世紀になってすでに四半世紀が過ぎようとしているのに、世界ではいまだに戦争が勃発しており、懲りない人たちが後を絶たない。イスラエルは今月13日に、イラン各地にある核関連施設や軍事施設などに大規模攻撃をしかけた。「またイスラエルか・・・」というのが正直な気持ちだが、イランも黙ってはおらず、翌14日には弾道ミサイルや無人機でイスラエルの軍事拠点や空軍基地などを攻撃した。

イランの国営テレビは、革命防衛隊の幹部がイスラエルへの報復として、これまでに150の標的を攻撃したとしたうえで「作戦は必要なだけ続く」と発表し、両国は全面戦争に突入したかにみえる。「やられたらやり返す」という負の連鎖が世界ではいまだにいきており、どちらかが冷静になって話し合いをするという方向には向かない。

戦争のおぞましい一面は「ひとたび戦いが始まれば勝つまでは止めない」という意識があることで、いくら人類が叡知を積み上げてすばらしい文明を築きあげても、殺し合いによってすべてがマイナスに転化されてしまう。

人間は戦うという悪の根源を体内に隠し持っているかのようで、情けなくなる。少なくとも日本人は戦後80年、他国と戦火を交えていないので、他国との軋轢が生じてもこのまま武力を使わずにいてほしいと思う。

低出生率の罠

今朝(6月12日)の朝日新聞の天声人語で、「低出生率の罠」というテーマが論じられている。低出生率は文字通り、日本を含めた東アジアや西ヨーロッパの国々で、出生率が低いことで人口減少が起こり、さまざまな問題が起こることを指すが、この「罠」という言葉は低出生率によって、女性たちはさらに子どもを産まなくなことをいう。

天声人語の中で英国の人口学者ポール・モーランド氏の近著『人口は未来を語る』という本が紹介されていて、出生率が低下すると子どもをもつことへの意識や価値観が変わり、今まで以上に出生率が下がるという指摘があった。

ただ私が知る限り、 オーストリアの人口学者のヴォルフガング・ルッツ氏が2006年に発表した論文に、すでに「低出生率が長く続くと、少子化から抜け出せなくなる」とする「低出生率の罠」が問題提起されている。

そこではまず、親の人口が減れば当然ながら出生数は減少するという事実が指摘されたあと、「兄弟が少ない環境で育った子どもたちは、少なくても良いと考える」可能性が高いと述べられている。さらに、親の世代よりも経済的に豊かになれないと思う子どもたちは、多くの子どもを作ろうとは思わなくなるというのだ。考えてみれば必然的なことで、社会が子どもを必要としているという漠然とした思いが各々にない以上、子どもを産もうとは思わなくなる。

東アジア諸国の合計特殊出生率(2023)をみると、日本が1.20であるのに対して中国は1.00、台湾は0.87、韓国が0.72でいずれも日本より低い。これからいったいどうなるのだろうか。

長嶋さん、さようなら

ご多分にもれず、私も長嶋茂雄氏の大ファンだった。小・中時代には巨人戦の「ナイター」をよく観たし、ジャイアンツが負けても長嶋氏が3打数2安打であれば嬉しかった。小さい頃、銭湯に通う時期があり、その時下駄箱の番号はいつも「3」を求めたが、ほとんどの場合、先に取られていた。みな同じことを考えていたのだ。

三振をしても、その空振りのシーンに心を揺さぶられた。そこからは熱いものが伝わってきていて、バットがボールに当たらなくとも力いっぱい振ることの大切さ、失敗しても何事も全力でやることの肝要さを教えられた気がする。何度か家族で後楽園球場(東京ドームの前身)に巨人戦を観に行ったときに、実際の長嶋氏を遠目で観たことがあるだけで、お目にかかったことはなかったが、ずっとファンだった。

いつかはこういう日が来ることはわかっていたが、やはり「長嶋茂雄死亡」というニュースは悲しい。ご冥福をお祈りいたします。

増え続ける独身者

数日前、ネット上に『「50歳で独身」急増、「友人0人」半数以上・・』というタイトルの記事が載った。独身者が増えているという話は以前から耳にしていたし、周囲を見回してみても、確かに結婚していない人は少なくない(「50歳で独身」急増、「友人0人」半数以上…孤独迫る「ミドル・シニア未婚者」なぜ若いうちに結婚しなかったのか?)。

それは個人の選択肢が多様化し、一人でいるということを積極的に選んでいる生き方ともいえるし、同時に結婚したいができていないということであるのかもしれない。記事中には統計数字が示されていて、「結婚したくないし、子どももほしくない」という人が33.2%で、独身でいる理由としてはもっとも多かった。ただ「結婚をして子どもを持ちたかった」と答えた人も28.2%おり、ほぼ半々であることがわかる。

他の理由としては、「結婚したいと思える人に会えなかった」や「一人の生活が好きだった」、「自分のための時間がほしかった」といったものがある。

社会全体としては、独身者が増えることで少子化が加速し、今後ますます人口減の傾向が強まることが予想される。それ以上に問題であると思われるのが「友人0人」という数字である。これはミドル・シニア層の数字だが、「悩みを相談できる友人」というカテゴリーで、男性では50.4%が0人だった。ただ女性は42%が2〜3人で、男性よりも女性の方が友人が多いということがわかる。

積極的に独身という生き方を選んでいるのならいいが、社会の中でより多くの人が孤独化することは問題であり、個人レベルで前向きに考えていく必要がある。(孤独の時代