トランプがノーベル平和賞?

今月10日に発表されるノーベル平和賞は誰が受賞するのか?

すでにさまざまなところで議論が巻き起こり、有力候補の名前も挙がっている。その中の一人が米ドナルド・トランプであることはある意味で驚くべきことで、本人は「オレ以外にいったい誰が受賞者になるのだ」といわんばかりの態度で、「もうオレに決まり」といった言動がメディアから伝わってくる。

今年のノーベル平和賞の候補者は338で、そのうち個人が244、団体が94となっている。ただノルウェーのノーベル財団は決して候補名を明かさず、候補者数だけを公表しているので、トランプが本当に候補にあがっているかどうかは不明なままだ。

しかも、候補を指名するための締め切りは今年の1月31日だったので、トランプが指名されているとしたら、大統領就任式(2025年1月20日)直後に指名されたということになる。トランプはノーベル賞が自分に授与されなければ、「我が国(米国)にとって大きな侮辱になる」とまで発言しており、個人的には思い上がりも甚だしいと考える。

ワシントン・ポスト紙が9月中旬に実施した調査では、回答者の76%が「トランプはノーベル賞には値しない」と回答しており、否定的な見方をしている。さらに60%の人はロシアとウクライナの問題でもうまく対応できていないとみており、ノーベル平和賞には程遠いという印象だ。 (敬称略)

翻訳イヤホンの驚異

米アップル社は先週、ワイヤレスイヤホン(AirPods Pro 3 )を発表したが、驚くべき機能は人工知能(AI)を使って同時通訳をしてくれることだ。日本語対応の機種が売り出されるのはまだ先だが、それでも年内には発売される予定だという。

つまり、 外国語の知識がなくとも 、このイヤホンをしている限り、目の前にいる外国人とコミュニケーションがとれるようになるわけだ。どこまで正確に、迅速に通訳してくれるかはわからないが、時間が経つにしたがい、精度とスピードは増していくだろうから、「AI通訳イヤホン」はこれから引っ張りだこになるかもしれない。

そうなると人間の通訳がいらなくなるばかりか、ゆくゆくは外国語をわざわざ学ぶ必要がなくなるという段階に入るかもしれない(たぶんならない)。 これまでずっと英語を勉強してきた私としては機先を制されるという思いがないこともないが、本当に使い勝手がよければ、一人一機という時代がくるかもしれない。

・・・もちろん機械に頼らず自分で理解できることがベストなのだが・・・

敬老の日

以前は敬老の日というのは人ごとでしかなかったが、自分がすでに68歳で、高齢者になってしまったので、当事者として敬老の日を迎えている。

高齢者専門の精神科医である和田秀樹の本を読んでいると、ハッとさせられる指摘が次々とでてくる。たとえば、医学が進歩して、死に至るような病気が克服されて寿命がのびることはあっても、脳の老化を止めたり、脳を再生したりすることはできないということである。

肝臓や腎臓、肌なども、その細胞は細胞分裂をしているので、時間とともに新しい細胞に入れ替わるが、「唯一、脳だけは原則的に新しい細胞をつくらない臓器なのです。脳の神経細胞は、細胞分裂をしないで、同じ細胞を使い続けます」(和田氏)と述べる。さらに85歳になると、誰しもがアルツハイマーになるという。

「軽重の差はあっても、85歳を過ぎればみな、脳の病理としてはアルツハイマーになっているのが普通なのです」

それではどうしたらいいのか。いくつもアドバイスがでている。①引退してはいけない、②肉を食べる(ことが老いを遠ざける)、③陽の光をあびる、④変化のある生活をする、⑤ダイエットをしてはいけない、⑥血圧、血糖値はコントロールし過ぎない、といった項目が私の目を惹いた。老いを完全にとめることはできないしても、諍うことは必要だろうかと思う。少しでも抵抗していきたい。

戦争という塵芥(ちりあくた)

いきなり「塵芥」というあまり聞きなれない言葉を出したが、この言葉の意味は、ちりやくずなどの不要なもののことで、戦争こそが人類でもっとも不必要な塵芥なのだろうかと思う。当欄でも過去何度か記しているが、戦争が悲劇しか生まないことはすでに歴史が証明しており、ほとんどの方が無益な行為であると分かっていても、無くなるようには見えない。

9日もイスラエルがカタールに駐在するイスラム組織ハマス幹部を標的とする空爆を実施した。イスラエルはいま停戦交渉の最中のはずだが、ハマス掃討作戦を仲介国にまで広げるという暴挙に出た。

そうかと思えば、ロシアによるウクライナに対する軍事侵攻も続いたままで、大勢の市民が国外に避難している。ロシアは9日、ウクライナ東部ドネツク州の集落を空爆し、年金を受け取りに来ていた高齢者24人を死亡させた。

人類がいつかは戦争という悪行の邪悪性と陰湿性を認識し、ブレーキをかけて2度と繰り返さなくなるかもしれないとの希望的観測を持っているが、その願いが叶う日はまず訪れないということも承知している。身内が他者に殺されるという悲劇を真剣に考えたことがあるのだろうか。決してあってはならない惨事をまのあたりにすれば、誰とでも平穏に暮らそうと思うはずだが、そうならないのはいったい何故なのだろうか・・・。

相撲の魅力

私は以前から大相撲が好きで、場所が開かれている時は時間が許される限り、テレビで取り組みを観ている。年代的に大鵬が活躍していた時代(1971年引退)から観ているので、相撲ファンと言ってもいいかもしれないが、国技館に行って声援を送るほどではない。

いま大相撲は大変な人気で、今年1月の初場所から7月の名古屋場所まで4場所連続で入場券は完売だったという。理由の一つは訪日外国人が国技館に押し寄せているからで、場所中は1日2000人が足を運んだという。これはチケット全体の約2割にあたる。

以前から外国人の間での相撲人気は高かったが、最近は旅行会社が相撲観戦のパッケージツアーを提供しているばかりか、日本相撲協会も英語版のユーチューブチャンネルを開設しているので、さらに人気が高まっている。登録者は170カ国以上におよんでいる。ただ、外国人の間で人気は高いが、国内では問題もある。

というのも、新弟子数が減り続けているのだ。2006年以降は18年連続で年間の新弟子数が100人を下回り、2023年には新弟子がゼロの場所もあった。外国人には受けていても、日本人の若者は相撲に対して強い興味を抱けない傾向がある。考えてみれば、多くの若者の共通認識として「デブよりもスリム」が好まれるため、相撲取りの体型は「時代の逆」であることから、よほど相撲に対して強い思い入れがない限り、相撲は敬遠されてしまう。

古いしきたりを改めるだけでなく、待遇面でも幕下以下の力士にも給料を支給するなどの新しいシステムを取り入れて、日本人の若者が「ぜひ力士になりたい」と思えるような角界を作っていってほしいと思う。