危険国に向かうということ

毎日世界中でいろいろなニュースが起き、物凄い本数の記事や映像が溢れている。できるだけ多くの事象に接するようにしているが、限界がある。いくら「好きなことを仕事にした」とはいえ、すべてのニュース分野で精通できるわけではない。

アメリカで中間選挙の取材をしていると、オバマやヒラリーなどに宛てた爆発物送付事件が起きて、メディアの関心が一気にそちらにシフトしてしまった。日本の新聞では爆発物送付事件としているが、死傷者がでていなくとも紛れもないテロリズムであり、テロ未遂事件とすべきだろう。すでに容疑者は逮捕された。

日本のニュースに眼を向けると、日中首脳会談を筆頭に、安田純平が無事に帰国したニュースが伝わる。無事でなによりだったと思うが、安田の言動にはいま賛否両論がまきおきている。

彼については2016年3月19日の当ブログで私見を述べたとおり、私はいまでもシリア入国は無謀だったと考えている。戦場ジャーナリストという点では、15年2月(同じジャーナリストとして思うこと)でも書いたとおりで、考えに変化はない。安田の今回の帰国は残念だが「負け」であり、シリアでの丸腰の取材は私にいわせれば無謀と言わざるを得ない。

こうした形での帰国はたぶん、実は本人がもっとも無念に思っているだろうと思う。リスクが伴うことは最初から彼はよく理解していただろうし、拘束され、また殺害される危険性も認識してシリアに入ったはずだ。だが、アルカイダ系のヌスラ戦線の支配地域に足を踏み入れることは、丸腰で犯罪者組織に分け入っていくようなものでしかなかった。

日本政府が渡航自粛といったところで、私も北朝鮮やホンジュラスなどに入って取材をしてきたし、危険国でのリスクはよく分かっているつもりだ。国や地域、さらに時間の経過によって状況が変わり、リスクも変化する。それでも自分の身を守ってこその取材のはずだ。

私がヌスラ戦線の兵士であったら、安田と出会ってまずスパイであることを疑う。ジャーナリストと名乗っても、もっともカモフラージュしやすい職種であるため拘束する。シリアの状況は3年前と少しちがうが、戦場であることに違いはない。身代金を取るビジネスの一環として利用しさえするだろう。

フリーのジャーナリストが現地に入ることで「テロ抑止力が少しは働く」「誰かが報道しなければ」といった意見があるが、希薄で曖昧な言説だと思う。ジャーナリストの仕事に価値を置いていただけるのは嬉しいが、世界を動かすことはそれほど易しくないのが現実だ。

私が行くなら漠然と領内にはいるのではなく、アラビア語をマスターし、あらゆる手をつくしてヌスラ戦線の首領のインタビューをとりつけたり、内部情報提供者を確保するなどの具体的な計画の段取りができないかぎり入国しない。そして民兵をつけるか米兵に帯同する。

彼らがどういった悪行を繰り返してきたのか、被害者の声を聴かなくてはいけない。彼らの胸ぐらをつかみにいくくらい内容のある報道でないと、何が変わるというのか。それができずして、単に現地入りするのはリスクが高すぎる。(敬称略)