タクシーの中へ(2)

3月4日のブログ「タクシーの中へ」を書いたあとも、相変わらず乗っている。

50歳前後と思われる運転手さんは最初から笑顔だった。

「お待たせいたしました」

いろいろと話ができるかもしれない。そんな予感がしたので少し嬉しくなる。

運転手さんの方から話をしてくる話題は天気とスポーツ、その日のニュースや景気などが多い。悪くはないが、深い話ができそうな気がする時は、私はいきなり「ちょっと訊いてもいいですか」と言って切り込むことがある。

「いちばんおしゃべりなお客さんというのはどういう人ですか」

ドライバーは困った様子もなく即答した。

「おばさんですね。乗ってから降りるまで、自分のことだけを話していく人がいます。男性、特に若い男性はしゃべらないです」

男性の客は、若者でも中年でも、1人で乗車するとほとんど無口だという。恥ずかしがり屋が多いというより、他人とコミュニケーションを積極的にとることに違和感があるのかもしれない。もちろん酒が入ると一変する場合があることは推察される通りだ。

「カップルで乗られた時は女性よりも男性の方が饒舌なことが多いですね」

密室の中に一人だけ見知らぬ人(ドライバー)がいると、普段の会話とは微妙に言葉使いや内容が変化する。男の方が他者に対しての自己顕示欲が強いのかもしれない。

「いやあ、よくしゃべるオヤジだった」と思われているかもしれない。それでも訊きたいことがあるし、話したいこともある。

そういえば、妻から言われたことがあった。

「ちょっとおばさん、入っているかも」

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タクシーの中へ

私はマイカーを持たない。その代わり、タクシーにたくさん乗る。たくさんといっても年間200回くらいだ。

それだけ乗るなら車を持った方がいいと思われるかもしれない。けれども200回くらいだと、東京都内の移動はマイカーよりタクシーの方が総経費で安価である。

タクシーではなるべく運転手さんと話をするようにしている。饒舌な運転手さんはこちらが話しかけなくとも語りはじめるが、こちらから何かを切り出すと、物静かそうに見えた人でもおしゃべりなことが多い。

景気の話になるとほとんど例外なく、近年は「以前のようには稼げない」と寂しげだ。安倍内閣になってから、売上があがったという話は聴いたことがない。

むしろ先日、「ひどいもんですよ」と言った恰幅のいい運転手さんの声が耳に残っている。

20年以上前のバブル時代を経験した運転手さんたちは、勤務日数が増えても手取りは当時の半分からよくて3分2でしかないと言う。真偽のほどはわからないが、収入が減っていることは間違いないだろう。

ただタクシーという密閉された空間で交わされる会話というのが微妙に作為的で、どこまで本当のことを語っているかは疑わしい。それは客側も運転手側も同様で、数十分間の「ご対面」ですべてを晒すことの方がむしろ不自然かもしれない。

互いに相手の様子をうかがいながら、どこまで言うべきかを瞬時に判断している。会話時間に制限があり、なおかつ2度とこの人には合わない可能性の方が高いことを両者は熟知している。

そこには多かれ少なかれウソが入る。ウソというより、自分はこう見られたいという邪念がタクシー内に漂うことがある。タモリはプライベートでタクシーに乗る時は素性がバレない限りさまざまな職業になりすますと言っている。

そこがスリリングで楽しい。そうした中にも真実が垣間見られるので、日常の中の小さな冒険と呼べるかもしれない。

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