ブラックヒール

数日前、ある異変に気づいた。

風呂に入っている時、右足のかかとに黒いあざができている。少なくとも2カ月前にはなかったものだ。最初は何かが付着していると思い、こすってみたが落ちない。強くこすっても剥がれない。

「これはまずい」

脳裏にはすぐにメラノーマ(悪性黒色腫)という言葉が浮かぶ。足の裏やかかとは普段、注意深く見ないところである。気づかなかった。大きさは横が9ミリ、縦が6ミリ。

ネットで調べると悪いことばかりが眼について力が失せる。「気づいた時には遠くの臓器に転移している可能性が高い(50%)」、「急速に大きくなり、直径5ミリ以上になったものは要注意」、「色素斑の周囲がぎざぎざに不整になったりしている」といった特徴はすべてあてはまる。若年層でも発生するが、歳をとるにしたがって罹患率が高くなるとの指摘もある。

「これはまずい」

翌朝、すぐに皮膚科に行くことにした。それも大学病院の皮膚科に直接行くことにした。ネットで検索すると、その日の午前中に皮膚腫瘍を専門にしている医師が診察していることがわかる。

アメリカから日本に戻ってきてよかったと思うのはこういう時である。アメリカでは予約なしに皮膚科医に診てもらうことはほとんど無理である。救急病棟に行けば別だが、風邪でも腹痛でも予約をして病院にいくのが前提だ。

ましてや大学病院に紹介状もなく、朝一番で行って診てもらうことは「常識がない」と思われても仕方がない。しかも、医療保険に入っていても医療費はかなりの額を支払う覚悟が必要だ。

その日の朝、綺麗な大学病院は混んでいなかった。4人の皮膚科医が4つの部屋に別れて診察していた。自分の番号が部屋の外にある電光掲示板に示されてから入室する。

鼓動が少しだけ速まる。もしメラノーマであれば何をまずすべきだろうか。ネットでは余命1年と診断された患者さんの話もでていた。そうなった時、何がプライオリティーになるか、、、。

日に焼けた皮膚科医はいくつかの質問を繰り出してきた。私はメラノーマの可能性を口にしたが、医師は少し微笑んでいるように見えた。

「それでは診ましょう」

右足の靴下を脱ぐ。黒い患部を示す。すぐにはっきりした口調で言われた。

「アー、これは違います」

少しだけほっとする。

「赤黒いでしょう」

医師はそう言いながら、大学の研究のために写真を撮らせてほしいと述べて、2台のカメラをもってきて接写した。その写真を示しながら説明してくれた。

「これはブラックヒールです。腫瘍ではないです」

ブラックヒールとは運動などによって足裏やかかとにできる内出血である。

「最近、過激な運動をしたりしましたか」

「定期的に走ったり、泳いだりしています」

ブラックヒールという名前すら知らなかった私は、新しい事をひとつ学んで帰路についた。

紹介状がないので3100円の初診料特定療養費の他に1000円強の診療費を支払うことになったが、安い授業料だと思っている。仮に1カ月以上経っても黒いあざが消えなかった時は、またブログでお知らせいたします。