「りくりゅうペア」登場

2月25日午後3時過ぎ、日本外国特派員協会(FCCJ)の記者会見に登場した「りくりゅうペア(三浦璃来・木原龍一)」。

長旅の後で、しかも連日多忙な日々を送っているはずだが、疲れも見せずに笑顔を振りまきながら質問に答えていた。

ミラノ五輪のショートプログラムの後、木原氏は随分と落ち込んで泣いたりもしていたが、三浦氏が「私たちは絶対にできる」というメッセージを彼に送ったことで、木原氏は「僕自身、落ち込んでいる場合じゃない」と自分を鼓舞し、元気になったという。だが「選手生活の中でこれほど泣いたことはない」と述懐した。

最後に4年後のオリンピックについての質問も出たが、「まだどうなるかわからない」と発言し、含みをもたせた。

沖縄そば

ときどき無性に食べたくなる沖縄そば。29日のランチに、有楽町交通会館地下1階にある沖縄そば専門「やんばる」に行ってきました。

相変わらずの味で、笑顔を携えて帰ってきました。

Winter rose

今日(1月21日)、ランチタイムに丸の内にある三菱一号館美術館の中庭を散歩していると、真っ白いバラが咲き誇っているのが目にとまった。

バラは通常、春(5~6月)と秋(10~11 月)に咲くが、種類によってはこのバラのように真冬に咲くものもある。ましてやホワイトローズだったので、すぐにパチリ。

野依良治登場

2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治氏(87)が16日昼、東京丸の内にある日本外国特派員協会の会見に現れた。最近、特に何か新しい発見をしたとか、ニュース性のある出来事を行ったというわけではない。同協会は著名人を定期的に招いていて、その一環として同氏を招待したのだ。

約1時間半の会見はすべて英語で、87歳とは思えないほどの流暢さと頭のキレを感じさせた。そして自分がノーベル賞を受賞したのは、「たぶん日本人だったから。日本人であることが当時は傑出した個性になっていた」と謙遜してみせた。さらにこうも言った。

「当時はハーバード大学などに頭のいい人がたくさんいた。私は特に頭がいいというわけではなかった」。そして最近の日本人の行動を嘆いてみせた。「日本人はいまあまり海外に出ようとしなくなってしまった。そのあとあまりいい仕事が見つからないということもあるようだ」

さらに日本人の研究者が書く論文数も減っているだけでなく、米国の大学から授与される博士号(Ph.D)の本数(2023年)も少なくなっているという。第1位は中国で6652人、2位はインドの2762人、3位は韓国で1109人。そして日本は25位で115人という低位に甘んじている。

野依氏は「日本人というのはある意味で唯一無二であると言っていい。それは誇れること」と述べる。そして日本人はまだまだ国内外で活躍できる資質を持っていると期待をかける。あとは我々がやるだけである。