戦争という塵芥(ちりあくた)

いきなり「塵芥」というあまり聞きなれない言葉を出したが、この言葉の意味は、ちりやくずなどの不要なもののことで、戦争こそが人類でもっとも不必要な塵芥なのだろうかと思う。当欄でも過去何度か記しているが、戦争が悲劇しか生まないことはすでに歴史が証明しており、ほとんどの方が無益な行為であると分かっていても、無くなるようには見えない。

9日もイスラエルがカタールに駐在するイスラム組織ハマス幹部を標的とする空爆を実施した。イスラエルはいま停戦交渉の最中のはずだが、ハマス掃討作戦を仲介国にまで広げるという暴挙に出た。

そうかと思えば、ロシアによるウクライナに対する軍事侵攻も続いたままで、大勢の市民が国外に避難している。ロシアは9日、ウクライナ東部ドネツク州の集落を空爆し、年金を受け取りに来ていた高齢者24人を死亡させた。

人類がいつかは戦争という悪行の邪悪性と陰湿性を認識し、ブレーキをかけて2度と繰り返さなくなるかもしれないとの希望的観測を持っているが、その願いが叶う日はまず訪れないということも承知している。身内が他者に殺されるという悲劇を真剣に考えたことがあるのだろうか。決してあってはならない惨事をまのあたりにすれば、誰とでも平穏に暮らそうと思うはずだが、そうならないのはいったい何故なのだろうか・・・。