長い間、米国が世界最初の禁煙国家になると思ってきた。

米国は日本以上にタバコへの締めつけが厳しく、禁煙国家への道を歩み続けているように見える。成人の喫煙率はすでに18.1%にまで低下している。遠くない将来に「タバコはもう全面的に禁止しよう」という連邦法が成立する可能性がある(米国は禁煙国家になるのか?)。

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トランスフォーマー

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上の写真をご覧になった方は、「ポーチ?」と思われるかもしれない。

紛れもない布製のポーチであるが、左下によく眼にするL社のロゴがついている。同社が売る化粧ポーチかと思われるが、実はある品物からトランスフォーマーされている。

過去数年、私が着ていたL社の黒のポロシャツなのだ。コットンなので洗濯のたびに少しずつ縮み、今春にはバンザイをするとおへそが出るまでになった。だが捨てるのは惜しい。

妻の友人のN氏にトランスフォーマーを頼むと、二つ返事で引き受けてくれた。内側はモスグリーンの裏地がはられていて、ポケットもついている。

「買ったばかりのミシンを使いました」

手で縫った部分もあるという。ずっと着ていた服だけに愛着もあり、過去数年では最も嬉しいプレゼントになった。

不器用な私にはまったく太刀打ちできない芸当で、「ウーン」とうなっている。

『追憶』

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彫刻というのは、芸術の中では作者の意図がもっとも純粋に表現される作品かもしれない。それだけに他者にはわかりづらいこともあるが、町を行く人の歩を止めさせる力をもつ。

イタリアの彫刻家、ジュリアーノ・ヴァンジの作品

『追憶』 東京都千代田区丸の内仲通り

しがない稼業

ジャーナリストという仕事がら、人に話をきくことは多いが、実はきかれることも少なくない。1対1で向かい合って話をする場合もあれば、電話だけでコメントを取られることもある。

その場合は電話をかけてきた相手を知らないことの方が多く、まったく会ったことのない人(ほとんどが編集者か記者)としばらく話をすることになる。

昨日も自宅の電話番号をどこかで調べていて(他の編集者からきいている)、突然、「先日のオバマの失言ですけども、、」と振ってくる。

先方は私の得意分野を知っているので、これだけで何かを語ってくれると思っている。こちらも一応それで食べているので20~30分話をする。

媒体(新聞や雑誌)の名前を知らないことはないので、答えることが多いが、別に答えなくてはいけない義務はない。コメントをださないこともあるが、私も普段はコメントをもらう立場なので、なるべく答えるようにしている。

新聞であれば翌日、週刊誌では数日後に私の名前とコメントが紙面に載る。けれども私が話をした内容が100%正確に引用されたことはない(たぶん)。

ときには「こんなこと言ってないよ」という場合もある。メディアが引用するコメントというのは、それほど正確さに欠ける。同業者の私が言うのだから間違いない。

彼らの言い分として(私もか?)、日本語の話し言葉は文章にするとほとんどが読めないシロモノであるということだ。つまり手をいれて余分な言葉を削り、文章の体裁を整えないとプロの文章にならないのである。

その点、テレビでのコメントは嘘がないように思われるが、編集の仕方次第で意味合いが違ってくることがあるので、気をつけないといけない。

そうなるとインタビューをすべてそのまま映像で流したり文章にすればいいのだが、それではあまりに長くて受けとる側はあくびをしてしまう。

そう考えるとメディアの仕事は「しがない稼業」なのかとも思う。だが伝えなくてはいけないことがある。誰かが伝えなくては、との思いでやっている。

さあ、今日も原稿書きである。