思わず笑った政見放送

30日の総選挙を前に、NHKで繰り返し政見放送を流している。

どうやったらこれほど退屈な映像を作れるのだろうか。あまりに前時代的な構成と見せ方に、逆に見入ってしまう。

「民主党」政見放送    「自民党」政見放送

私は82年に渡米し、07年に帰国するまで政見放送を観る機会がなかったので、「ウーン。これはスゴイね」とうなってしまった。

日本の政見放送は故青島幸男が68年、佐藤内閣にテレビを使って選挙運動をすべきと提言したことに始まっているが、あれから41年である。永田町と霞が関だけが昭和でフリーズしたかのようである。

またアメリカとの比較で申し訳ないが、大統領選で初めてテレビCMが使われたのは52年で、アイゼンハワーが「アイゼンハワーがすべての問題に答えます!」というキャッチフレーズを流した。64年にはすでにネガティブキャンペーン(批難広告)が登場している。 

ワシントンにある連邦選挙管理委員会になんども取材しているが、「テレビCMについては本数も内容も予算もまったく自由」と答える。あまりにも縛りがなさすぎて、逆にカネがかかりすぎる欠点を抱えている。

一方、日本では2009年になっても、いまだに手錠をかけられ、さらに檻に入れられたような政治CMしか放映できずにいる。もちろん日本も自由主義国家であり、自由にCMを流そうと思えばできないことはない。

しかし公職選挙法第13章第150条で政見放送をしばりにしばっている。これは体にコードを巻きつけ、手足の動きを止め、「息だけしていい」といっているような法律である。これだけ強い規制をかけたのには、政治家と官僚にそれなりの理由があったからだが、時はすでに21世紀である。

アメリカの先を行けとはいわないが、「来たる」民主党政権は同法の改正もすぐに手をつけるべきである。テレビCMだけでなく、インターネットを使っての選挙戦ができるようにするのも当然である。それでないと、いつまでも政治は愚鈍さを残し、永田町と霞が関だけが時代に取り残されていく。

解き放つ勇気を!(敬称略)