堀田佳男 Profile
2018年12月
« 11月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  
カテゴリ
バックナンバー
2018年12月 (11)
2018年11月 (16)
2018年10月 (15)
2018年9月 (18)
2018年8月 (13)
2018年7月 (16)
2018年6月 (15)
2018年5月 (15)
2018年4月 (16)
2018年3月 (22)
2018年2月 (13)
2018年1月 (18)
2017年12月 (21)
2017年11月 (18)
2017年10月 (18)
2017年9月 (14)
2017年8月 (15)
2017年7月 (18)
2017年6月 (14)
2017年5月 (18)
2017年4月 (15)
2017年3月 (17)
2017年2月 (17)
2017年1月 (17)
2016年12月 (21)
2016年11月 (17)
2016年10月 (15)
2016年9月 (10)
2016年8月 (9)
2016年7月 (12)
2016年6月 (9)
2016年5月 (12)
2016年4月 (10)
2016年3月 (11)
2016年2月 (11)
2016年1月 (11)
2015年12月 (9)
2015年11月 (10)
2015年10月 (10)
2015年9月 (11)
2015年8月 (11)
2015年7月 (11)
2015年6月 (10)
2015年5月 (8)
2015年4月 (12)
2015年3月 (9)
2015年2月 (9)
2015年1月 (10)
2014年12月 (10)
2014年11月 (10)
2014年10月 (9)
2014年9月 (9)
2014年8月 (10)
2014年7月 (10)
2014年6月 (10)
2014年5月 (9)
2014年4月 (11)
2014年3月 (10)
2014年2月 (10)
2014年1月 (10)
2013年12月 (6)
2013年11月 (9)
2013年10月 (10)
2013年9月 (8)
2013年8月 (10)
2013年7月 (10)
2013年6月 (10)
2013年5月 (10)
2013年4月 (9)
2013年3月 (10)
2013年2月 (8)
2013年1月 (11)
2012年12月 (9)
2012年11月 (10)
2012年10月 (10)
2012年9月 (10)
2012年8月 (11)
2012年7月 (10)
2012年6月 (11)
2012年5月 (10)
2012年4月 (10)
2012年3月 (12)
2012年2月 (11)
2012年1月 (12)
2011年12月 (11)
2011年11月 (11)
2011年10月 (11)
2011年9月 (10)
2011年8月 (12)
2011年7月 (11)
2011年6月 (11)
2011年5月 (9)
2011年4月 (8)
2011年3月 (9)
2011年2月 (9)
2011年1月 (8)
2010年12月 (9)
2010年11月 (9)
2010年10月 (8)
2010年9月 (9)
2010年8月 (8)
2010年7月 (7)
2010年6月 (9)
2010年5月 (6)
2010年4月 (8)
2010年3月 (7)
2010年2月 (5)
2010年1月 (7)
2009年12月 (7)
2009年11月 (6)
2009年10月 (8)
2009年9月 (6)
2009年8月 (4)
2009年7月 (1)
2009年6月 (2)
2009年5月 (3)
2009年4月 (2)
2009年3月 (2)
2009年2月 (2)
2009年1月 (2)
2008年12月 (2)
2008年11月 (2)
2008年10月 (2)
2008年9月 (2)
2008年8月 (1)
2008年7月 (3)
2008年6月 (3)
2008年5月 (3)
2008年4月 (1)
2008年3月 (2)
2008年2月 (3)
2008年1月 (4)
2007年12月 (4)
2007年11月 (3)
2007年10月 (2)
2007年9月 (2)
2007年8月 (1)
2007年7月 (2)
2007年6月 (3)
2007年5月 (3)
2007年4月 (6)
メタ情報
カテゴリー: アメリカ社会 ― 2007年5月27日
不動産バブルの嘘

東京にもどってきて気づくのは、アメリカ嫌いの人が多くなったということである。

これはブッシュの影響が大きいのだろうと思う。ブッシュ・イコール・アメリカという図式は短絡的であると誰もが分かっていながら、アメリカ人が選んで大統領にしたのだからアメリカそのものがあまり好きではなくなったというのだ。

その人たちにとって、アメリカが外交政策で失敗したり、経済が破綻したりというニュースは胸中に一瞬、さわやかな風が吹くような感覚らしい。90年代後半から続いている「不動産バブルの崩壊」というアメリカ発のニュースについても、「ヤッタ」という声を聞いた。

人生の半分がアメリカだったわたしにしてみると、複雑である。

不動産価格の高騰がバブルという説はエコノミストの間でも分かれるが、わたしはバブルという言葉はあたっていないと考える。メディアが記事のタイトルとして打ちやすいので連発しているのが真相だろう。

確かに過去10年、多くの都市で価格の高騰がみられたが、過去半世紀、アメリカの不動産はずっと右肩あがりできており、上昇率がそれまでより高かっただけでバブルとは呼べない。上昇しずぎた地域があるのは確かだが、すでに1割から2割の価格調整(減少)があっても、日本の不動産バブルが弾けたときのように、価格が半分以下になるという現象は起きていない。

ちなみにアメリカの中古住宅や中古マンションは、築30年であってもドンドンあがる。それは平均26年で建てかえる日本と、50年以上たった家屋でも普通に住むアメリカの違いである。新築を好む日本人と中古をまったくいとわないアメリカ人の差でもあるし、建築への姿勢の違いでもある。

全米不動産協会の報告によれば、昨年3月から今年3月にかけての一戸建て平均価格は21万7000ドルで、これは前年比で0.3%減少しているに過ぎない。地域によっては下落幅がもっと大きいし、逆に上昇している大都市もあるので全米レベルでのバブル崩壊などという表現はまったく当たっていない。

こう書くと「ヤッタ」から「ガックリ」になるかもしれないが、冷静にアメリカを逆利用すればいいのだろうと思う。日米の金利差を利用したキャリートレードは少し勉強すれば個人でも十分にできる。1%にも満たない日本の金融機関に個人資産を預けておく必要はない。もちろん、不動産を買える余裕のある方は長期的投資として、いまアメリカは「買い」である。(敬称略)

カテゴリー: 国際政治 ― 2007年5月9日
トップに立つ女性

フランス大統領選の決選投票でサルコジに負けたロワイヤル。敗れた理由は雇用や失業、移民といった国内問題でサルコジほど具体的な政策を提示できなかったためといわれるが、ヒトコトで言えば社会党が与党を打ち負かせなかったと解釈すべきである。

もちろん「女性だったから」という敗因はない。もはやそんな時代ではない。1960年、スリランカで世界初の女性首相バンダラナイケが誕生して以来、半世紀の間に実に多くの女性トップが現われた。

インドのインディラ・ガンジー、パキスタンのブット、アイスランドのフィンボガドッテル、インドネシアのメガワティ、イギリスのサッチャー、ドイツのメルケル、フィリピンのアキノとアロヨなど、数多くの首相・大統領が生まれた。

「女性が世界をリードすれば戦争は起きない」と言われるが、サッチャーはフォークランド戦争で強硬策をとっており、その俗説は見事に覆された。そのため女性がトップだからという理由で、実務面で大きく政治のあり方が変わるということは少ない。

ヒラリーがアメリカの最初の女性大統領になるかどうかは、現段階では45%という数字を出しておく。それほど厳しい。この数字は私の直感だけれども、いくつかの要因を考慮して導き出したものだ。

昨年から、アメリカの各種世論調査で、共和党ジュリアーニとヒラリーの一騎打ちになった時、ヒラリーは数%差で負けるという結果がでている。今度、ヒラリーに流れがくればジュリアーニとの戦いで勝つ可能性もあるが、接戦であると読む。

彼女にとっての最大のネックは中西部と南部に住むキリスト教保守派である。かなり嫌われている。それも彼らから「イヤな女だ」という発言を何度も聴いている。

いくらブッシュの支持率が28%にまで低下し、共和党の人間の中から「次の選挙では民主党候補に投票する」との声が出ていても、ヒラリーには圧倒的な勝利が約束されていない。この体たらくはいったい何なのだろうか。

すでに全米、いや全世界レベルで顔の売れたヒラリーが新たな票田を開拓していくという可能性は低い。さらにジュリアーニという人物もよく知られている。となると、今日、大統領選の投票を行っても1年半後に行っても結果はそう違わないのではないか。

ヒラリーに代わってオバマがくることもあろう。彼の急進性とカリスマ性は今後1年半で化ける可能性がある。

またしてもアメリカは女性のトップを選べないのかもしれない。(敬称略)

カテゴリー: アメリカ大統領選 ― 2007年5月1日
ヒラリーとオバマ

「これだけは外せない」というものを、多くの方が持っている。わたしにとって外せないものはアメリカ大統領選である。ライフワークとさえ言えるので、その動向はどうしても気になる。

東京にもどったので候補の遊説を直接取材することはかなわないが、いまはインターネットの「YouTube(ユーチューブ)」で遊説の様子を観られるから、その場の雰囲気はずいぶんと伝わる。

もちろん現場の臨場感や舞台裏でのスタッフの動き、有権者の反応などを直接取材できない歯がゆさは残る。しかし、地球の裏側にいても取材先と連絡を密にとると、ワシントンで取材していたときより数歩遅れをとるくらいの印象である。

2日前も、ヒラリーの選挙対策委員会委員長であるパティー・ドイルからEメールが入り、4月26日にサウスカロライナ州オレンジバーグで行われた民主党候補8人による討論会の模様が伝えられてきた。

ドイルはヒラリーの選挙参謀の中では右腕といえる人物だ。もちろんヒラリーのマイナス点を口にすることはないので、討論会でのヒラリーが「オバマを含めた誰よりも政治家としての強さが光っていた」と褒めちぎる。

オバマが支持率でも選挙資金額でもヒラリーのすぐ後ろにピタリとつけてくる脅威を感じているだろうが、認めようとしない。特にメディアの前では強気一点張りである。選挙で弱みを見せることは許されないのだ。

一般的に、候補自身や関係者は支持者にしか囲まれていないので、全体像を見失いないがちになる。そのため落選した時のショックは大きいし、どうして票が伸びないのか理解できなかったりする。外にいる人間であれば、説明する必要がないと思えるほど落選の理由がわかっていても、本人はいたって本気である。今回の選挙でいえば、バイデンやリチャードソンには勝ち目はない。しかし本人は真剣である。

2008年大統領選挙の争点はイラク戦争に集約される。先日インタビューしたワシントン・ポスト紙の記者、ボブ・ウッドワード(文藝春秋5月号参照)も「1にイラク、2にイラク、3にイラク」と話していた。ただ、ヒラリーにしてもオバマにしても米軍がイラクから撤退するだけでイラクに和平が訪れるとは思っていない。

問題は米軍を退かせたあとにいったいどれだけの安定化策を施せるかにかかっている。だがそこまで踏み込んで具体的な話をしている候補はまだいない。

今度、ドイルにはそのあたりのことを問い詰めてみようと思っている。(敬称略)

カテゴリー: 事件 ― 2007年4月25日
終身刑と無期懲役

織原城二に無期懲役の判決が下った。

だが、ルーシー・ブラックマンさんの事件では無罪になった。東京地裁は他の連続女性暴行事件との類似性はあるが、状況証拠だけで織原を有罪にはできないとの立場をとった。

わたしは極めて妥当な判決だったと考える。

これまで、裁判所が状況証拠から推認して被告に有罪を言い渡した判例はあった。ルーシーさんも他の9事件と同じような手口で織原の毒牙にかかったと見る方が自然だろうし、遺族の感情を考慮したらルーシーさん事件も有罪でしかるべきだと多くの方は思うだろう。

だが少し待ってほしい。わたしは過去6年半、この裁判の成り行きを見守ってきたわけではなし、刑事事件を専門に追うジャーナリストでもないが、被告は法廷に提示された証拠と論拠によってのみで判断されなくては、真の意味で裁判の信憑性が失われる。

法廷で検察が確たる証拠をしめせない場合、いわゆる合理的疑いが残る。これを無視して被告を有罪にしていくと冤罪が増える。裁判は客観的な証拠と検察官の説得、弁護士の弁論の統括によって判決がだされなくてはいけない。その意味で、ルーシーさん事件での小原無罪は妥当な判決と考える。

今後、裁判員制度が導入されて、「どう考えても織原がやっているだろう」という一般的には広く受け入れられるが、法曹界ではきわめてあいまいな仮説に依拠して被告を裁いてしまうことの方が心配である。

実は、わたしは死刑廃止論者である。以前、凶悪犯は当然のように極刑に処されるべきだと思っていたが、後年、考え方が変わった。一番の理由は、いくら大罪を犯しても国家が人の命を奪ってはいけないと思うようになったからだ。

そのかわり無期懲役ではなく、日本にはまだ導入されていない終身刑の法整備をする。仮釈放も許さない。死ぬまで塀の中で過ごさせるのである。大罪を犯した凶悪犯を更生するなどという考えは捨てる。社会に出してはいけない。

だが、命には手をかけない。これが近代国家のあり方だろうと思う。(敬称略)

カテゴリー: アメリカ社会 ― 2007年4月18日
銃社会を解体するために

バージニア工科大学での銃乱射事件は、あらためてアメリカの銃社会の矛盾を提示したように思う。

1993年に「ブレイディ法」といわれる銃砲規制法が施行され、銃購入者の身元確認と数週間の保留期間が設けられた。それによりほとんどの州で殺人事件の発生率が減少したが、すでに2億4000万丁といわれる銃砲が社会に出回っており、そちらの規制はない。毎年のように学校内での銃乱射事件が繰り返されている。

新しい銃砲の購入規制だけでなく、すでにある銃砲の規制・撤廃に動くことが大切である。もちろん全米ライフル協会の強力なロビイング活動は知悉している。規制法案が成立しにくい政治事情だけでなく、銃を所有することの法的な権利、さらに伝統的に銃による護身と晩餐のおかずを獲ってくるという狩猟の民としての文化も熟知している。

それでもなお、厳格な銃規制の動きを活発化させるべきだと思う。1588年に豊臣秀吉が刀狩りを行ったように、連邦政府が主導して段階的な「銃狩り」をすべきだと思っている。政府が強い規制と撤廃の方向を示さないといけない。

いくらハンティングがアメリカで人気のあるスポーツであっても、「銃をもつことがアメリカの文化だから」と言い続けていられない時代に入っていると思う。決して不可能なことではないはずである。