堀田佳男 Profile
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メタ情報
カテゴリー: アメリカ社会,経済 ― 2010年8月3日
となりの芝生は青く見える

橋田壽賀子が脚本を書いた『となりの芝生』がNHKで最初に放映されたのは1976年のことである。

以来、「となりの芝生は青く見える」ということわざがずいぶん広まった。もともと日本には芝生の庭がないので、この出所は「The grass is always greener on the other side of the fence」という英語表現だと思っていた。

このフレーズは16世紀の英語文献にすでに登場している。けれどもフランス語にも同じ表現がある。その先をたどると、やはりラテン語に行き着いた(Fertilior seges est alieno semper in arvo)。隣人の様子が気になるという心情はどの国でも同じであることがわかる。

日本がスウェーデンの社会保障制度に目を見張るかと思えば、南米パラグアイの人がブラジルの放牧の広大さに羨望を抱きもする。

先日、ロサンゼルス・タイムズにスティーブン・ヒルというアメリカ人研究者が書いた「日本とドイツから学ぶもの」というコラムが目にとまった。アメリカが日本の経済発展にしきりに注目したのは80年代後半だが、いまでもこうした動きがあるという。

日本はいま財政赤字に苦しみ、デフレが蔓延して一般国民の所得は上がらない。「日本が再び世界のナンバーワンになる」という思いを抱く人はほとんどいなくなった。その日本から学ぶものがあるという。

記事では日本の生産性が落ち、消費者も投資家もカネを使わないという否定的な記述もあるが、90年代の「失われた10年」でさえも失業率は3%台で、国民皆保険は機能し、社会格差もアメリカほど広がっていないと説く。

さらに平均寿命は世界一で、乳児死亡率も犯罪率も低いともちあげる。経済成長は鈍化しているが、その中で日本とドイツはやりくりする術を学んでおり、アメリカもそこに得るものがあるはずと書く。

それはレーガン時代のサプライサイド経済からの完全な決別を意味する。トリクルダウン理論はもはや国を豊かにしないというより、今の時代にはそぐわないということだ。

これはアメリカから見た日本の芝生なのだろうと思う。本当にこちらに来てみないと芝生が本当に青いかどうかは分からない。何しろ、日本には芝生の庭などほとんどないのだから。(敬称略)

カテゴリー: お知らせ ― 2010年7月28日
オバマ政権のデジタル身分証

7月27日夜。レギュラーの日テレNEWS24でオバマ政権の新しいデジタル身分証計画について話をしました。

米国、デジタル身分証導入へ | 日テレNEWS24

カテゴリー: 国際事情 ― 2010年7月21日
ビンラディン・ハンティング

外遊中の国務長官ヒラリー・クリントンがパキスタンに立ち寄った時、こう発言している。

「パキスタン国内の誰かはオサマ・ビンラディンがどこに潜伏しているか知っているはず。告白すべき」

「9.11」からすでに9年の歳月がたとうとしている。首謀者であるビンラディンがパキスタンかアフガニスタンに潜伏しているだろうことは、ヒラリーでなくとも誰もが考える仮説である。

ただ、ヒラリーはアメリカの閣僚としてパキスタンを公式訪問し、「ビンラディンがいるだろう。出せ」と言っているに等しく、これは一般の人がブログで潜伏推測先を述べるのとはわけが違う。

by the White House

それに対し、パキスタンの首相であるユースフ・ラザー・ギーラーニーは「パキスタン国内にはいません」ときっぱりと反発した。このやり取りは双方が面と向かっている時に交わされたわけではないが、ヒラリーは10年近くも抱える懇望を述べた。

それはほとんど不可能はないと思われたCIAを中心とするアメリカ政府機関の捜査能力の限界を示すものでもある。地球上から1人の人間を探しだすことは特定の条件下ではたやすいが、パキスタンやアフガニスタンという国家においてはIT技術を駆使してもできないことが証明されている。

目撃者や情報提供者がいない限り、ピンポイントな場所を特定できない。まして、両国の山間部に住む人間がアメリカ側に情報を渡すことはないだろう。それだけに今後も捜索は困難を極める。

先月、ギャリー・フォークナーというアメリカ人がパキスタンからアフガニスタンへ越境しようとして地元の官憲に検挙され、10日間拘置された。すでにアメリカに送還されたが、フォークナーは短銃と刀、暗視ゴーグルを携行し、ビンラディンを殺害するためにパキスタン山間部を捜索していたという。

51歳の男はこれまでプロの捜索活動経験はなく、一般人としてビンラディンの拘束・殺害を企てていた。その背景にはビンラディン拘束の有力情報提供者に対し2500万ドルの懸賞金が支払われる事実も大きい。

フォークナーだけでなく、賞金めあてのビンラディン・ハンターが何人もパキスタンやアフガニスタンの山間部に進入しているはずだ。

ただ山間部に住む人間がカネで動かないことも証明されている。(敬称略)

カテゴリー: アメリカ社会,国際事情 ― 2010年7月18日
米兵の自殺

暗い話題で申し訳ないが、今回は米兵の自殺についてである。

米軍の新聞『スターズ・アンド・ストライプス(星条旗)』を読んでいると、日曜版(18日)一面トップに、今年6月の米兵による自殺者数が過去最高を記録したとあった。

1か月だけで32人である。2007年の1年間の米兵自殺者が99人という数字を記憶している。その時点では史上最高と言われていた。しかし、今年6月だけで32人という数字はさすがに多い。

いったいどうしたのか。

アメリカはいまだにイラクとアフガニスタンの二国で戦争を続けている。日本で生活している限り、兵士が死と隣り合わせの状況で銃を手にしていることを想像するのは難しい。

                        

                  by the Pentagon

                                  

両国に派兵された米兵の約20%は躁鬱病を病んでいるという報告がある。それだけではない。軍隊内での人間関係や規律、さらに個人的な経済状況が加味されて数字が上向いているという。

ペンタゴンは「自殺防止タスクフォース」を設立して兵士が命を絶つことを阻止しようとしているが、兵士1人ひとりの心の内面にまで踏み込んで問題を解決するまでには至っていない。

99人という数字を、国際比較でよく使用する10万人あたりの自殺率に置き換えると17.3人になる。一般アメリカ人の平均が11人なので高い数字である。

ちなみに日本は07年の数字で24.4人。トップはベラルーシの35.1人。下位ではフィリピンの2.1人、ジャマイカの0.1人など、地理的にトロピカルな地域の方が自殺率が低い傾向がある。

ついこの間まで自宅のリビングでコンピューターゲームに興じていた20歳の若者が、経済的な理由から兵役に志願し、訓練を受けた後にアフガニスタンに派兵されてタリバンと戦闘をする。そこでの戦いはリセットが効かない死をかけた闘争である。

オバマ政権は2011年7月からアフガニスタンの撤退を開始するとしているが、流動的である。

カテゴリー: Thought for the day ― 2010年7月15日
フランス革命記念日

7月14日。日本ではパリ祭といわれる革命記念日の夜、南麻布にあるフランス大使公邸のパーティに招かれた。

混然とした東京の町に静謐な庭が広がっている。芝生の向こうにはプールがあり、うっそうとした木々に囲まれた空間は時が静止しているかのようだ。日の暮れ方、ホタルが飛んでも誰も驚かないほどののびやかさがある。

立食形式なので、立ち話しかできない。どのパーティにいっても、立ったままでは本当に身のある会話にはならない。大使も交えて参議院選挙の結果と今後の日本の政局について話したが、その場を離れれば薄い氷がすぐに溶けてしまうのと同じでほとんど何も残らない。

何枚もの名刺だけが重なって手元にある。フランス語の名前と顔がすでに一致しない。今日、町ですれ違っても先方が気づいてくれない限りこちらから声をかける自信はない。

それでも、新しく出会った人から一つでも心に残る言葉やセリフが去来すれば、私にとってはいいパーティだったといえるだろうが、その日は胸に刺さるものはなかった。ましてや名刺の肩書ではない。

帰る直前、目の前を料理評論家の服部幸應がテレビで観るとおりの黒い「マオカラースーツ」で通り過ぎたが、妙に寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。(敬称略)