堀田佳男 Profile
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メタ情報
カテゴリー: 経済 ― 2010年2月7日
トヨタもできていなかった危機管理

先週の国内ニュースは小沢一郎の不起訴と朝青龍の引退にもっていかれた感がある。

どちらもがっかりさせられるニュースだったが、もう一つ、財界で大きなニュースがあった。トヨタのリコール問題である。

アクセルペダルに関連した大規模なリコールで会社側の対応がおくれ、日米で批判が噴出している。アメリカ政府はそれを利用しているようにもみえる。

問題が起きることは致し方ない。人のいとなみに完璧はない。人間が完璧でない以上、理念的に完璧なものを創ることはできない。重要なのは問題が起きたときにどう対処するかである。

簡単なことではないが、切り返しがうまければベクトルをマイナスからプラスへ転じられる。しかし、先週のトヨタの対応はマイナスをさらに深まてしまった。

金曜昼、外国特派員協会の仲間とランチを食べながら、トヨタのリコール問題を話し合った。前日に行われたトヨタの記者会見での対応の悪さが皆の口から噴出した。私は出席していなかったので、彼らの思いを記したい。

        

            

フィナンシャル・タイムズ紙のマーティン・コーリン記者は満足な情報が得られなかったという。

「問題の責任者が誰なのかはっきりしていない。記者会見を開きながら、事実を満足に伝えることさえしない。問題を調査中なら、判明した事実を適時インターネットで公開すればいい。こんな簡単なことさえできていない」

ドイツのフランクフルター・アルゲマイネの特派員も批判する。

「記者会見では基本的な事実を記したプレスリリースさえ配らなかった。ブレーキ問題でアメリカでは何件くらいのクレームがきているのか。日本ではどうなのかといったこともわからずじまい。準備ができていないのなら会見は開かないほうがいい」

スイス放送協会の記者もいう。

「世界のトヨタも危機管理ができていなかったことが判明してしまった。情けない」

ただ、三人ともプリウスの性能のよさは認めている。別にトヨタが奈落の底に落ちたわけではない。かんじんなのは、問題が起きた時の対処法である。(敬称略)

(連載記事:堀田 佳男 – プレジデントロイター

カテゴリー: Thought for the day ― 2010年2月2日
極限の美

「絵かきでは誰が好きですか」

この質問を受けたとき、私は20年ほど前から「ルノワール」と答えている。

「あまりに普通」と思われるかもしれないが、彼の油絵が一番「胸にくる」のでしょうがない。六本木の国立新美術館で開催されているルノワール展に足を運んだ。

ンー、やはり「いいな」という思いが強まった。

ルノワールの絵を好きになったきっかけは「喫茶店」、、ではない。ある絵との出会いだった。

ワシントンにスミソニアン博物館群があり、その中に近代美術をあつかった「ナショナル・ギャラリー・オブ・アート」という美術館がある。そこに「踊り子(Danseuse)」という絵がある。

立ち止まって、しばらく動かなかった。いや動けなかった。胸ぐらをつかまれて、その場に押しつけられる思いだった。美術品のよさは感性への直接的な刺激である。その絵のどこがいいのかという理由は、あとづけの説明でしかない。

人に説明する時に、「いやあ、よかった」だけでは言葉が足りないし、自分自身がなぜ動けなかったのかを自身に納得させるためにも言葉が必要になる。けれども、一幅の絵画がもつ力は、時に1万語の説明よりもインパクトが大きい。どんな説明も弱々しく思える時がある。

だからナマの絵に勝るものはない。画集や図録から動けなるほどの感銘を受けることは少ない。ひとつには大きさが伝わらないからだ。

「踊り子」は大きな絵だった。縦142センチ、横93センチというサイズである。逆にルーブルの「モナリザ」は想像よりもはるかに小さな絵だった。

そしてナマの油絵だからこそ感じる肉質と色の濃淡によって、自身の内部に自分だけの絵が刻まれる。ワシントンに住んでいる間、あの絵を観るためだけに50回以上は行った。

残念ながら、六本木の展覧会に「踊り子」は来ていなかったが、あとづけの説明を少しすると次のようになる。

一言で述べると「プラトン的イデア」なのである。モデルである「踊り子」の美はキャンバス上にはない。日常を超越し、モデルから醸された女性の真の美しさが抽出され、観念的な領域にたもたれた極限の美が描かれている。

一人の女性から普遍的な美を抜きとるルノワールの力は、他の画家にはなかなか真似ができない。私はボナールもマティスも好きだが、ルノワールが先頭にくる。

けれども「踊り子」は、1874年の第1回印象派展で「デッサンがでたらめ」と酷評される。けれども私にとってはこれ以上の絵画はないのである。

         

カテゴリー: 国際政治 ― 2010年1月30日
二人の年頭あいさつ

オバマと鳩山はそれぞれ28日(日本時間)と29日に、国民に対して年頭のあいさつをおこなった。 

アメリカでは一般教書演説、日本では施政方針演説と呼ぶが、年頭にその年の基本政策と政治ビジョンを示すという点では同じである。

両演説とも前向きで、よく練りこまれた内容だったが、諸問題の解決策を詳述しているわけでも、目を見張るような新しいアイデアが打ち出されていたわけでもない。けれども一国のリーダーとして基本姿勢を打ち出すことは意義がある。

二人の演説で多用された言葉は、オバマの方が「ジョブ(雇用)」で、鳩山は「いのち」だった。それぞれ20回以上も連呼した。

by the White House

アメリカの失業率は現在10%で、雇用創出が重要なのはよくわかるが、鳩山の「いのち」にはあまりピンとこなかった。

「世界のいのちを守りたい」「地球のいのちを守りたい」といい、平成22年度予算を「いのちを守る予算」と名づけさえした。しかし演説の最後に述べた震災の話で、私は鳩山の言葉が紙の上だけのものにすぎないことを知った。

少し長くなるが、最後の部分を抜粋する。

<今月十七日、私は、阪神・淡路大震災の追悼式典に参列いたしました。十五年前の同じ日にこの地域を襲った地震は、尊いいのち、平穏な暮らし、美しい街並みを一瞬のうちに奪いました。
式典で、十六歳の息子さんを亡くされたお父様のお話を伺いました。

 地震で、家が倒壊し、二階に寝ていた息子が瓦礫の下敷きになった。
 積み重なった瓦礫の下から、息子の足だけが見えていて、助けてくれというように、ベッドの横板を
 とん、とん、とんと叩く音がする。
 何度も何度も助け出そうと両足を引っ張るが、瓦礫の重さに動かせない。やがて、三十分ほどすると、音が聞こえなくなり、次第に足も冷たくなっていくわが子をどうすることもできなかった。
 「ごめんな。助けてやれなかったな。痛かったやろ、苦しかったやろな。ほんまにごめんな。」
 これが現実なのか、夢なのか、時間が止まりました。身体中の涙を全部流すかのように、毎日涙し、どこにも持って行きようのない怒りに、まるで胃液が身体を溶かしていくかのような、苦しい毎日が続きました。

 息子さんが目の前で息絶えていくのを、ただ見ていることしかできない無念さや悲しみ。人の親なら、いや、人間なら、誰でも分かります。(中略)あの十五年前の、不幸な震災が、しかし、日本の「新しい公共」の出発点だったのかもしれません。
今、災害の中心地であった長田の街の一画には、地域のNPO法人の尽力で建てられた「鉄人28号」のモニュメントが、その勇姿を見せ、観光名所、集客の拠点にさえなっています。
いのちを守るための「新しい公共」は、この国だからこそ、世界に向けて、誇りを持って発信できる。私はそう確信しています。>

けれども、日本のハイチ大地震の緊急援助隊の出動は遅れに遅れた。演説の中で「自衛隊の派遣と約7000万ドルの緊急・復旧支援を表明しました」と胸をはったが、地震から10日以上もたっていた。

しかも、私はある政治家から、「実はこの動きは官邸主導ではなく『外』からのアプローチだった」と聴いた。鳩山はみずから動いていなかったのだ。しかも鳩山が当初考えていた支援金はケタが一つ少なかったという。

私は地震発生から2時間後に鳩山の動きを注視していたが、何もしなかった(参照:ハイチ大地震 )。少なくとも消防庁は、地震発生後1時間後には救助隊員をハイチに派遣する準備をし、官邸からの指示を待ったという。だが鳩山は動かなかった。

2日後に医療チームだけは派遣されたが、これは外相の岡田が動いたものである。鳩山から本気で助けようという気は感じられない。

にもかかわらず、「いのちを守るための新しい公共は、この国だからこそ世界にむけて」などとよく言えたものである。

演説原稿を自分でししためる時間がないことはわかる。けれども、本番前にこのくだりを読んで、自分で訂正しなくてはいけない。

首相としての信頼度がさらに落ちる。(敬称略)

カテゴリー: Thought for the day ― 2010年1月26日
にきり醤油の魔力

知り合いの編集者は1年の3分の2ほどを旅している。

国内外で実に多くの場所を訪れている。以前、彼と取材旅行中、「日本各地を回りながら、最高の醤油を探し求めていたんですが、ついに見つかりました」とうれしそうな顔でいう。訊くと、瀬戸内海の小豆島の醤油だという。

「堀田さん、すごいですよ。冷や奴をたべますよね。醤油がメインなんです。豆腐はワキで醤油がメインになるんです」

実は、妻が小豆島出身なので自宅では「島」の醤油を使っている。小豆島の醤油といっても醸造所はたくさんあり、「タケサン」「マルキン」「ヤマロク」「ヤマヒサ」など、どれも味わい深い。

それで満足していたが、最近、やはりうまい「にきり醤油」には負けるかなあという思いが強い。

「にきり」はご存じのように江戸前鮨ではかかせない醤油である。醤油を酒やみりんと合わせて火にかけ、文字どおり「煮切って」つくるが、鮨屋によって醤油、酒、みりんの比率が違う。かつお節を入れる店もある。

しかも、ウマイ鮨屋は1軒で何種類もの「にきり」を使いわける。旬のヤリイカに合わせるものと、白身のネタ、さらに赤身(マグロ)のヅケでは濃度が違う。和食の極致をみるおもいである。

さらに先日、銀座のある鮨屋で、にぎる前に一つ一つのネタを「にきり」にくぐらせ、すぐに「にきり」を紙に吸いとらせる技法をみた。すぐに質問した。

「ネタの水分をとるんです。さらにシャリとの相性もよくなります」

鮨はネタをごはんの上に乗せて食べるだけの、世界でもかなりシンプルな料理だが、奥は底が見えないほど深い。

                    

カテゴリー: お知らせ ― 2010年1月24日
うちの秘書

  

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お茶はいれません。