堀田佳男 Profile
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カテゴリー: 国際事情,経済 ― 2009年7月11日
留学という国家戦略

日本経済は回復しつつあるとはいえ、労働人口の減少にともなった生産性の鈍化は今後も避けられない。GDPは今年中国に抜かれるかもしれないし、近い将来インドにも抜かれるだろう。

人口増加が当たり前の途上国が伸張するのとは対照的に、少子化の日本は経済のパイが小さくなっており、国際競争力も低迷している。解消するには二つのことが考えられる。今まで以上に国外で稼ぐか、他国から大勢の人を招くかである。

二つのオプションともに利点と欠点がある。国外で稼いでくるという考えはすでに過去何十年も企業や個人が実践してきたし、今後も継続されることに異論はないが、極論にむかうと危険である。 というのは、日本国内の高率な法人税などの影響で大手企業が拠点を国外に移転させてしまう可能性があるためだ。すでに利益の6割以上が国外からという大企業も多く、さらなる産業の空洞化が進みかねない。

もう一つは労働者の受け入れである。何百万という単位で外国人を受け入れると、社会問題が浮上することはほぼ間違いない。それを承知でホワイトカラーの労働力とブルーカラーの労働力の両方を大勢受け入れる手はある。私は100年後の日本を想像したとき、移民の混入は必然であろうと思うので、人種に起因する社会問題をいかに解決していくかは、国内で対処できる国際問題として今から前向きにとらえるべきだと考えている。

それを踏まえると、今から留学生をたくさん受け入れるべきである。日本にきている留学生は現在12万弱である。中国人がもっとも多く、次いで韓国、台湾、マレーシア、ベトナムとアジア諸国がつづく。この5カ国で全体の85%である。欧米の学生は少ない。

一方、移民の国アメリカは留学生を約62万もかかえる。人口が3億強なので見合った数ではある。驚かされるのは人口が約2100万のオーストラリアが約54万の留学生を受け入れていることである。英語圏ということもあるが、留学生が多い理由はオーストラリアの大学が大胆といえるほど積極的に諸外国に出向いて学生を招いている現実があった。教育(留学生受け入れ)をビジネスと捉えているのである。そのため、大学生の25%は外国人だ。

日本政府もじつは08年に「留学生30万人計画」を発表し、20年までに留学生数を30万にしようと動いているが、まだ数字には大きく表れていないし、ほとんどの国民はこの計画を知らない。今後政府主導の動きが、教育現場、民間企業、そして一般国民のレベルにまで広がり、BRIC’sを中心にした国から学生を大勢招き、後年の日本との関係構築に役立てなくてはいけない。

私は「留学は国家戦略」といったレベルにまで持ち上げていく必要があると思っている。政府にだけ任せておくべきことではない。他国から国内にカネを落とさせるという意味でも重要であり、日本の将来を見据えた時にもっと力を入れるべき分野である。

留学後に帰国した学生たちが日本を嫌ってもいい。親日派でなくても知日派であれば、いずれ関係構築が生まれる可能性はある。留学後に日本国内にとどまる学生を増やし、知力を活かしてもらう。本腰を入れるべき課題である。

 連載コラム:「分裂」したマイケル、「統合」したオバマ

カテゴリー: ニューウェーブ ― 2009年6月26日
速読がやってきた

速読を習いにいっていた。

講義をうけた時間は延べ50時間以上になる。これまで私の読書スピードは1分間800字ほどで、平均的な日本人と同じだった。書くことを職業にしているが、読むスピードは普通だった。どうしても早く読まなくてはいけない時は斜め読みでしのいでいた。

講義でわかったことは、1分間800字というのは小学校6年生で到達するスピードだった。それから進歩していないのだ。ただほとんどの人は老人になっても800字というスピードなのだという。速読は技術であり、意識的に身につけないとけっして10倍のスピードで読めるようにはならない。

50時間の学習がおわり、いまは当たり前のように単行本1冊を1時間以内で読んでいる。本来200ページの単行本なら15分で読むべきだが、まだ初心者なのでもう少し時間がかかる。上級者は1冊1分である。信じられないかもしれないが、これがちゃんとできるのである。

私の中で、「普通の読書」はすでに過去のものとなった。過去数年を振り返った時、旅と人との出会い以外でもっとも劇的な出来事である。久しぶりに訪れた歓喜といってさしつかえない。

アメリカにも速読術(ファーストリーディング)はあるが、ほとんどがスキミングとかスキャニングという手法で、素早く文章に目を通して要旨をつかまえるやり方だ。しかし私が学んだ技術は考え方が違い、「すべてを見る」のである。

「早く読むと内容が把握できないだろう」との疑問をもつ方がいるかもしれない。当然である。私も講義前はそう考えていた。しかし、それは固定観点であって、速く読むからほとんどの内容を覚えていられるのである。

小説であればストーリーがあるので、ゆっくり読んでも本の最初の部分は比較的おぼえていられるが、章ごとに違う内容が書かれたノンフィクションだと、3日前に読んだ第1章は「何が書かれていたっけ?」ということになる。そうなると、読了した時に達成感だけが残り、何が書かれていたかとの疑問には答えられない自分がいたりする。だが15分で読み終えれば全体が残っている。

試しに、普通のスピードで本を800字(単行本1ページ半)読んでみる。そしてすぐに読んだ内容を書き出してみると、これがお粗末なことしか書けないのである。しかし速読術を学んだあとは理解力も格段に増していた。驚くべきことである。

速読の定義は1分間で5000字以上である。このスピードは私がこれまでやっていた読書では決して追いつけないペースである。それだから技術が必要になる。普通の読書はいくらスピードをあげても、結局は文章を頭の中で音読しているから速度があがらない。

ところが、講義を受けた速読術は「光の読書」といって、音読しないのである。本当に「目からウロコ」のようなことが起きた。もちろん本だけでなく、インターネットの横書きの文章や新聞・雑誌など、活字になったものはすべて速く読める。

新聞も面白いように速く読める。これまでタイトルを見て興味があるか重要と思われる記事だけを読んでいたが、今は1面から政治、経済、国際の各分野の記事をほとんどすべてスーッと目の中に入れてしまう。怖いくらいである。

毎日新しい本を1,2冊読むので本代がかさむが、嬉しい悲鳴である。

カテゴリー: 国際政治 ― 2009年6月11日
演説の力

やってくれるものである。

またしてもオバマの演説(カイロ大学での演説原稿)にうなってしまった。6月4日にエジプトの首都カイロで行った中東問題についての演説は、04年にオバマがボストンの民主党大会で行った演説を彷彿とさせた。ワシントンにいるアメリカの研究者と電話で話をしても、いつもは辛口の彼が褒めている。

イスラエルとパレスチナとの積年の紛争は、カリスマ性のある指導者がアメリカに登場しても容易に解決しないことは誰もがしる。ただ、こうした演説によって両サイドに和平へのビジョンを示し、その可能性を真剣に探りはじめた点で評価できる。

しかも、しっかりとカイロ大学という教育の場を選んだところにホワイトハウスのしたたかさをみる。一般大衆ではなく学生が聴くという前提を作って「聴きてください」という口調でものを語ったことで、演説はむしろ講義に近かった。もちろん意図された聴衆は学生ではなく15億人といわれるイスラム教徒とユダヤ教徒である。

現場で観たかったが、ユーチューブで観るだけでもオバマらしい演説の力を再び実感できた。場内にいると想起して演説を聴くと、力強さと説得力が耳に心地よい。コーランや聖書の一節が巧みに引用され、スピーチライターのジョン・ファブローが書いたと思われる巧みな表現が数多く登場する。

「分断されるより利害を分かち合う方が人間としてはるかに強い」

オバマの中東和平への希求は選挙中からぶれていない。07年初頭、オバマが大統領選挙の候補として浮上してきた時、イスラエルのハアレツ紙はオバマを「もっともイスラエルには好ましくない候補」として挙げた。逆に多くのアラブ人は、オバマであればこれまでの親イスラエル政策をとるアメリカ大統領と違って「アラブ人の味方」になってくれると期待した。

しかしオバマは選挙中、イスラエルを刺激する発言はひかえ、イスラエルのロビー団体「アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」の年次総会にも出席し、イスラエルへの配慮を忘れなかった。それでもクリントンやブッシュと違うのは、5月18日にホワイトハウスでイスラエル首相のネタニヤフと会談した時、入植地の拡大を停止するように求めたことだ。冷静にみれば当たり前のことで、これまでの大統領が政治的しがらみから言えなかったことである。保守派のネタニヤフはもちろんこれを好まない。

そうした中、オバマはカイロ演説で、パレスチナとイスラエルとの2国家共存という野望をアメリカの理想主義の延長線上に投影させた。もちろん紆余曲折の多いイスラエルとパレスチナが、オバマの描くシナリオどおりに戯曲を演じるとは考えにくいが、腕のいい新人戯曲家が登場したということをあらためて世界は知った。

麻生や鳩山にこうした国際的な戯曲が書けるだろうか。イギリスのブラウンもフランスのサルコジも、ロシアのメドベージェフも無理だろう。世界のリーダーの中で、中東和平を実現できる可能性のある政治家は現時点でオバマしかいない。そのためには中東で利害をいだくプレーヤーたちが舞台に上がらないといけない。積極果敢な外交姿勢を期待したい。(敬称略)

『プレジデント・ロイター』での連載:「オバマの通信簿」 

カテゴリー: 雑感 ― 2009年5月25日
テレビとラジオ

ジャーナリストという肩書を名乗りはじめてからおよそ20年がたつ。そのほとんどを活字の世界で生きてきた。新聞、雑誌、書籍である。2年数カ月前にアメリカから帰国するまで、確実にそこが自分の世界だった。

日本に戻るとテレビやラジオから少しずつお呼びがかかるようになった。電波というメディアの現場に足を踏み入れると、これまで知っていたメディアとは何かが違う。

いきなり英語の話になって申し訳ないが、「メディア(媒体・語源はラテン語)」という単語は複数形である。だから本来「テレビメディア」とか「新聞メディア」という形では使えない。メディアの単数形は「ミディアム(洋服のミディアムと同じ)」という単語なので、正確には「テレビミディアム」「新聞ミディアム」というべきである。

しかし日本語には単数形と複数形の違いを語形変化で表記する習慣がない。全国の報道機関各位に「これからミディアムも使ってください」といいたいところだが、誰も耳をかさないだろう。

話をもどそう。テレビやラジオに出演する前から、活字と電波の世界の違いはわかっているつもりだった。たとえば雑誌の原稿を書く時、通常はかなりの熟考時間が与えられている。早く書けた時は原稿を送る前に「一晩寝かせて」朝起きてから読み返すことにしている。

さらに書いた原稿が雑誌などに掲載されて書店に並ぶまでには、デスクや校正士など何人かが目をとおして幾層かのフィルターにかけられる。最近では送った原稿が数時間後にインターネットにアップされることもあるが、少なくとも活字の世界には考える時間がある。ところがラジオやテレビではナマの姿を晒しながら、瞬間で勝負していかなくてはいけない。

「堀田さん、テレビは瞬間芸が要求されますから」

民放テレビ局のディレクターが諭すように言った。

バラエティー番組に出るわけではないので笑いをとる必要はないが、「テレビミディアム」らしく、視聴者の心に残るような発言が求められる。さらに、ニュースといえども会話形式で番組が進行する場合がほとんどなので、沈黙は許されない。

沈黙、、、、違いはこれである。

活字の世界は沈黙が許されるというより「沈黙は金」という格言がいまだに成り立つ世界である。沈思黙考という四字熟語が活きている。書き手に与えられた時間的猶予は大きい。

テレビの場合、収録であれば1時間から数時間も話をして実際にコメントが使われるのは15秒という時もある。もちろん1時間の話の中で、どの発言をテレビ局側がつかうかは先方の自由である。自分ではいい話をしたつもりでも、その部分が使われないことの方が多く、逆に使ってほしくない部分を放送されたりするので、活字で生きている人の中には映像に出ないと決めている人もいる。

ただ私はテレビとはギブ・アンド・テイクだと思っている。それが人生だという気持もある。むしろテレビの影響力を利用しない手はない。少なくとも活字より数十倍は大きい。まして新聞・雑誌の下降カーブは電波よりも大きい。もちろん雑誌の長い原稿と比較すると、情報量は逆に数十分の一になる。数万人の雑誌読者か数百万人の視聴者かという選択があるとしたら、私は欲張りだがどちらにも手を差し伸べたい。

ラジオもAM、FMともに数局ずつ出演させて頂いているが、話したいことをかなり自由裁量にしゃべることができるミディアムであり、伝えるという点においては活字とテレビの中間に位置しているかもしれない。

6月1日から4日まで毎朝6時から、J-WAVEのパワー・ユア・モーニングというコーナーに出演するので、早起きの方はお聴きいただければ幸いである(J-WAVE 別所哲也)。 (敬称略)

カテゴリー: 政治,雑感 ― 2009年5月15日
鳩山をみた夜

民主党代表選挙を控えた水曜(13日)夜、六本木のANAインターコンチネンタル・ホテルの地下1階で、民主党衆議院議員小沢さきひとの後援会があり、出かけてきた。

小沢一郎ではなく小沢さきひと(山梨1区)、、、である。鳩山由紀夫のフトコロガタナといわれる政治家で、腰の低い、柔和な人である。私は後援会に所属しているわけではないが、以前、鳩山グループから講演を依頼された時に知り合った縁だ。

ざっとみて400人くらいはいただろうか。同じ民主党議員も20名ほどがかけつけていた。キッコーマンCEOの茂木友三郎、連合(日本労働組合総連合会)会長の高木剛の姿もあった。もちろん鳩山も駆けつけた。檀上に上がると、その日の主役である小沢さきひとの注目度を当然うわまわる。座っていた参加者が総立ちになって耳を傾けた。

「いよいよ見えてきたな。いよいよ政権交代だな、と思っています。身を捨ててこの国を救いたい」

その晩は正式な出馬表明の前夜ということもあり、「代表選に出ます」とは明言しなかった。

そうした状況を踏まえても、鳩山のスピーチからは首相になってこの国をリードしたいという強い意志が感じられなかった。印象はむしろ「リーダーとしては弱い」というものだった。アメリカの政治家ばかりを20年以上も見てきたからというわけではない。一言でいえば、リーダーに必須なカリスマ性が鳩山にはないのである。

「オーラがないですよ」

会場でばったり会った知人の政治ジャーナリストはいった。

鳩山はこれまで小沢一郎とタッグを組んできたことで、今は院政とか傀儡といわれるが、それが真実であってもなくても、「こいつならついていこう」という思いはその場では抱けなかった。旬な政治家のはずだが、ナマで聴いていても鳥肌が立つほどのインパクトはない。麻生よりはベターというレベルである。

その晩は定期で参加している議員との勉強会もあったので出席した。当然のように「鳩山では自民党には勝てない」という内容が話し合われた。小沢一郎の息のかかった議員(選挙資金などを工面してもらっている)たちは、それがわかっていながら鳩山を推さざるを得ないという、まるで自民党の政治論理がそのまま民主党にも息づいているかのようである。

「小沢(一郎)は自民党の手法を民主党にも持ち込んでいる」

もし民主党が総選挙で負けたときは、これが敗因の一つとなるはずである。(敬称略)