堀田佳男 Profile
2017年9月
« 8月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  
カテゴリ
バックナンバー
2017年9月 (12)
2017年8月 (15)
2017年7月 (18)
2017年6月 (14)
2017年5月 (18)
2017年4月 (15)
2017年3月 (17)
2017年2月 (17)
2017年1月 (17)
2016年12月 (21)
2016年11月 (17)
2016年10月 (15)
2016年9月 (10)
2016年8月 (9)
2016年7月 (12)
2016年6月 (9)
2016年5月 (12)
2016年4月 (10)
2016年3月 (11)
2016年2月 (11)
2016年1月 (11)
2015年12月 (9)
2015年11月 (10)
2015年10月 (10)
2015年9月 (11)
2015年8月 (11)
2015年7月 (11)
2015年6月 (10)
2015年5月 (8)
2015年4月 (12)
2015年3月 (9)
2015年2月 (9)
2015年1月 (10)
2014年12月 (10)
2014年11月 (10)
2014年10月 (9)
2014年9月 (9)
2014年8月 (10)
2014年7月 (10)
2014年6月 (10)
2014年5月 (9)
2014年4月 (11)
2014年3月 (10)
2014年2月 (10)
2014年1月 (10)
2013年12月 (6)
2013年11月 (9)
2013年10月 (10)
2013年9月 (8)
2013年8月 (10)
2013年7月 (10)
2013年6月 (10)
2013年5月 (10)
2013年4月 (9)
2013年3月 (10)
2013年2月 (8)
2013年1月 (11)
2012年12月 (9)
2012年11月 (10)
2012年10月 (10)
2012年9月 (10)
2012年8月 (11)
2012年7月 (10)
2012年6月 (11)
2012年5月 (10)
2012年4月 (10)
2012年3月 (12)
2012年2月 (11)
2012年1月 (12)
2011年12月 (11)
2011年11月 (11)
2011年10月 (11)
2011年9月 (10)
2011年8月 (12)
2011年7月 (11)
2011年6月 (11)
2011年5月 (9)
2011年4月 (8)
2011年3月 (9)
2011年2月 (9)
2011年1月 (8)
2010年12月 (9)
2010年11月 (9)
2010年10月 (8)
2010年9月 (9)
2010年8月 (8)
2010年7月 (7)
2010年6月 (9)
2010年5月 (6)
2010年4月 (8)
2010年3月 (7)
2010年2月 (5)
2010年1月 (7)
2009年12月 (7)
2009年11月 (6)
2009年10月 (8)
2009年9月 (6)
2009年8月 (4)
2009年7月 (1)
2009年6月 (2)
2009年5月 (3)
2009年4月 (2)
2009年3月 (2)
2009年2月 (2)
2009年1月 (2)
2008年12月 (2)
2008年11月 (2)
2008年10月 (2)
2008年9月 (2)
2008年8月 (1)
2008年7月 (3)
2008年6月 (3)
2008年5月 (3)
2008年4月 (1)
2008年3月 (2)
2008年2月 (3)
2008年1月 (4)
2007年12月 (4)
2007年11月 (3)
2007年10月 (2)
2007年9月 (2)
2007年8月 (1)
2007年7月 (2)
2007年6月 (3)
2007年5月 (3)
2007年4月 (6)
メタ情報
カテゴリー: 政治 ― 2009年8月31日
民主党のビッグウィン

「色がないなあ」

ワシントンにいる友人は、民主党が308議席を獲得した夜、アメリカのテレビニュースで鳩山や小沢が開票センターの檀上にいる様子を観て言った。

「ダークスーツを着ているのはわかるが、ネクタイやシャツに色がない。しかも鳩山は大勝したにもかかわらず笑顔がない。アメリカとは文化が違うのはわかるが、あの表情では敗者のリーダーと思われてもしかたがない」

「勝って兜の緒を締めよ」ということわざはアメリカにもあるが、馴染まぬ文化である。アメリカ人にはあの無表情が奇異にうつったようだ。日本人であれば、勝っても浮かれないように自重しているのだとの判断がつくので特に地味であるとは思わないだろう。

民主党が300超の議席を獲得することは前もって予測できたことなので、ここでは触れない。ただ、いくつかの選挙区を取材し、あらためて選挙にカネがかかっていないことを痛感した。自転車で遊説する候補も多く、ド派手なパフォーマンスと潤沢な選挙資金も元に遊説する候補がほとんどいなかった。

地味である方が清貧というイメージを保てるのと、無駄な資金はかけない方が時流に合っているということなのだろう。しかし、それは一般有権者が候補に献金していないことを示している。候補が普通の人たちから政治献金を受け取るシステムを構築していないことをも意味する。

政治への参加がある意味で希薄なのである。一票を投じることは立派な政治参加だが、それ以上の積極的な関与はほとんどみられない。たとえば、普通の会社員が利害関係のない特定候補の選挙活動を手伝うという行為はマレである。個人的な知り合いや縁者であれば別だが、それ以上の政治活動は「会社や役所にばれるとまずい」という思いや、隣近所に見られたくないという感情が入り乱れたりする。

昨年のアメリカ大統領選でオバマはボランティアを200万人も動員した。民主党は反自民という流れで票をあつめはしたが、本当に信頼される与党になるには時間がかかる。日本経済を本当に再建していけるかどうかの疑問は今後も残されたままだ。

けれども、のらりくらりの麻生内閣が終わって自民党が野党になり、新しい風が永田町に吹くことは大いに歓迎すべきことである。(敬称略)  

        

カテゴリー: 政治 ― 2009年8月27日
思わず笑った政見放送

30日の総選挙を前に、NHKで繰り返し政見放送を流している。

どうやったらこれほど退屈な映像を作れるのだろうか。あまりに前時代的な構成と見せ方に、逆に見入ってしまう。

「民主党」政見放送    「自民党」政見放送

私は82年に渡米し、07年に帰国するまで政見放送を観る機会がなかったので、「ウーン。これはスゴイね」とうなってしまった。

日本の政見放送は故青島幸男が68年、佐藤内閣にテレビを使って選挙運動をすべきと提言したことに始まっているが、あれから41年である。永田町と霞が関だけが昭和でフリーズしたかのようである。

またアメリカとの比較で申し訳ないが、大統領選で初めてテレビCMが使われたのは52年で、アイゼンハワーが「アイゼンハワーがすべての問題に答えます!」というキャッチフレーズを流した。64年にはすでにネガティブキャンペーン(批難広告)が登場している。 

ワシントンにある連邦選挙管理委員会になんども取材しているが、「テレビCMについては本数も内容も予算もまったく自由」と答える。あまりにも縛りがなさすぎて、逆にカネがかかりすぎる欠点を抱えている。

一方、日本では2009年になっても、いまだに手錠をかけられ、さらに檻に入れられたような政治CMしか放映できずにいる。もちろん日本も自由主義国家であり、自由にCMを流そうと思えばできないことはない。

しかし公職選挙法第13章第150条で政見放送をしばりにしばっている。これは体にコードを巻きつけ、手足の動きを止め、「息だけしていい」といっているような法律である。これだけ強い規制をかけたのには、政治家と官僚にそれなりの理由があったからだが、時はすでに21世紀である。

アメリカの先を行けとはいわないが、「来たる」民主党政権は同法の改正もすぐに手をつけるべきである。テレビCMだけでなく、インターネットを使っての選挙戦ができるようにするのも当然である。それでないと、いつまでも政治は愚鈍さを残し、永田町と霞が関だけが時代に取り残されていく。

解き放つ勇気を!(敬称略)

カテゴリー: キックオフ ― 2009年8月24日
新たなディパーチャー

「ブログであるのに書き込む回数が少ない。もっと身の周りのことでもいいから書いてほしい」

ごもっともな意見である。ホームページというものをスタートさせた2002年、週1回ほどのペースでエッセイを書きはじめた。07年にブログに移行し、本来であればペースが上がらなくてはいけなかったが、逆にペースダウン。

これまでは読んでくださる方がいるかぎり、日記以上のものを書きたいと思ってきた。しかし、知人からも「より多くの情報や多角的な考え方を世に送り出したほうがブログらしい。長いものは商業誌で書いているんだから。ガンガン書いて」というエールをもらった。

「それでは、、、」と、いまは思っている。

興味の対象は政治や経済だけでなく、社会問題から自然現象までさまざまなので、今後もおつき合いいただければ幸いである。

昨日、コンビニに行ってあらためて思った。

「ビールの種類が少ない」

「そんなことはない」と考える方は多いだろう。確かにたくさんの種類のビールが棚にならんでいるが、ほとんどが大手ビールメーカー5社のもので独占されている。酒屋やデパートにいけば別だが、ドイツやイギリス、アメリカのビールが何十種類とならんでいるコンビニはない。

ビールが置かれるスペースに限りがあることは知っている。しかし、国産の同じ種類のビールが横にダーッと並び、そしてまた別の種類の国産ビールが横にダーである。たった2種類のビールが10列くらいを占領していることはザラだ。

取材していないので推測で書くが、メーカー側のコンビニへのプッシュがすごいからなのだと思う。営業力の違いである。これはスーパーでも同じで、外国産ではバドワイザーやハイネケンといった名の通ったビールでも満員電車に押し出されたように隅の方に置かれている。地ビールについてはほとんど無きにひとしい。

アメリカのスーパーやコンビニのビール棚のおよそ半分は外国産である。どうして日本のコンビニでオランダのビールが普通に売られていないのだろうか。飲みたい人がいない?そんなことはない。何千、何万という世界のビールを試してみたい人は多いはずだ。

日本には世界中のものがあふれかえっているようにみえるが、それは幻想である。

多くのビールを試し、その中で「どうしてもエビスが好きだ」という人がいてもいいが、その前に「アイルランドのビールを10種類飲ませろ」という声に応えるべきである。

実はコンビニのビール棚のスペースはかなり広い。縦一列に一種類ずつ置いていけば、50種類以上のビールを並べられる。だが、キリンやアサヒが黙っていない。

消費者は無意識のうちにビールの選択肢を狭められているのだろうと思う。はっきり言えば、ビール市場は外国産に開放されていないのだ。

だから、ほとんどの日本人はアメリカのビールというと、バドワイザーしか知らない。コンビニにいって外国産のビールが少なくとも20種類くらい手にできる環境がほしい。そうすれば、バドワイザーはアメリカのビールの中ではもっとも水っぽくてマズイ(私の意見)ことがわかると思う。

                    

カテゴリー: 国際政治,政治 ― 2009年8月4日
民主党への風

総選挙が迫っている。

永田町の人間でも一般有権者でも今度は民主党が、との考えは共通している。

しかし、15年ほど日本の選挙を眺めている知人のイギリス人記者は、「俺は信じないね。いままで民主党には何度だまされてきたか。結果がでるまで民主党が勝つと思わない」と猜疑心が強い。

4日、外国特派員協会にやってきた政治評論家の伊藤惇夫も、「日本の選挙は『風』という不思議なものに影響されやすい。投票日の3,4日前にならないとわからない。民主党はこれまであと一歩という時にミスをおかしてきた」と追い風が吹いているはずの民主党に疑問符をつける。

だがジャーナリストの上杉隆は「いま全国300の小選挙区を歩いている。どこにいっても自民党へ懲罰的な『風』が吹いている。05年の郵政選挙とまったく逆のことが起きているので、民主党が勝つのでは」と、民主党が勝つ可能性が高いという。7月の都議選の結果が如実に物語るように、自民党に疑問を抱いた有権者が民主党候補に一票を投じると考えるのは妥当である。

都議選の期間中、候補を何人か取材した。実家のある中野区では、民主党から新人の西沢という30歳の青年が出馬していた。今春まで議員秘書をしていた快活な候補である。準備は十分でなかったし、有権者のほとんどは彼について十分な知識を持ちあわせていなかったと思う。しかし、トップ当選する。彼に限ったことではない。流れは完全に民主党の水域に入っている。

この現象は日本だけの話ではない。オバマ政権が誕生した理由の一つは、アメリカ国民が反ブッシュの勢いに乗ったからという解釈がある。オバマ本人への圧倒的な人気も理由の一つだが、共和党8年で大きく右に振れた政治の振り子が必然的に左に振れてオバマ支持が広がったという見方は的をえている。

麻生の支持率はいま20%に満たない。今月30日、日本政治の振り子も右から左に振れる可能性が高い。ただ政権交代によって国内外の問題が解決するわけではない。オバマ政権が金融不況という嵐の中の船出だったように、日本の民主党政権にも荒れた海が待ち受けている。 

たとえば民主党マニフェストには、約100人の国会議員を官庁に配置して官僚主導の政治を改めるとあるが、効力を発揮するかは疑問だ。前出の伊藤がきっぱりと言う。

「政府に送り込まれる議員は若い議員が多い。たぶん1週間で官僚に取り込まれてしまうでしょう」

 何ごとも勉強ではあるが、時間的猶予は長くないのである。(敬称略)

カテゴリー: 国際事情,経済 ― 2009年7月11日
留学という国家戦略

日本経済は回復しつつあるとはいえ、労働人口の減少にともなった生産性の鈍化は今後も避けられない。GDPは今年中国に抜かれるかもしれないし、近い将来インドにも抜かれるだろう。

人口増加が当たり前の途上国が伸張するのとは対照的に、少子化の日本は経済のパイが小さくなっており、国際競争力も低迷している。解消するには二つのことが考えられる。今まで以上に国外で稼ぐか、他国から大勢の人を招くかである。

二つのオプションともに利点と欠点がある。国外で稼いでくるという考えはすでに過去何十年も企業や個人が実践してきたし、今後も継続されることに異論はないが、極論にむかうと危険である。 というのは、日本国内の高率な法人税などの影響で大手企業が拠点を国外に移転させてしまう可能性があるためだ。すでに利益の6割以上が国外からという大企業も多く、さらなる産業の空洞化が進みかねない。

もう一つは労働者の受け入れである。何百万という単位で外国人を受け入れると、社会問題が浮上することはほぼ間違いない。それを承知でホワイトカラーの労働力とブルーカラーの労働力の両方を大勢受け入れる手はある。私は100年後の日本を想像したとき、移民の混入は必然であろうと思うので、人種に起因する社会問題をいかに解決していくかは、国内で対処できる国際問題として今から前向きにとらえるべきだと考えている。

それを踏まえると、今から留学生をたくさん受け入れるべきである。日本にきている留学生は現在12万弱である。中国人がもっとも多く、次いで韓国、台湾、マレーシア、ベトナムとアジア諸国がつづく。この5カ国で全体の85%である。欧米の学生は少ない。

一方、移民の国アメリカは留学生を約62万もかかえる。人口が3億強なので見合った数ではある。驚かされるのは人口が約2100万のオーストラリアが約54万の留学生を受け入れていることである。英語圏ということもあるが、留学生が多い理由はオーストラリアの大学が大胆といえるほど積極的に諸外国に出向いて学生を招いている現実があった。教育(留学生受け入れ)をビジネスと捉えているのである。そのため、大学生の25%は外国人だ。

日本政府もじつは08年に「留学生30万人計画」を発表し、20年までに留学生数を30万にしようと動いているが、まだ数字には大きく表れていないし、ほとんどの国民はこの計画を知らない。今後政府主導の動きが、教育現場、民間企業、そして一般国民のレベルにまで広がり、BRIC’sを中心にした国から学生を大勢招き、後年の日本との関係構築に役立てなくてはいけない。

私は「留学は国家戦略」といったレベルにまで持ち上げていく必要があると思っている。政府にだけ任せておくべきことではない。他国から国内にカネを落とさせるという意味でも重要であり、日本の将来を見据えた時にもっと力を入れるべき分野である。

留学後に帰国した学生たちが日本を嫌ってもいい。親日派でなくても知日派であれば、いずれ関係構築が生まれる可能性はある。留学後に日本国内にとどまる学生を増やし、知力を活かしてもらう。本腰を入れるべき課題である。

 連載コラム:「分裂」したマイケル、「統合」したオバマ