心に残るヒトコト

これまでの人生で心に残る一言というものがある。

先週、英国の写真家にインタビューした時、久しぶりに「これだな」と思える言葉を耳にした。

写真家は70歳代前半で、ベトナム戦争にも従軍カメラマンとして赴いた老練なフォトジャーナリストだ。ベトナム戦争以後、何万枚の写真を撮ってきたかわからない。

「死ぬまで撮り続けるだろう。それが俺の生き方というより、それしかないからな」

テーブルを挟んで、少しだけ斜にかまえ、あまり視線をあわせない。饒舌のようでいて、言葉を選んでいるようでもあり、独特のスピードで語る。ただ、ひたむきさが伝わってきた。

随分と打ち解けてきたと思った時に「これまでのベストショットと呼べる1枚はありますか」 と訊いた。

「まだベストショットは撮れていない」

即答だった。

その一言で、写真家の生への姿勢を垣間見た。帰路、「これだな、人生はこれだ!」と一人で妙に納得してしまった。

I haven’t taken my best shot yet!

安保法制を最高裁にゆだねる

安全保障関連法案が16日、衆議院本会議で可決された。

いまの情勢では11本の法案は参議院も通過するので、日本は実質的な集団的自衛権を得ることになる。

以前にもこのブログで書いたが、私は30年以上前から集団的自衛権は近代国家として当然もつべき権利であると考えているので、結果だけから言えば「OK」だが、首相の安倍が「憲法ハイジャック」をして通過させたという点で同法案には反対せざるを得ない(集団的自衛権のあり方 )。

多くの憲法学者が論じている通り、安倍が述べるような防衛体制を日本がもつためには憲法9条を変えなくてはいけないが、2年前に憲法96条の改正は否定された。その時点で国民は憲法改正に「NO」という答えをだしたわけで、首相はしばらく憲法改正をあきらめなくてはいかなかった。

だが安倍は逆の流れをつくった。強引に川の流れを逆流させたようなものである。

野党はこれから「廃案に追い込む」と批判しているが、実質的にはむりである。私は最高裁に違憲立法審査を要請し、法律を無効にするという手立てが望ましいと考える。

日本の最高裁はこうした案件で違憲との判断を下したことはほとんどない(たぶん皆無)が、アメリカでは最高裁に判断をゆだねることはよくあり、司法のトップに今回の法案の成立過程と憲法9条との兼ね合いを熟慮してもらうのが最善策だろうと思っている。(敬称略)

自殺を止めるために

今日は硬いはなしをデスマス体で書きます。

岩手県の中学2年生・村松亮君が命を絶ちました。

いじめが原因で自殺する10代の青少年があとを絶ちません。3年前、滋賀県大津市で自殺した中学生の件では、当ブログでまじめに意見を述べました(滋賀県いじめ事件:的はずれのオンパレード )。

今日は実際にいじめを受け、自殺を考えている青少年たちに語りかける興味深い試みを紹介します。

7月8日、Tokyo FMの「School of Lock」というラジオ番組でメインパーソナリティの「とーやま校長(遠山大輔)」が語りかけています。

「、、、いくらやってもどうにもならない時は戦わなくていいから。だって(相手は)クソみないな奴らなんだから。その場から逃げてくれ。逃げよう!」

「、、、君たちも恋をすることがあるでしょう?、、、男子はおっぱいだって触れるんだよ。まだ触ってないだろ?、、、だから死にたいと思っている君は、死なないでくれ。絶対に死なないでくれ!」

実際の校長や教育委員会の人間にはできない心のこもった救いの言葉がラジオから溢れでていました。

イマに乗る

「大変なことが起きていますね」

その一言で、こちらはすべてを察しなくてはいけない。

1時間前に起きたニュースであれば知らないこともあるが、同業者は知っていて当たり前という口調で電話をかけてくる。もちろん知らない場合は「何があったんですか?」と訊きかえすが、半日前のできごとを知らない時など、ニュースに携わる人間としては恥ずかしさが先にたつ。

今週も夜は同業者や政治家との酒席が続き、話題はイマに集中する。政治・経済問題、社会問題、芸能にまで話がおよぶ。

しかもすべての出来事を知っていて当然という「語り出し」がほとんどなので、こちらは常にニュースに目を這わせ、いつもアンテナを張り巡らせていなくてはいけない。

先日も、ある番組のディレクターから電話があり、アメリカ大統領選の話をしてほしいとの要請があった。ディレクターは「おじさんがすごいこと言っていますね」と振ってくる。

その一言だけで、こちらは誰がどういう発言をしたかをすぐに察しなくてはいけない。

それが当たり前と言えば当たり前で、「誰ですか」などと訊き返すことはジャーナリストとして「イマに乗れていない」ことを証明するようなものである。

ただ時々、本当に知らないことがある。

相手はわかっていて当然という態度で話を進めてくるので、その時は黙って聞いているしかない。電話が終わり、こちらは慌ててリサーチをする。

知らないことは決して恥ずかしいことではないが、ニュースを仕事にしている人間にとっては大いなる恥である。

またスマホを手にしたまま路上で赤面しないために、アンテナの受信感度は高めておくことにする。

猪熊弦一郎とネコ

四国、香川県丸亀市にきている。

丸亀駅から南側にのびる商店街はガランとしており、半数ほどの店舗はシャッターを降ろしている。昼間でも人通りが少なく、キャッチボールができるほどだ。

渋谷のセンター街の人混みを100とすると、丸亀駅商店街は5といったところか。

駅の隣に建つ猪熊弦一郎現代美術館に足を運んだ。いま「猫達」という特別展がひらかれている。

猪熊弦一郎と聞いて、すぐにピンとくる方は多くないかもしれない。20世紀に生きた洋画家(1902―1993)で、モチーフのひとつが猫だった。

1938年にフランスに渡ったときにマティスと出会って影響をうけている。55年からはニューヨークに拠点を移し、20年以上も過ごした。

48年から40年間、小説新潮の表紙絵を描く一方、百貨店三越の包装紙やショッピングバッグのデザインも手がけた多才なアーティストだった。

美術館はありあまるほどの空間が生かされて、猫の絵がずらりずらりと、これでもかと言わんばかりに展示されている。何百匹という猫たちをさまざまな手法で、新しく、そして普遍的に描いた。

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