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From Washington,
D.C.
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急がばワシントン[2005年7月]
在米ジャーナリスト
堀田佳男
のワシントンDCコラム、「急がばワシントン」です。
[2005/7/29] #111
マナティと不動産事情
ワシントンに長年住み、イチオウ政治・経済を中心に原稿を書いているが、興味の対象は夏の青空に湧く白雲のようにつきない。分野を越えて、かなり多くのことに関心がむいてしまう。 先日もフロリダに足を運んだ時、まったく関係のない二つの事物に眼を奪われた。ひとつはマナティである。5000万年前から生息していたと言われるマナティは、じっと観ていると「海のブタ」のようで、息継ぎの時に海面からプワッと突きだす鼻は小さなカバを思わせる。コンビニに足を運ぶとその顔写真が絵葉書になっていて、まるでムーミンのようで思わず微笑んでしまう。
このおっとりした草食動物はフロリダ半島だけでなく、アマゾンやアフリカ西海岸にもいる。今回、驚嘆させられたのは彼らの生息域である。マナティは海にいるというイメージが強かったが、実は海水でも淡水でも汽水域でも、どこでも生きられることを知った。
肺呼吸をしているので塩辛い水でもそうでない水域でも関係ないと思われるが、実は「両刀遣い」の動物はそう多くない。イルカも鯨も淡水でもある程度生活することはできるが、みずから好んで両水域を行き来しない。ガイドのアンが言うには、マナティは海と川の両方の水草を餌にしているから問題ないという。
大きなものは500キロを超し、毎日体重の10%の量の草を食べるので、起きている間はほとんど餌をもとめて徘徊していることになる。さらに驚かされるのが、交尾の回数だ。3年から4年に1度しかしないという。愉悦のためにセックスをするのは人間だけだろうが、それにしても回数が少な過ぎやしないだろうか。しかも妊娠期間は13カ月で人間よりも長く、通常一匹を宿すだけという。だから頭数が減っているのだろうが、5000万年も種を絶やさずにこられたのは天敵がいなかったせいらしい。
湿地帯で有名なエバーグレーズ国立公園の南部で今回、10頭ほどのマナティを確認した。ワニも同じ生息域で見かけた。アンは「ワニが自分よりも何倍も大きなマナティを襲うことはない」と説明。マナティにとっての天敵は人間だけだとわかった。ボートのスクリューで傷つけられた背中は痛々しいが、人間の皮膚と同じで、傷口が浅ければ自然治癒するという。だが、毎年何十頭もボートにやられて死亡する。
だが近年は保護の努力もあってか頭数が増え、フロリダで現在4500頭が確認されている。前回調査では3500頭だったらしく、頭数は確実に上昇している。
フロリダでもうひとつ上がっているのが不動産物価である。「毎日1000人が他州から移り住んでいる」(ガイドのアンの話)という話を真に受けたとしても、物件が売り手市場であることは容易に察しがつく。昨年10月にフロリダで耳にした時は「毎日500人」だったので、常夏のフロリダ人気は衰えていない。
周りは湿地帯しかないような土地でさえ宅地造成が進み、端麗なまでに刈り込まれた芝生とトロピカルな気候に映える薄いピンクの壁面の家屋は、天井知らずと思えるほどの値上がりぐあいを見せている。
「7年前に17万ドル(約1900万円)だった一軒家がいまでは70万ドル(約7700万円)にまで跳ね上がっている。まだ上がります」
アンが呆れ顔でいう。2000年春にアメリカのITバブルが弾けた時、日本のバブルが弾けた時のように、次に不動産バブルが弾けると多くの人は推測した。ところが5年たったいまもアメリカの不動産バブルは弾けない。それどころか、全米不動産協会は7月25日に発表した報告書で、「不動産市場がすぐに下降線を辿る兆候はほとんどない」と結論づけてさえいる。
ワシントン周辺で40年も不動産投資を行っているフィリップ・ドリューもいう。
「これはバブルではありません。価格の乱高下はつねに地域差があり、それは需要と供給のバランスで起きています。また低金利の影響もあります。ワシントン周辺やフロリダでは過去5年で3倍以上も値が上がった物件がありますが、インディアナ州のインディアナポリスでは昨年、価格はむしろ下がりました。日本のバブル時代のような現象ではないのです」
それでもフロリダの物件は上がり続けている。宅地の裏面を縫うようにして運河が掘られ、裏庭に作られた桟橋からクルーザーでメキシコ湾や大西洋に出られるライフスタイルを眼にするたびに、「こんな生活があっていいのだろうか」とため息がでる。
億万長者だけに許される生活だ。
同時に宅地の造成が進むにつれてフロリダ半島の湿地帯が確実に取り崩されている点が嘆かわしい。唯一の救いは、そんな状況下でマナティが増えていることである。5000万年の永劫を天敵によって閉ざされないことを祈りたい。
(文中敬称略)
[2005/7/14] #110
ミサイル防衛という政治的ワナ
やはり政治のワナに嵌(はま)っただけだったのか―。
ボストンにあるマサチューセッツ工科大学(MIT)の教授にインタビューをした帰り、ローガン空港に向かうタクシーのなかで、そのフレーズが頭から離れなかった。
セオドア・ポストル。インタビューの終わりには「テッドと呼んでくれ」といって、親しみのある笑みを投げてきた原子物理学の先生は、防衛庁が06年度から配備を決めているミサイル防衛に精通する学者である。ペンタゴン(国防総省)にも在籍していた彼はこの問題を30年近くも追っており、社会科学と自然科学の両面から専門的に論じられる稀有な人である。
その男がミサイル防衛は「将来、破綻する」と断言したのだから、ヤハリ、なのである。 完璧なミサイル防衛を配備することは技術的に無理、という議論は古くからあった。ただ、軍需産業が毎年度、膨大な国防予算を獲得して技術的ハードルを少しずつクリアしている様子はあった。だが、「あれは政治的なカラクリに過ぎない。すべての弾道ミサイルを迎撃することは不可能」と、積年の知識と経験から繰り出された結論はじつに明快だった。すべてを知り尽くした物理学者にそう言われれば「そうだったのか」といわざるを得ない。
「私は別にミサイル防衛に反対なわけではないんです。仮に敵国がミサイルを撃ってきたら、それを迎え撃つのは当然だと思っています。ただ、機能しないものは機能しない」
日本政府がアメリカからのプッシュに「ノー」といえずに導入することを決めたパトリオット3(PAC3)とスタンダード・ミサイル(SM3)を配備しても、北朝鮮から発射された弾道ミサイルをすべて迎撃できる可能性はほとんどない。それは米軍も同じである。
ミサイル防衛という考えは、実は60年代のジョンソン政権時代からあった。ソ連の弾道ミサイルからアメリカ全土を守るセンチネル計画というのがそれだ。80年代に入ってからは、レーガン政権が戦略防衛構想(SDI)を推進し、多額のカネが乱れ飛んだ。だが弾道ミサイルを的確に打ち落とすだけのレベルには達しなかった。それは今も同じで、今後も可能性は限りなく低いということを、ブッシュは熟知しているはずである。
教授はその理由を私にもわかるように説明してくれた。ミサイル防衛というのは、敵国のミサイルが発射されてから上昇段階(boost-phase)で打ち落とすか、宇宙空間である中間段階(Mid-course)で迎撃するか、大気圏に突入して攻撃目標に向かう下降段階(Terminal-phase)で撃つかの3段階に分かれている。現実的な話として、北朝鮮のテポドンが発射され、上昇段階で迎撃することは現在ほとんど不可能で、下降段階でも、らせん状に落下してくるミサイルを打ち落とす技術は未完成のままである。
下降段階で使用されるはずのパトリオットの迎撃率は、教授の計算では「ほとんどゼロに近い」もので、使い物にならないという。米軍は射程距離500キロ以上のミサイルの迎撃実験を行っておらず、打ち落とせる可能性はたいへんひくい。さらにノドンの最高速度は秒速3キロで、PAC3の最高速度が秒速1.5キロというスピード差を計算すると「フー」というため息しか出てこない。
もっとも現実的と思えるのが中間段階だが、教授は事もなげにいう。
「技術的な問題ではないのです。物理の問題」
弾道ミサイルの中間段階というのは、地上から約200キロも上空の宇宙空間である。ほぼ真空の世界だ。そこではロケットと風船が同じスピードで「流れる」。「流れる」といっても、そのスピードは秒速10キロ以上にもなる。核弾頭が積まれた弾道ミサイルだけであればまだ迎撃しやすいが、攻撃側はオトリとして風船をいくつも宇宙にばらまく。風船と実際のミサイルが同じスピードで流れてくれば、どれを打ち落とせばいいのか迎撃側は判断できかねる。いやできないのだ。
迎撃側が弾道ミサイルを狙いはじめるのは900キロほど離れた地点からだが、その時点からミサイルとオトリを見分けることは不可能である。そればかりか、オトリの風船を数百個も宇宙空間にばら撒かれると、すべてを打ち落とせない。かりに1個の核弾頭が東京に着弾したばあい、それはミサイル防衛の意味をなさなくなる。
「ミサイル防衛は政治的なトリックに過ぎない」
この問題に半生をかけてきた男が断言するのである。億単位の防衛予算は他に使途した方が孫子のためになろう。ブッシュと小泉は重々それを承知のはずで、ふたりは政治のワナに嵌っているだけなのだ。
(文中敬称略)
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