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堀田佳男の略歴

「組織には属さない」

 大学1年時、会社や団体に属さないで生きられないかと考えた。偉そうに聞こえるが、「組織で生きるのが下手」ということを10代の時 に自覚したのである。

 だがすぐに、「組織には属さない」ライフスタイルを貫くことは実に大変なことだと気づいた。定額の給料が入らない不安。保険や年金は すべて自前。住宅手当てや扶養者手当てといったものもない。もちろんボーナスもない。それでも会社員というものには、どうしても抵抗があった。それは、組 織という「和」の中にいる不安感だと思う。人と違うことをしていて初めて心が安らぐ心情なのだ。変わり者といっていい。

 ただ、就職をしないとなると、何かをしないといけなかった。25年前はまだフリーターという言葉も考え方もない。そうかといって絵画や音楽などの芸術方 面で才能があるわけでもなく、プロスポーツ選手になれもしない。職人の世界に飛び込む勇気もない。ないないづくしである。ただ、学者にはなれるかもしれな いという漠然とした思いがあった。

 そして考古学者になる夢を抱いた。中米のマヤ文明を研究する「マヤ勉強会」というサークルに入って、マヤ語の解読に燃えた。「将来は 考古学者だ」と意気込み、大学2年の夏休みに卒業後のアメリカ留学の下見もかねて、アメリカ一周の貧乏旅行に出た。学究的にマヤ文明を追求するにはアメリ カかメキシコの大学院に行くしかなかったからだ。ヒッチハイクとバスの旅だった。何十人という人に出会い、人々の生活に触れた。そしてイマという瞬間の大 切さを学び、ロサンゼルスから成田空港への帰路、ある結論に達した。

「考古学なんてやってちゃいけない。イマという瞬間に生きよう。そのためには書くことを生業にするのが一番」

 ジャーナリストとしての出発点はここに始まっている。

早稲田大学 文学部を卒業後、ワシントンDCにあるアメリカン大学 大学院国際関係課程修了。大学院在学中に読売新聞ワシントン支局で1年間助手を務めた。卒業後、「組織には属さない」はずだったが、永住権を取得するため 米情報調査会社に勤務。アメリカの日刊紙の日本語ダイジェストの執筆・編集に携わった。永住権取得後、1990年に会社を辞して独立。以来、ジャーナリス トとして政治、経済、社会問題など幅広い分野で精力的に執筆活動を行っている。25年の滞米生活後、2007年春帰国。1957年東京生ま れ。

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連載記事

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