カテゴリー:経済, アメリカ社会 2010/9/5 日曜日

なぜオバマは米財界から軽視されるのか

「どこの国も(FTAを)進めているのに、我々だけが遅れをとっている」

このコメントは日本政府役人のものではない。アメリカ商工会議所の幹部の言葉である。

日本のFTA・EPA(経済連携協定)の交渉が遅れていることはすでに他方面で指摘されているが、実はアメリカ国内からも同様の憤懣が漏れている。

アメリカの民主党政権は伝統的に、財界よりも労働組合に加担する政策をとってきた。それが民主党らしさであり、一般労働者の味方という位置付けだった。

けれども、オバマ大統領は政権発足以来、財界とのパイプを太くするため、大企業のCEOをホワイトハウスに呼び、ラウンドテーブルや財界の評議会などを通じて積極的に彼らの声に耳を傾けてきた。

だが、財界人たちのオバマ政権に対する不満は静まるどころか、さらなる高まりを見せている。それは6月、ワシントンにある「ビジネス・ラウンドテーブル」という経済団体がホワイトハウスのOMB(行政管理予算局)に提出した54頁の「これだけはやってくれ」という要望書を見ただけでもわかる、、、、、(続きは9月6日スタートの有料メルマガでどうぞ)。 

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カテゴリー:アメリカ社会, 国際政治 2010/8/6 金曜日

普通の状態へ

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日本ではほとんどと言っていいほど関心が寄せられていない11月2日のアメリカ中間選挙。

上院100名のうち37名と下院の全議員(435名)が改選となる。現在は両院とも民主党が過半数の議席を確保しているが、今年の選挙では共和党が下院の過半数を奪いそうである。

中間選挙は歴史的に政権党とは違う政党が議席をのばす。過去100年をみても、中間選挙で政権党が勝ったことは1934年、1998年、2002年の3回しかない。

理由は大きく2つある。

一つはコートテール(便乗人気)理論に基づく考え方である。2年前、オバマ人気に乗じて多くの民主党議員が連邦議会で議席を獲得したが、2年たつと大統領の人気も下がり、同時に議席も失うというものだ。小泉チルドレンが後になってほとんど落選したことに似ている。 

オバマの支持率は2008年1月末、68%だったが、ギャラップ社の最新調査では45%にまで落ちている。2年たつと、有権者は「ちょっと待てよ。本当にこれでいいのか」と、我に返るのだ。

二つめは、行政府であるホワイトハウスと立法府の連邦議会が違う政党である方が政治的に健全という考え方が働くためだ。コートテール理論につながりもするが、一般市民のバランス感覚が中間選挙では特に働くため、政権党とは違う政党の支持が高まる。

現在下院では民主党が255議席を維持し、178議席の共和党を大きく引き離している。これだけの大差がありながら、今秋は民主党が39議席を失って少数党になる可能性が大きい。

歴史的な要因だけでなく、高い失業率、遠のく景気回復、財政赤字の拡大、国民皆保険への不満など、負ける要素が充満している。

ただ、ホワイトハウスと議会が違う政党である「ねじれ」は過去、いくらでもあった。その時に重要法案が成立した経緯もあるので、ワシントンが「普通の状態」に戻るとの解釈もできる。(敬称略)

カテゴリー:経済, アメリカ社会 2010/8/3 火曜日

となりの芝生は青く見える

橋田壽賀子が脚本を書いた『となりの芝生』がNHKで最初に放映されたのは1976年のことである。

以来、「となりの芝生は青く見える」ということわざがずいぶん広まった。もともと日本には芝生の庭がないので、この出所は「The grass is always greener on the other side of the fence」という英語表現だと思っていた。

このフレーズは16世紀の英語文献にすでに登場している。けれどもフランス語にも同じ表現がある。その先をたどると、やはりラテン語に行き着いた(Fertilior seges est alieno semper in arvo)。隣人の様子が気になるという心情はどの国でも同じであることがわかる。

日本がスウェーデンの社会保障制度に目を見張るかと思えば、南米パラグアイの人がブラジルの放牧の広大さに羨望を抱きもする。

先日、ロサンゼルス・タイムズにスティーブン・ヒルというアメリカ人研究者が書いた「日本とドイツから学ぶもの」というコラムが目にとまった。アメリカが日本の経済発展にしきりに注目したのは80年代後半だが、いまでもこうした動きがあるという。

日本はいま財政赤字に苦しみ、デフレが蔓延して一般国民の所得は上がらない。「日本が再び世界のナンバーワンになる」という思いを抱く人はほとんどいなくなった。その日本から学ぶものがあるという。

記事では日本の生産性が落ち、消費者も投資家もカネを使わないという否定的な記述もあるが、90年代の「失われた10年」でさえも失業率は3%台で、国民皆保険は機能し、社会格差もアメリカほど広がっていないと説く。

さらに平均寿命は世界一で、乳児死亡率も犯罪率も低いともちあげる。経済成長は鈍化しているが、その中で日本とドイツはやりくりする術を学んでおり、アメリカもそこに得るものがあるはずと書く。

それはレーガン時代のサプライサイド経済からの完全な決別を意味する。トリクルダウン理論はもはや国を豊かにしないというより、今の時代にはそぐわないということだ。

これはアメリカから見た日本の芝生なのだろうと思う。本当にこちらに来てみないと芝生が本当に青いかどうかは分からない。何しろ、日本には芝生の庭などほとんどないのだから。(敬称略)

 

カテゴリー:国際事情, アメリカ社会 2010/7/18 日曜日

米兵の自殺

暗い話題で申し訳ないが、今回は米兵の自殺についてである。

米軍の新聞『スターズ・アンド・ストライプス(星条旗)』を読んでいると、日曜版(18日)一面トップに、今年6月の米兵による自殺者数が過去最高を記録したとあった。

1か月だけで32人である。2007年の1年間の米兵自殺者が99人という数字を記憶している。その時点では史上最高と言われていた。しかし、今年6月だけで32人という数字はさすがに多い。

いったいどうしたのか。

アメリカはいまだにイラクとアフガニスタンの二国で戦争を続けている。日本で生活している限り、兵士が死と隣り合わせの状況で銃を手にしていることを想像するのは難しい。

                        


                  by the Pentagon

                                  

両国に派兵された米兵の約20%は躁鬱病を病んでいるという報告がある。それだけではない。軍隊内での人間関係や規律、さらに個人的な経済状況が加味されて数字が上向いているという。

ペンタゴンは「自殺防止タスクフォース」を設立して兵士が命を絶つことを阻止しようとしているが、兵士1人ひとりの心の内面にまで踏み込んで問題を解決するまでには至っていない。

99人という数字を、国際比較でよく使用する10万人あたりの自殺率に置き換えると17.3人になる。一般アメリカ人の平均が11人なので高い数字である。

ちなみに日本は07年の数字で24.4人。トップはベラルーシの35.1人。下位ではフィリピンの2.1人、ジャマイカの0.1人など、地理的にトロピカルな地域の方が自殺率が低い傾向がある。

ついこの間まで自宅のリビングでコンピューターゲームに興じていた20歳の若者が、経済的な理由から兵役に志願し、訓練を受けた後にアフガニスタンに派兵されてタリバンと戦闘をする。そこでの戦いはリセットが効かない死をかけた闘争である。

オバマ政権は2011年7月からアフガニスタンの撤退を開始するとしているが、流動的である。

カテゴリー:アメリカ社会 2010/7/10 土曜日

必須の女性取締役

今年4月、あるニュースがアメリカ財界を駆け抜けた。

自動車業界の雄、ゼネラル・モーターズ(GM)が13番目の取締役としてシンシア・テレス氏という女性を抜擢したのだ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校の精神神経研究所長である同氏は自動車業界どころか、財界とはほとんど縁のない精神科医である。

けれども、テレス氏はGMの取締役以外にも銀行や保険会社の取締役を務め、オバマ大統領からは「ホワイトハウス研究者委員会」のメンバーにも選ばれていた。医学界以外にも通じる高い見識と経験が評価された結果だった。

彼女の起用が財界を騒がせたもう一つの理由は、新生GMが女性取締役を4人も採用したことである。

GMは昨年6月、連邦破産法第11条(チャプターイレブン)を申請し、事実上破たんしたが、40日後には新生GMを誕生させていた。それまでGMはCEOをすべて社内の生え抜きで通してきたが、初めて外部から招いたCEOが通信大手のAT&TのCEOだったエドワード・ウィッテーカー氏である。

同氏は取締役13人中11人までを外部からの人材に頼った。テレス氏のような学者から異業種トップまでさまざまだ。その理由を同氏は言う。

「世界最高品質の車をお客さまにお届けすることが私どもの使命であり、そのためにはいろいろな経験や多様性を追求することが重要になってくると思います」

その結果として、4人の女性取締役の起用につながった。全体の比率では33%である。けれども、その数字が現在のアメリカ企業の女性取締役の割合を表しているわけではない。

アメリカで女性の社会進出が活発化した起因は60年代のウーマンリブ運動にまで遡る。しかし、大手企業の取締役にまで社会の階段を駆け上がる女性は今でも多くない。ニューヨークに本部を置く女性のための地位向上のための非営利団体「カタリスト」の最新調査によると、フォーチュン1000社の中で女性取締役を置く企業は11%に過ぎない。

 「ヨーロッパ女性専門職ネットーク」によると、ヨーロッパ連合(EU)のトップ300社で女性取締役に置いている企業は9.7%で、アメリカと大きな差はない。一方、日本企業はといえば1.4%という数字で、先進国の中では最低である。

この分野で世界を一歩リードしているのはノルウェーで、2003年から国営企業は女性取締役のクォータ制を導入し、「取締役の40%は女性にすること」という法律を順守している。08年からは民間企業も40%が適用され、現在は44%にまでなっている。男女平等の考え方が広く浸透している同国らしい法律である。

日本でも男女雇用機会均等法が整備されているが、一部上場企業の取締役の顔ぶれを眺めると、いまだに男性社会である。某大手自動車メーカーの取締役は20数名、全員男性である。

アメリカのコンサルティング会社「スペンサー・スチュアート」のジュリー・ダウム氏は現状をこう述べる。

「10年ほど前、アメリカ企業は女性の取締役を起用し始めました。けれども、それは外部からのプレッシャーに応じただけでした。今、それが変わってきています。1人だけでなく、2人、3人と女性取締役を就任されています」

ウーマンリブが起こっても、大手企業の取締役に女性が抜擢されることはほとんどなかった。アメリカの企業文化は白人男性が白人男性のために築き上げてきたものだからだ。

しかも多くの取締役は個人的なコネクションによって推薦されてきた。取締役の適任者という範疇に女性が入りにくいシステムができ上がっていたのだ。

だがノルウェーが先陣を切ったように、法律で女性取締役のクォータ制を導入する流れがヨーロッパ諸国からアメリカ、そして日本に上陸する可能性は出てきている。すでにフランスは今年になってから、ノルウェーのように取締役の40%を女性にする動きに出ている。

もちろん、反対意見もある。コーポレートガバナンスが落ちるという意見もあるし、クォータという数字が先にくることで、不適格な女性が取締役に就く可能性も指摘されている。

しかし世界人口のおよそ半分が女性である以上、女性の意見が企業内で十分に生かされる必要があるとの考え方がヨーロッパ諸国やアメリカで定着し始めている。

女性が取締役に就くことで、その企業の「窓」が開かれていることを示すと同時に、企業イメージのアップと商品開発への新たな視点が期待できる。

将来、日本の国会でも女性取締役のウォータ制を採決する日がくる可能性はある。

(JMAマネジメント・レビュー7月号から転載)

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