クジラに乗る

感触は柔らかめのタイヤ—。

クジラの背中にまたがって海面をすべる・・・夢をみた。不思議な夢だった。数日前に、友人にクジラ獲りの話をしたからかもしれない。

私は商業捕鯨には反対だが、生存捕鯨はいたしかたないと考えている。30年以上前、米アラスカ州北端のバローという町で生存捕鯨を取材したことがある。

イヌピアットという先住民族は5月になると、アザラシの皮で造ったカヌーに乗って北極海に漕ぎだす。氷が溶け始めて割れ目ができるとクジラが北上してくるので、そこを狙うのだ。

彼らは自分たちが食べるためだけに銛を投げこむ。銛がクジラに命中すると、無線で村中に知らせがまわって大人も子どもも氷上に集まってくる。何十人もが綱引きをするようにしてクジラを海から氷上にひっぱり揚げる。それは1年間待ちに待った祭りのようで、周囲は歓喜と喜悦につつまれる。

男たちはすぐに大きなナタを手にして解体をはじめる。まずタイヤのような表皮と真っ白な脂肪を剥いでいく。長さ50センチ、幅30センチくらいのブロックに切って氷の上に並べる。その脂肪のかたまりを今度は一片2センチほどのサイコロ大にする。

氷上にはコンロと大きな鍋が用意され、サイコロ大の脂肪を茹でるのだ。海水で茹でたと記憶している。茹で上がると、バサッと氷の上にすべてをぶちまける。子どもたちは待ってましたとばかりに脂肪の塊を口に入れる。まるでチョコレートを奪い取るような忙しさで、いくつもいくつも食べるのだ。

さぞやおいしいのだろうと、私も1つ口の中に放り込んだ。

「ウグゥゥゥゥ」

飲み込めなかった。というのも、ガソリンを口の中に入れたような味とニオイだったからだ。飲み込むことは困難で、すぐにその場から走り去って皆に見えないように氷上に吐き捨てた。それほどガソリン臭が強かった。いまでもあの体験は鮮烈に脳裏に焼きついている。

クジラに乗った昨晩の夢から30年以上前のクジラ獲りの思い出が蘇った。